経済・産業・雇用・労働

今月のグラフ(2023年1月) タイの家計債務の増大

2023/01/05 井口 るり子
今月のグラフ
海外マクロ経済
GDP

タイの個人消費は堅調に推移している。昨年以降、行動制限の緩和、入国規制の緩和による観光業を中心とした雇用情勢の改善、政府の消費喚起策などによって、個人消費の回復が鮮明になっている。消費動向を表すPCI(個人消費指数)はサービス部門を中心に上昇傾向で推移し、GDPベースの実質個人消費も伸びが加速している(図表1)。

一方、好調な個人消費に水を差しかねないのが家計債務の増大である。2022年6月の家計債務残高のGDP比は88.9%と、主な新興国の中で韓国に次いで高い(図表2)。また、TNSO(タイ王国統計局)が2021年に行った調査では、債務保有世帯の割合は51.5%と、調査開始以来最低であった前回2019年の42.5%から大きく上昇した。

タイの家計債務が他の新興国と比べて高い理由として、低金利、低インフレのマクロ経済環境のもとで、銀行やノンバンクが競うようにキャッシュバックや金利優遇を行い、借り手にとって借りやすい金融環境が続いたことが挙げられる。また、ここにきて債務残高が一段と増加した背景には、コロナ禍での所得減少や、インフレによる生活苦に直面した中、借り入れで生活資金を手当てする動きが広がったこともあったとみられる。

家計債務比率の高さを問題視したタイ中央銀行(BOT)は、2017年以降、金利軽減や返済繰り延べによる個人の債務再編事業「デット・クリニック」を行っており、2022年9月にはその対象を拡大した。また、米国のFRBが昨年3月から利上げを開始、フィリピン、マレーシア、インドネシアがいずれも5月に相次ぎ金融引締めに転換した中、BOTは家計債務への影響を考慮し、利上げの開始を夏まで先送りした。さらに、政府は、経済対策として消費喚起策とともに、債務の返済猶予、貸し出し利率の引き下げなどを実施している。

しかし、タイ商工会議所大学(UTCC)が2022年8月に行った調査によると、過去1年間で債務の返済不払いがあった世帯の割合は65.9%と、前回2020年11月調査の56.5%から上昇した。この水準は先進国の基準では非常に高い印象を受けるが、UTCCは主要経済指標を公表する機関であり、この結果は地元主要紙の報道でも注目されている。コロナ禍で債務を増大させたものの、収入減少などにより債務返済に窮する世帯が増えていることは確かであろう。実際、銀行の家計向け債権の状況をみると、債務返済期限を30~89日超過した要注意先債権の比率がこのところ急上昇している。

現時点では、BOTはタイの2023年の成長率を3.7%と予測し、2022年の3.2%から一段の加速を見込んでいる。外国人旅行者数の増加が見込まれ、観光業をけん引役に所得の増加が続き、個人消費を一段と押し上げることが予想される。もっとも、米国でインフレ圧力が低下せず利上げが想定以上に長期化すれば、タイでも一段の追加利上げが見込まれ、家計の債務負担はさらに高まるリスクがある。また、欧米景気が失速すれば、タイでも輸出の鈍化などにより所得環境が悪化し、債務の元利払いが困難になる家計が増加する懸念もある。コロナ禍から順調な回復を続けるタイ景気だが、家計債務が消費の抑制要因になるリスクに注意が必要であろう。

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