産業・機能特化の地域統括に活用されるマレーシア~シリーズ「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」③~

2021/08/20 長谷川 賢
グローバルガバナンス
グローバルビジネス
アジア

グローバル展開をする日本企業が、アジア等に地域統括拠点を設置することは、迅速かつ効果的な事業運営を実現する上で、既に当然の施策となっている。そこで本連載では、事例をもとに地域統括拠点のロケーション戦略を読み解いていく。連載3回目の本稿では、産業・機能特化の地域統括に活用されているマレーシアについて論じる。

ASEAN域内におけるマレーシアは、1人当たりGDPはシンガポール、ブルネイに次ぐ第3位(IMFの2020年時点のデータ)であり、ASEAN域内では相対的に発展した国といえよう。近年は、ベトナム、インドネシア、タイなどへの製造業を中心とした日系企業の進出が目立ち、以前よりもマレーシアが注目を浴びる機会が薄れてきていると感じられるかもしれない。しかし、1965年に松下電器産業(現パナソニック)が進出したのを契機に、20世紀後半は幾度かの投資ブームを重ねてきた。その中で、電気・電子関連の産業集積がされてきた実績は無視できず、今後もASEAN地域における生産機能としてのプレゼンスは続いていくと考えられる。特に最近は、多くの国民がイスラム教徒であることから、ハラル対応のマーケティングやR&D(Research and Development:研究開発)の集積地としても活用されている。

本稿では、はじめにマレーシアにおける日系企業の進出・投資実績や日米欧の産業集積状況をもとに、現在に至るまでのASEAN地域における位置づけを確認する。次に、現在マレーシアに進出しているグローバル企業に着目して、マレーシアの地域統括機能のロケーション戦略を整理する。最後に、タイやベトナムといった近隣国が台頭する中で、マレーシアを選択的に活用していくための要点をまとめて締めくくりたい。

1.マレーシアの産業集積状況

各種情報・データをもとに、マレーシアの産業集積状況とそこからうかがえるロケーション戦略上の特徴を見ていく。図表1「日本の対ASEAN国別直接投資金額構成(時系列推移)」によると、マレーシアへの投資がASEAN地域において相対的に高まったのは1965~74年および1985~94年の間である。これは、マレーシアのインフラ整備が進んでいる状況や英語によるコミュニケーションが容易なこと、輸出企業への優遇制度等が評価され、ASEAN地域の中での投資検討対象に挙がりやすかったためと考えられる。しかし、直近ではマレーシアへの投資はベトナム、フィリピンに次ぐところで落ち着き、以前と比較するとASEAN地域における相対的な地位は低下したということも否めない。

【図表1】日本の対ASEAN国別直接投資金額構成(時系列推移)

図表 日本の対ASEAN国別直接投資金額構成(時系列推移)

(出所)財務省統計を基に当社が加工・編集

次に、マレーシア国内におけるグローバル企業の立地から産業集積状況に注目するにあたり、より日系企業に関心の高い産業に絞って見ていきたい。図表2「日系企業のマレーシア進出の現地法人構成」を見ると、製造業が43%と占める割合が最も多い。なかでも構成比が高い電気・電子機器に絞って分析する。

【図表2】日系企業のマレーシア進出の現地法人構成

図表 日系企業のマレーシア進出の現地法人構成

(出所)東洋経済新報社「海外進出企業データ2020年版」を基に当社が加工・編集

以下の図表3「電気・電子産業の主要企業立地状況」はマレーシア国外に本拠地を持つ主要な電気・電子関連企業の州別進出分布である。首都があるセランゴール州およびシンガポールに橋続きで隣接しているジョホール州では電気機器企業の進出が多い。一方、マレーシアの北西に位置するペナン州やケダ州は、半導体および半導体を用いた検査機器や医療機器関連の技術系企業が集積されている。特筆すべきところとして、「マレーシアのシリコンバレー」とも呼ばれているペナン州で製造された半導体は、ASEAN各国に限らず、地理的要因からインド等の電子機器工場にも供給されており、調達上の重要な地区となっている。これまでの海外企業によるマレーシアへの投資の結果、州ごとに特色ある産業集積状況になっているといえよう。

