中小企業経営におけるデジタル活用とビジネスモデル変革ビジョン策定・中期経営計画を生かして、ビジネスモデル変革を

2023/05/22 大久保 亮一
経営戦略
デジタルトランスフォーメーション
ビジネスモデル
データ活用

企業経営におけるデジタル技術活用は、新たな付加価値の創造・ビジネスモデルのアップデートを進める上で欠かせない要素となっている。しかし、中小企業は大手企業と比較して経営リソースの制約があり、デジタル化を進めるのは容易ではない。限られたリソースの中で、いかにデジタル技術を活用していくかを検討する際、重要となるのが取り組みの進め方である。具体的には、①企業内に蓄積されているデータの分析と活用、②比較的容易に進められるデジタル化による業務効率化から進めることでスムーズな取り組みにつなげることができる。また、デジタル化・デジタル技術を用いた企業変革を推進させるためには、最初の段階で、経営陣により自社の将来像・改革のゴールイメージを持ってもらうことが望ましい。その将来像を中期経営計画・事業計画に織り込んでいくことが効果的である。

このような企業変革には、デジタル技術の活用だけでなく、組織体制の見直し・組織横断の取り組み、社内スタッフの理解、人材の育成・ITスキルの向上など多面的な取り組みが必要不可欠であり、その観点でも、中期経営計画等において、目指す姿・ステップを具体化した上で進めていくことが求められる。

本レポートでは、中小企業がデジタル活用やビジネスモデル変革を推進する上でのポイントについて考察する。

1.中小企業におけるデジタル活用はまだ不十分

企業経営において、デジタル技術を活用することは、新たな付加価値の創造や企業活動の効率化のために欠かせない。その推進にあたり、常設の専門部署が設置できれば好ましいが、中小企業における人的リソースは限られており、組織体制・人的スキル等において十分な体制構築は難しい。また、ITへの投資が継続的に求められるものの、「十分なシステム投資予算が確保されない」「予算が確保できない」といった障壁も多く、総じて中小企業におけるデジタル活用の取り組みは不十分であることが多い。その結果として、デジタル活用に対する取り組みは大手企業よりも遅れがちであるが、裏を返せば、今後のデジタル活用の加速が、企業活動の改革・変化をもたらす可能性を秘めているともいえる。

2.ビジョン・中期経営計画の策定タイミングに合わせたデジタル活用の検討

中小企業のデジタル活用において重要となるのは、取り組みの進め方である。具体的には、中長期の経営計画を策定するタイミングで、より積極的にデジタル活用を組み込んでいくことを提案する。
一般的に経営計画に含有される、ビジョン・ターゲット・収益の生み方・リソース計画といった要素は、デジタル技術の活用を念頭に置くことで、将来的な目指す姿やビジョン、目標像を大きくアップデートすることができる。中小企業はデジタル化に関する専任組織の組成等マンパワーが必要となる取り組みが難しいからこそ、中長期の経営計画を策定するタイミングにおいて、全社を挙げてデジタル化の取り組み方針を固めていくことが効果的になる。

3.中小企業経営にデジタル活用を組み込むポイント

中小企業の経営計画にデジタル活用を組み込む上で、特にポイントとなる項目について述べる。

【図表1】中小企業の経営計画策定におけるデジタル活用のポイント
中小企業の経営計画策定におけるデジタル活用のポイント
(出所)当社作成

(1) データ分析の活用

一つ目は、データ分析の活用である。デジタル活用がまだ進んでいない中小企業においても、販売データ、製造データ、マーケティングデータなど、一定量の情報が存在する事例が多い。デジタル活用の第一歩として、これらのデータを分析・可視化し、経営計画の策定に活用することが重要となる。

この際、データ分析そのものが目的にならないように留意する必要がある。あくまでデータ分析は手段・手法であり、取り組むべき課題や今後検討すべき仮説を並行して考えなければならない。

たとえば、製造関連のデータのうち、「製造に要した時間」というデータは、それ自体は意味を持たず、「製造コストの改善」という課題が存在して、初めて意味をなすことになる。つまり、データ分析を始める前には、一般的な経営計画策定プロセスの一環として、競合他社との比較や自社内のヒアリングを通じて経営課題を特定し、取り組むべき課題や仮説の設定を優先すべきである。

