1．はじめに－スポーツと環境における中央競技団体の役割

スポーツの現場における環境保全やスポーツを通じた環境問題の啓発など、スポーツは環境問題と密接なかかわりがあり、日本オリンピック委員会（JOC）でも、「いつまでもスポーツを楽しめる地球環境」のために、メッセージの発信や「スポーツと環境」カンファレンスを開催している。また、各競技の統括を行う国内競技連盟（NF: National Federation、中央競技団体ともいう）でも競技特性に応じた環境教育や環境負荷軽減の取組が推進されている。

大津（2025）［¹］では国内競技連盟の環境教育の責務や実態、およびガバナンスの視点から見た環境活動のあり方が分析・提起されている。このうち、日本セーリング連盟の取組は、海洋等の自然環境を活用した競技特性上、環境問題などの知識啓発等の環境教育の観点から踏み込み、会員・加盟団体による環境活動の推進に向けたリーダーシップの発揮や行動変容、さらにスポーツを通じた環境活動の社会的意義の訴求まで近年深化している。筆者は2022年より日本セーリング連盟の環境委員長を務めており、環境保全の取組を推進している。本稿では、これらの取組を紹介するとともに、今後の国内競技連盟への示唆について論考する。

2．日本セーリング連盟による環境保全取組事例

公益財団法人日本セーリング連盟の会員は、ジュニアからシニアまで幅広く１万人弱で、セーリング競技の普及・統括を行っている。2005年に、環境保全を目的とした専門委員会である環境委員会［²］を設置し、海洋を中心とした環境保全に取り組んでいる。以下に、環境委員会を中心とした近年の取組とポイントを紹介する。

（1）環境指針「サステナビリティ・バイブル」の策定、サステナビリティ・レポートの発刊
2024年4月に「サステナビリティ・バイブル」［³］を下表のように定め、連盟所属の会員、加盟団体・特別加盟団体の主体的な行動変容を促している。取組内容は、ゴミ・使い捨てプラスチックの削減、CO2排出相当量の削減、燃料消費量削減、あるいは自然エネルギーの活用等の環境負荷軽減の直接的なインパクト創出に留めていない。「サステナビリティを推進するリーダーとして、自他ともに認められる存在となります。」と、連盟、会員、加盟団体・特別加盟団体が一体となって、サステナビリティ領域をけん引、発信する役割を認識している点が特徴的である。選手・会員が少なく、観客動員も難しい競技では、競技者・運営者のみで直接的なインパクトを打ち出すのは難しいところがある。したがって、サステナビリティ活動に共感する連盟外部の一般市民に訴求して行動を促す指針は有効である。また、指針に設定したKPIに基づいて、毎年の取組をサステナビリティ・レポートとして発刊［⁴］し、PDCAサイクルも構築している。

■サステナビリティの領域

1.サステナブルなセーリング競技・組織運営を実現し、インパクトを創出します。
2.サステナビリティへの貢献を評価し、文化普及・イノベーションを支えます。

■KGI サステナビリティを推進するリーダーとして、自他ともに認められる存在となります。

■KPI

1.すべての公認大会に関する活動でのシングルユースプラスチックの使用量をマイナスにします。
2.すべての公認大会の脱炭素化（ゼロカーボン・マイナスカーボン）を達成します。そのために、SDGs貢献アプリでのCO2削減相当量を毎年25％増加させ、2026年度に2024年度比で150％を達成します。
3.大会運営のサステナビリティ向上のため、年間20大会においてドローンマークを活用します。
4.セーラーの環境意識の向上・国民への訴求のため、加盟団体とともに、公認大会等でのサステナビリティ活動をSNSによって毎年50投稿発信し、1,000シェア・１万ビューを獲得します。
5.外洋艇・クルーザーの自然エネルギー（太陽光発電等）の取組を推進します。

■ワールドセーリングのサステナビリティ指針

■SDGsアプリの紹介

（出所）日本セーリング連盟「サステナビリティ・バイブル」

（2） SDGs貢献アプリの利用推進と結果の可視化
連盟の会員ひとりひとりが楽しみながら、多様で小さな貢献をすることによって、全体として大きなインパクトや発信力をもつポテンシャルが重視されている点も重要［⁵］である。参加選手は、マイボトル持参や公共交通利用などの、大会での環境活動を「SDGs貢献アプリ」に登録し、WEBシステムによって当該行動によるCO2削減相当換算量が算出・評価される仕組みとなっている。これにより、環境保全に対する貢献度合いの可視化が実現している。さらに、選手の半数のアプリ行動登録を大会主催団体向けの大会開催補助金の要件とすることで、大会としての動機づけにつながっている。各大会、連盟全体の貢献の成果はダッシュボード形式で可視化［⁶］され、社会的価値の訴求が目に見える形となり、スポンサー獲得の基盤にもなりうる。

図表1　SDGs貢献アプリの可視化ダッシュボード（大会別　貢献ポイント・CO2削減量）

（出所）公益財団法人日本セーリング連盟ホームページ「SDGs貢献アプリダッシュボード」［⁷］

（3）「サステナビリティキャンペーン」を通じた加盟団体への支援
サステナビリティの意識・行動変容に向けた、他団体へのナレッジになるような取組を蓄積・発信するために、トライアル事業の支援を目的として「サステナビリティキャンペーン」［⁸］も展開している。地域や所属会員特性によって、取り組める環境活動の内容は異なるため、連盟主導の取組は浸透が難しいが、地域・艇種別の個別団体の取組であれば横展開が期待でき、かつローカルな課題にフォーカスしたスポンサー獲得にもつながるため、こうしたイノベーション・創発を発掘して支援することは有効である。

図表2　サステナビリティキャンペーンによる補助事業

（出所）公益財団法人日本セーリング連盟ホームページより当社作成

（4）サステナビリティ・アンバサダーの任命、SNS発信、サステナビリティ推進パートナー獲得
日本セーリング連盟では、現役選手に「サステナビリティ・アンバサダー」を委嘱し、競技大会でのトークショーにおいて海外の環境保全の状況の紹介や、従来実施している廃棄セール（帆）を用いたエコバッグ製作の体験型ワークショップ［⁹］運営への参加など、サステナビリティに関する発信活動等を推進している。また、ハッシュタグ「#残したいのはきれいな海」を付した発信も促しており、選手や活動が外部の目に触れることで、競技や環境活動への賛同・応援を得る姿勢を示している。さらに、サステナビリティ推進パートナーという協賛枠［¹⁰］を設けており、環境活動を通じて企業価値を向上させる取り組み［¹¹］にも積極的である。

3．国内競技連盟や他団体の取組への示唆

国内競技連盟における環境保全の取組では、連盟事務局が主体として取組を実施することは難しいため、会員ひとりひとりや連盟に加盟している団体が、多様な地域・所属特性に応じて主体的に取り組み、各個人・団体がリーダーシップをもってサステナビリティの活動の意義を発信しながら、組織全体としてインパクトが創出できるような、評価・可視化の仕組みづくりが重要である。環境活動を含む、スポーツの社会的価値訴求を推進したい国内競技連盟にとっては、①指針の策定・レビュー、②個人や団体の参加・評価・可視化の仕組み、③横展開できる取組の発掘・浸透、④発信・訴求の手法の枠組みづくりという日本セーリング連盟の取組が参考になれば幸いである。

図表3　日本セーリング連盟の取組に見る国内競技連盟のサステナビリティ活動への示唆

（出所）当社作成

スポーツにおける環境保全のために中央競技団体が果たす役割に関する一考察～日本セーリング連盟の取組事例より～

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