高校生と高校生の子を持つ保護者の「性被害」の認識と、誤解の背景「イヤだ」と思う性的な行為は性被害ではないのか
はじめに -刑法改正と性的「同意」-
「性的同意:Sexual Consent」という言葉を聞いたことはあるだろうか。2023年6月、性犯罪に関する刑法が改正され、強制性交罪と準強制性交罪は統合され、「不同意」性交罪という新規名称となり、「同意をしていない意思を表明できない状態か否か」という視点が新たに加わった。これにより従来、強制性交罪を立証するために必要であった暴行・脅迫といった要件は必ずしも求められず、新たに規定された8つの基準で不同意性交罪の成立が判断されることとなる。これは、これまで暴行や脅迫といった厳しい要件の障壁により性犯罪被害だと法廷で認められなかった社会から一歩前進した[1]と言えよう。
しかし、「同意」という概念は広く社会で正しく理解され、受け入れられているのだろうか。
今回、刑法改正が成立した2023年6月に、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が高校生300名、高校生の子を持つ保護者300名のネットモニター[2]を対象にアンケート調査(以降「当社アンケート調査」)を実施したところ、「どういった行為を受けた時、性犯罪・性被害だと思うか」ということさえも、自信をもって判断できない可能性が明らかになった。つまり、不同意の性的な行為が起こり得る場面で、高校生がNO(イヤ[3])を言いにくい可能性があるとも言えよう。
そしてその背後には、学校の性教育に対する認識の違いや性被害支援先の認知状況の違いがあることも浮かび上がってきた。
本稿では当社アンケート調査の結果の一部を紹介しながら、「被害を受けた」と認識すること自体が難しい現状と、その理由として考え得る点について考察したい。
1.イヤだと思う性的な行為は性被害ではないのか
弊社アンケート調査では、様々な性犯罪に関して「被害」や「犯罪」だと認識しているかについて、加害者が①同年代の人(友人、クラスメイトや先輩・後輩など)の場合と、②年齢が離れている年上の人(学校や習い事の先生、バイト先の店長等)の場合との別に対面で性的に嫌だと思う言葉を言われた場合等の5つの行為(対面で性的に嫌だと思う言葉を言われた場合、対面で性的に嫌だと思うものを見せつけられた場合、身体的接触を受けた場合、性交(セックス)を伴う行為をされた場合、SNS等で性的に嫌な経験をした場合)について質問をし、回答を得た[4]。その結果、性交(セックス)を伴う行為について「大いにそう思う」が45~48%程度で最も高かったが、「どちらかと言えばそう思わない」および「まったくそう思わない」を選択した割合の合算が12%~14%程度にも上っていることにも着目したい。その他の性被害を見ても6~10%の「まったくそう思わない」の回答があり、この理由のひとつとして、回答者が想定した人物から性的にイヤな行為をされた場合に、イヤだと思っても被害や犯罪とまで認識しない可能性が考えられる。
では、イヤだと思う性的な行為は性被害ではないのだろうか。法務省では下表のような刑法改正に関するQ&Aを出し、不同意わいせつ罪や不同意性交等罪が成立し得ることを示している。つまりイヤだと思う性的な行為は性被害であり、そして性犯罪となり得るものであることを改めて強調しておきたい。
図表 2 嫌だという性的行為の処罰について(法務省 性犯罪関係の法改正等 Q&A)
Q5 「嫌だ」と言っているのに性的行為をされてしまった場合は、不同意わいせつ罪や不同意性交等罪により処罰できるのですか。 |
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A5 そのような場合には、「同意しない意思を全うすることが困難な状態」に当たるかどうかが問題となります。 「嫌だ」と言って、性的行為をしない、したくないという意思を表明したにもかかわらず、例えば、 ・体を押さえ付けるなどの暴行を受けたこと ・「嫌だ」と言えばやめてくれると思ったのに、予想に反してやめてくれず、恐怖を覚えたこと などの改正後の刑法第176条第1項各号に挙げられている行為や事由により、その意思のとおりにならず、性的行為をされてしまった場合は、不同意わいせつ罪や不同意性交等罪が成立し得ると考えられます。 |
(出典)法務省ウェブサイト「性犯罪関係の法改正等 Q&A」Q5
2.「性被害」だと自信をもって認識できる層の2つの特徴
では、なぜ一部の高校生は、性被害・性犯罪をはっきり認識することが難しいのだろう。実際に、性被害・性犯罪であると思うかについて「大いにそう思う」と自信をもって回答するか否かは、学校の性教育に対する認識、性被害支援先の認知によって異なる。