【図表3】電気・電子産業の主要企業立地状況

マップ 電気・電子産業の主要企業立地状況

(出所)国際協力銀行「マレーシアの投資環境2014年版」および各種企業情報を基に当社が加工・編集

ASEAN地域におけるマレーシアの位置づけを補足する意味で、現時点でのマレーシア政府の取り組みも紹介する。マレーシアはこれまでの産業集積によって地域別に特色ある発展形態となっているが、昨今のASEAN地域における相対的な地位低下を憂慮して、マレーシア政府も優位性を回復するための手を打っているのだ。

マレーシア政府は、2015年5月より、マレーシアをグローバルビジネスの拠点として強化することを目的に、「プリンシパル・ハブ・インセンティブ」という税優遇制度を導入した。プリンシパル・ハブとは、グローバル企業のマレーシア現地法人がリスク管理、方針決定、戦略的事業活動、貿易、金融、人事等に関する運営やサポートを行う拠点としてマレーシア投資開発庁(MIDA)に申請することによって適用される。詳細な適用要件は本連載の趣旨ではないために省くが、プリンシパル・ハブが適用された場合、新設会社は0%もしくは5%もしくは10%の法人税率が5年間適用、既存会社は10%の法人税率が5年間適用という優遇が受けられる。(マレーシアの法定法人税率は24%)

さらに、2019年10月には同制度において新設会社の優遇制度を改善する旨が、マレーシア政府から発表された。新設会社は0%もしくは5%の法人税率が5年間適用となり、より高優遇の範囲が広がった。マレーシア投資開発庁(MIDA)は、同制度が地域統括拠点を設置するグローバル企業の誘致に寄与してきたとの認識を示した上で、「今回の見直しを受けて、マレーシアはアジア太平洋地域の最適な統括拠点として、域内で競争力を高めることができる」と表明した。今後、米中貿易摩擦の余波を受けて中国から生産機能を移転するグローバル企業をターゲットとして、タイやベトナム等の周辺国より優位に立ちたいという意図が見える。

2.マレーシアにおける地域統括の現状

第2章では、これまでマレーシアに進出済のグローバル企業にフォーカスを当てて、地域統括機能のロケーション戦略をより深く掘り下げていきたい。第1章でも述べた通り、主要産業である製造業の電気・電子機器のうち、地域統括機能を保有する企業に絞って分析する。

マレーシア投資開発庁(MIDA)からの情報によると、パナソニック、ダイキン工業、東芝、シャープ、ハネウェル(Honeywell)、ブロードコム(Broadcom)はマレーシアに地域統括機能を有していると想定される。該当6社のマレーシアにおける地域統括機能の確認はもちろんだが、地域統括機能の国際分業体制を俯瞰するために、ASEAN地域の周辺国における現地法人も同時に見ていきたい。

図表4「マレーシアに地域統括機能を有していると想定される企業のマレーシア近隣の現地法人分布」を参照すると、該当企業がマレーシアで保有する統括機能の傾向として、特定事業のマーケティングやR&D(Research and Development:研究開発)機能に特化していることが見受けられる。一方、周辺国で発揮した方が最適と思われる統括機能については、国境を跨いで役割分担をしているケースも見られる。

例えば、パナソニックやダイキン工業は、およそ半世紀前からASEAN地域の気候特性から空調へのニーズが非常に高いことに着目し、その中でも言語・教育やインフラ状況が比較的に優れたマレーシアに進出してきた。これまでマレーシアで長年固めた経営基盤をもとに、今ではASEAN全域の空調事業のマーケティングやR&Dをマレーシアで統括している。ただし、空調に限らない事業全般の統括やシェアードサービス的な管理機能は、近接するシンガポールに一任しているようである。これは、異なる事業展開をしている東芝やBroadcomにおいても類似の傾向にある。

一方、Honeywellのように、ASEAN全体の地域統括機能をマレーシアに置き、一部の事業機能についてはシンガポールに委ねるという、全く逆のケースもあるようだ。その理由としては、マレーシアとシンガポールは地理的な近さから人や物の交流が盛んであり、ある程度の互換性が認められるということが考えられる。