また、データ分析プロセスにおける課題を並行して洗い出し、今後のデータ基盤の構築に向けた取り組みの策定も検討すべきである。データ分析を実施する中で不具合があった点は、今後のシステム構築における必要機能・要件定義に組み込む必要がある。また、より根本的なデータを取得する上でボトルネックがある場合は、次回の経営計画策定時に取り組み、課題として組み込み・改善すべきである。さらに、必要なデータの種類・経営指標については経営環境の変化とともに変動するため、取得するデータについては、今後の見通し・次回分析時の想定を含めて、システム上の見直しを進めていくことが求められる。

(2)デジタル化による業務効率化

二つ目は、デジタル化による業務効率化・業務変革である。中小企業においてのデジタル化の進捗度は、企業によりかなり大きな開きがあるが、多くの企業では、オペレーションのデジタル化・システム化がまだまだ不十分であり、大幅な改善の余地のあるケースが多い。大きな変革を目指す前に、まずは業務のシステム化・効率化を図ることも大切な経営施策となり得る。将来を見据えて必要なデジタル化に対してリソースが不十分なケースも多いと思われるが、投下可能な予算や人員を念頭に計画的に進めていくのが望ましい。

デジタル化による業務効率化・業務変革の取り組みを進める上での留意点としては、以下5項目が挙げられる。

① 効率化・業務変革の目標規模・達成時期・推進方法など、実行方針を明確にする
② システム担当者任せにしない
③ システム担当者のレベルアップ・スキルアップを連動させる業務効率化の取り組みとシステム担当者のスキルアップを同時に進める
④ 費用対効果を最初に確認する
⑤ 途中変更する可能性や柔軟性を持つ方針を明確にする

方針を最初に明確にすることはもちろん大切なことであるが、最初の方針にこだわることなく取り組みを進めることも必要である。

デジタル化に関する技術やサービスについては日進月歩の状況が長く続いており、現在のデジタル化計画についても、システム会社・SaaS提供企業の動向などを定期的にチェックし、柔軟な方針変更を念頭においた推進が求められる。また、システム担当者もITに精通しているスタッフとは限らないケースも多い。したがって、デジタル化を担当者任せにせず、かつ、時代の流れにあわせて、担当者にも継続的に情報収集・スキルアップを進めてもらい、デジタル化・業務効率化を図るべきである。

(3) デジタルを活用したビジネスモデル変革

三つ目は、デジタルを活用したビジネスモデル変革である。デジタル活用の進め方によっては到達できるターゲットが大きく変動しうるが、分かりやすい事例では、EC活用やITプラットフォームを活用したサブスクリプションがある。また社内において継続的に業務変革を行い、収益の生み出し方を変化させることにより、ビジネスの全体像が変動するケースも考えられる。

デジタル活用による自社のビジネスモデル変革を進めるに当たり、まずは「デジタル活用で何を狙うのか」という、ゴール設定が重要となる。しかしながら、デジタル活用の取り組みが不十分、もしくはこれからデジタル活用を始める企業にとっては、デジタル技術で実現できることが不明瞭なことが多く、単なるシステム導入による効率化という一過性の取り組みにとどまってしまうケースが散見される。

ゴール設定においては、まずは目標とする変革規模を経営者主導で決めることが求められる。取り組もうとする変革がどの程度ダイナミックなものであるか、その判断基準としては、公開されている基準に照らして判断することも一つの方法である。その一つとして、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)社会基盤センターが掲載しているデジタル技術を活用した変革規模の判断基準を紹介する。

【図表2】DXによる変革規模の判断基準例

(1)一部の業務変革
(2)-a企業全体の業務変革
(2)-b取引先も含めた業務変革
(3)顧客体験の変革
(4)市場での競争力の変革
(5)市場での立ち位置の変革
(6)社会の変革