下図表を見ると、性被害にあった際の相談窓口[5]を認知している高校生や、学校で受けた性教育が役に立たないと感じている高校生は、性交(セックス)を伴う行為をされた場合、「大いにそう思う」と自信をもって性被害だと判断している人の割合が全体に比べて高い。また、相談窓口の認知については「いずれかを知っている」のグループを積極層、「どれも知らない」のグループを消極層とし、性教育の捉えに関しては「まったくそう思わない・どちらかと言えばそう思わない」のグループを積極層、「どちらかと言えばそう思う・大いにそう思う」のグループを消極層として定義したうえで、積極層と消極層で比較した。その結果、積極層と消極層の間では、相談窓口の認知に関しては17.3ポイント、性教育に関しては8.4ポイントの開きがあった。
なお、本調査では性被害を連想させ得る設問については「分からない、答えたくない」の選択肢を設定しており、下表のとおり、回答者は20%程度に上っている。この層の解釈には留意が必要だが、性のトラブルに関する関心や知識が少ない層も一定数含まれる可能性がある。
3.保護者の情報・知識不足と、被害の判断との関係
性のトラブルに関する知識や情報の不足が性被害の判断と関係し得る点は、高校生だけでなく、高校生の子を持つ保護者でも同様だと言える。性被害にあった際の相談窓口の認知状況別に保護者の性被害・性犯罪の判断[6]を見ると、下表のとおり性交(セックス)を伴う行為をされた場合、「大いにそう思う」を選ぶ割合が全体に比べ10ポイント以上高く、SNS等での被害でも同様の傾向になっている。また、積極層と消極層で比較する[7]と、性交に関しては16.2ポイント、性教育に関しては19.3ポイントの開きがあった。
また、「子どもが性被害に遭った場合、子どもに起こりうるサインとして当てはまるものをすべて選んでください」の設問(クイズ)の正答状況別[8]にみても、同様の傾向が見られる。下図は「身体的接触を受けた場合(同年代の人が加害者のケース)」(痴漢など)は正答率が高い保護者ほど、性被害・性犯罪だと「大いにそう思う」割合が高くなる傾向が見られる。
4.誰からかによって被害の認識が変わり得るのは、「性的に嫌な言動」に限定
前述のとおり、弊社アンケート調査では5つの性的な行為[9]に関する性被害・性犯罪の認識について回答を得た。調査設計の際は、同年代の人からの被害なのか、年上の人からの被害なのかによって、認識は異なると予想したが、実際は、誰からの加害かによって認識が異なったのは、「性的に嫌だと思う言葉を言われた」場合に限定された。高校生では、年上の人に言われた場合は「大いにそう思う」が31.3%なのに対し、同年代の人の場合は19.3%にとどまり、12ポイントの開きがあった。
同様に、保護者も、年上の人に言われた場合は「大いにそう思う」が31.3%なのに対し、同年代の人の場合は17.7%にとどまった。
5.性的にイヤだと思うことをはっきりと伝えられる社会に
弊社アンケート調査の結果からは、性被害・性犯罪の認識には、高校生・保護者ともに性のトラブルに関する知識・情報の多寡によって違いがあり得ることが分かった。また性被害の種類によっては、同年代からの加害なのか、年上からの加害なのかによって、被害の認識が変わることもうかがえた。
刑法改正は歓迎されることだが、「性的同意」どころか、性的にイヤな行為をされたとしても、「被害」や「犯罪」といった判断について自信を持ってできない状況にあるという現状を改めて見つめる必要がある。日本では包括的性教育(CSE)が十分ではないことが指摘されており[10]、実際に本調査でも「あなたは、プライベートゾーンや性的同意についてあなたの子どもに教えている。」という設問に関して、4割の保護者[11]が教えることに消極的な態度であった。
今回の刑法改正の衆議院の付帯決議には「子どもに対する性被害の深刻性及び性に関する教育等の重要性に鑑み、初等教育から高等教育に至る全ての学校段階において、子どもの心身の発達段階に応じ、十分な教育等を行うこと[12]」と明記されており、性的同意も含めた包括的性教育が行われることを期待したい。
2023年は、刑法改正だけでなく、芸能界の性加害に関する報道の改善[13]など、性被害があったことを伝えられる社会に変わる潮目が来ているのかもしれない。「嫌よ嫌よも好きのうち[14]」という言葉があるが「No means No:イヤなものはイヤ」なのだ。性的にイヤな言動も、同年代からの被害でも、性的に「イヤだ」と思ったことをはっきり伝えられ、被害が起きた場合には信頼できる人にすぐに伝えられるような社会に変わっていく。そんな社会に変わっていくための大きな潮流を作るには、読者一人ひとりの取り組みが欠かせない。夏季休暇中など時間の取りやすい時に、家族や友人間で、少しいつもとは違う時間を作って、性的同意[15]や性のトラブルについて話し始めてみてはいかがだろうか。
本コラムはリレー形式でお届けしております。
次号は当社アンケート調査の別パートを見ながら、高校生のSNSの利用状況と、保護者の認識のずれと、SNSに起因する性被害について考察することを予定しています。
[1] 但し、「不同意」の状態を立証することは容易ではないことが懸念される。
[2] 株式会社クロス・マーケティンググループへの委託により2023年6月15日から6月20日までアンケート調査を実施。高校生300名は学年・性別の均等割り。保護者は子どもの学年で均等割りをし、子どもの性別は男156名、女144名となっている。なお、ここでの男女は出生時の戸籍・出生届の性別であり、高校生のうち8.3%は「別の性別だととらえている」、「違和感がある」を選択している点に留意が必要。
[3] 本文中では「イヤ」と表記するが辞書上の定義やアンケート設問で漢字表記としている点は「嫌」の表記のままとする。
[4] 弊社アンケート調査では「同年代の人(友人、クラスメイトや先輩・後輩など)あるいは年齢が離れている年上の人(学校や習い事の先生、バイト先の店長等)から次のことをされた場合に、性犯罪・性被害だと思いますか。」とのリード文でMT(マトリクス設問)形式で回答を得た。なお、本設問以前に性被害・性犯罪に関する設問を設けており、上記の5つの行為についてはこの文脈下で列挙されている。
[5] 本設問では次の相談窓口の認知をMA(複数回答)形式で尋ねた結果を、「どれも知らない」と1以上の選択があったものを「いずれかを知っている」に区分して図表を作成。(設問内で提示した相談窓口:性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター、#8891(はやくワンストップ)(内閣府)、性暴力に関するSNS相談「Cure time」(内閣府)、性犯罪被害相談電話 #8103(ハートさん)(警察)、警察相談専用電話 #9110(警察)、女性の人権ホットライン(法務局・地方法務局)、違法・有害情報相談センターの相談フォーム セーフライン(一般社団法人セーファーインターネット協会)、各都道府県の婦人相談所、都道府県・市区町村の男女共同参画・女性のための総合的な施設(女性センター、男女平等参画センターなど))。
[6] 設問は「あなたの子どもから、同年代の人(友人、クラスメイトや先輩・後輩など)あるいは年齢が離れている年上の人(学校や習い事の先生、バイト先の店長等)から次の被害を受けたと相談をされた際に学校や警察、関係機関などへの連絡・相談を行いますか。」と設定。相談窓口の認知状況は脚注5と同様。
[7] 図表3の解説と同様の定義。
[8] 本設問は「子どもが性被害に遭った場合、子どもに起こり得るサインとして当てはまるものをすべて選んでください。」の問に対して、以下の選択肢を提示。選択肢は、あおもり性暴力被害者支援センター「気付いて!子どもの性暴力被害」、野坂祐子(2019)『トラウマインフォームドケア:“問題行動 ”を捉えなおす援助の視点』(日本評論社)を参照。
「頭痛や腹痛、吐き気などの体調不良が生じる」「頻尿、お漏らしが生じる」「性器の痛み、違和感を訴える」「不眠、睡眠習慣の変化がある」「睡眠中、悪夢にうなされたりする」「過食や拒食など、食習慣が変化する」「情緒が不安定になる」「過剰な性的行動(性器いじり、自慰行為など)が生じる」「年齢に不相応な性的言動が生じる」「視線が合わない」「指しゃぶりやよだれ、喃語など赤ん坊のような振る舞いをする」「あてはまるものはない」
[9] 前述のとおり対面で性的に嫌だと思う言葉を言われた場合、対面で性的に嫌だと思うものを見せつけられた場合、身体的接触を受けた場合、性交(セックス)を伴う行為をされた場合、SNS等で性的に嫌な経験をした場合の5つ。
[10] 日本財団ウェブサイト
[11] 「まったくそう思わない」12.0%、「どちらかと言えばそう思わない」28.0%の合計値。
[12] 衆議院ウェブサイト
[13] 朝日新聞デジタル
[14] 主に女性が男性に誘いを掛けられた際などに、口先では嫌がっていても実は好意が無いわけではないと解釈する語。(実用日本語表現辞典)
[15] 性的同意についてより詳しく知りたい方は、https://www.youtube.com/watch?v=-cxMZM3bWy0やhttps://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-333166-4 も参照されたい。
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