(出所)IPA(独立行政法人情報処理推進機構)社会基盤センター「DX実践手引書 ITシステム構築編」(完成第1.0版)より一部抜粋

この変革規模の基準に照らし、「⑥社会の変革」につながるビジネスモデル変革ができれば理想的である。代表的な事例としては、米国等で普及したライドシェア(社名としては、Uber, Lyft, Grabなど)が挙げられる。そのような取り組みは、

  • 顧客や消費者のニーズ・行動スタイル変化
  • 潜在的なニーズの高まり
  • ある特定の業界にとっては破壊者となるサービスの提供
  • ITツールの普及
  • 規制の突破
  • ビジネスチャンスとなり得る「真空領域」の出現

などが複数同時に組み合わさり、強力なリーダーシップの下に実現されるものであり、大企業・中小企業のいずれであっても容易ではない。
もちろん、これまでデジタル技術を積極的に活用していない企業においては、まずは、社内の複数部門(あるいは全体)にまたがるITシステムの導入により全社での生産性向上・売上アップ・財務体質の改善を図るといった、業務変革と区分される領域より始めることが、取り組みの成功確度を向上させるポイントである。かといって、自社の経営資源・予算を理由に、単なる業務変革にとどまるようでは非常にもったいない。

総じて、自社の置かれている環境や自社の経営資源・体力、また顧客のニーズの変化などを踏まえて、どのレベルの企業変革を目指すのかを自覚し、自社の体力や将来を鑑みた上で、適切な規模の変革を目指すことが必要といえる。

ビジネスモデル変革の規模を決定した後は、ベンチマークとする他社事例を整理し、自社に取り入れる方法をおすすめする。特に、業務効率化・業務変革に関する取り組みについては、サプライチェーンの流れや、開発・製造・営業など機能別の切り口を設定した際に、軽微なカスタマイズで同様の取り組みを実施できる場合も多い。もちろん、他社事例をそのまま自社に取り込めることは少ないが、カスタマージャーニーの特定やデジタル活用のポイントを検討する際には、同業他社・類似業種企業との比較によって、新たな気付きを得られることが多いため、積極的な活用を推奨したい。

4.デジタル化による変革を実現するために会社全体のロードマップ構築が求められる

このようにデジタル化による変革を目指すためには、最初の段階で、経営陣により、目標とする姿やどの程度の改革を目指すのか、明確にしておくことが必要不可欠である。たとえば、システム化・業務効率化をどれだけ数多く進めたとしても、ビジネスモデルの変革につながるとは限らない。ビジネスモデルの進化や変革を目指すのであれば、最初からその目標を念頭に置いた取り組みのロードマップ設計が求められる。

変革に向けた内容が固まり、経営計画へ盛り込む際は、具体的なアクションプラン策定も同時に検討することが望ましい。アクションプランでは、担当組織・担当者・タスク・期日を設定することになる。システム化に関しては、社内に得意なスタッフがいないケースもあることから、自前で育成していく、あるいは中途採用を進めるなど、人選に対しても柔軟な考えで進めることが求められる。なお、計画化の段階でタスク内容が困難な取り組みに関しては、自前主義にこだわらず、計画段階で外部リソースを活用し、連携しながら進める方がより効率的である。

また、各取り組みについては、意思決定の段階(ゲート)を設定し、少しずつ成果が出るような設計が望ましい。理由としては、各進捗ステップ単位で、次への推進/見直しの段階的な判断を下せることにあるが、あわせて、スムーズに進めるための社内機運・風土作りのきっかけとしての意味合いを持つ。デジタル活用の取り組みは、途中で社内のルールや仕組みが障害となることがあり、ルールの見直しが求められることも多く、組織横断的に社内の多くのメンバーによる協力が必要となるケースが多い。

このようにデジタル活用やITのビジネスへの組み込みは、デジタル技術の活用という側面だけでなく、組織体制の見直し・組織横断による取り組み、人材の育成・ITスキルの向上など多面的な取組が必要であり、その実現・定着化に向けては長い期間にわたる取り組みが求められる。そのため、各社のビジョン策定や中期経営計画策定のタイミングをうまく活用し、ビジネスモデル進化や変革を進めることをおすすめしたい。

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