【図表4】マレーシアに地域統括機能を有していると想定される企業のマレーシア近隣の現地法人分布

図表 マレーシアに地域統括機能を有していると想定される企業のマレーシア近隣の現地法人分布

(出所)東洋経済新報社「海外進出企業データ2020年版」および各種企業情報を基に当社が加工・編集

3.マレーシアに期待される地域統括機能・ロケーション戦略

第1、2章にて述べたように、マレーシアでは、ASEAN地域において特定の産業(電気・電子等)で技術的に先進してきたメリットを活かす統括が行われている。第3章では、これから進出を検討する企業にも有意義な知見を提供すべく、今後もマレーシアに期待される地域統括機能やロケーション戦略を整理したい。

まず、製造業における設計・開発・製造等の統括を目的とした場合、マレーシアにおいて産業集積が進んでいる電気・電子の関連分野ならば、一定以上の期待はできよう。電気・電子の技術集積に由来して、高度な技術人材の確保も比較的容易であると考えられる。特に、半導体のような付加価値品の場合は生産できる国も限られるため、ASEAN地域に限らずインド等の新たな需要地への供給拠点としての重要度は高い。一方で、財務・人事等のシェアードサービス的な統括を目的とした場合、人件費の高さにさえ目を瞑れば、マレーシアと橋続きのシンガポールが得意としており、積極的に国際分業を前提としたロケーション別の機能設計を検討すべきと考えられる。

また、マレーシアの地域特性に着目して、独自の目的を持たせることも可能であろう。国民の6割がイスラム教徒であるマレーシアでは、人体に摂取される食品や化粧品等の関連製品の提供について国民の安心を得るために、ハラル認証を必須としている。そのため、マレーシアにおける多くの工業団地がハラルに準拠したインフラや流通網を抱えている。

ある日系企業へのアンケートによると、ハラル認証に対する日系企業の認識は「認証制度そのものは知っているが、認証取得してイスラム市場に進出するのは時期尚早」という回答が多かった。しかし、将来を見据えた視点でイスラム圏をビジネスチャンスとした上で、マレーシアをハラルビジネスの統括地域と捉え、まずはマーケティングやR&Dの機能統括から始める企業も増えてきている。一例として、花王や資生堂は2010年前後からハラル認証を取得し、マレーシア市場だけではなく、イスラム教徒が9割近いインドネシアでも販売を行ってきた。また、味の素はこれまでマレーシアにおいてハラル非対応の調味料を製造してきたが、2022年稼働を目指してハラル対応製品の工場建設を進めており、ASEANやイスラム諸国への輸出拠点とする狙いだ。

最後に、地域統括を検討する際にマレーシアとよく比較される国を取り上げ、ロケーション戦略上の目安となりうる比較検討の基準例を以下に紹介する(図表5を含む)。

<タイ>
生産・技術関連を統括したい場合によく比較されるのが、タイである。事業が属す産業集積が進んでいる国を選択した方が、すでに構築された調達・製造ネットワークの活用や高度な研究員の確保ができる可能性が高くなるからだ。

<シンガポール>
ガバナンス全般においては、シンガポールと比較されることが多い。単純に人件費のみで比較するとマレーシアに軍配があがるのだが、高給に見合う高度なスキルを目的としてシンガポールを選択することも選択肢としてありうる。

<インドネシア>
ハラルビジネスを強化したい場合の競合国は、インドネシアとなる。だが、ハラル認証工業団地数ではマレーシアが圧倒的であり、開発・生産の大部分はマレーシアで行い、そこからインドネシア等のイスラム市場へ輸出することが当面は続きそうである。

【図表5】統括機能別におけるマレーシアと周辺国の比較

図表 統括機能別におけるマレーシアと周辺国の比較

(出所)JETRO「投資関連コスト2020年版」、Halal Development Corporationおよび各種企業情報を基に当社が加工・編集

これまでの連載(第1回「製造業の統括拠点として好まれるタイ」(2021年3月22日付掲載)、第2回「事業や統括機能に応じて選択されるシンガポール」(2021年4月28日付掲載))において、地域統括拠点は各エリアに1つという制約はないと説明してきた。これはマレーシアにおいても当てはまり、ASEANエリアの地域統括拠点をマレーシアとシンガポールそれぞれの地域特性に応じて分ける事例からも明らかといえよう。マレーシアでは電気・電子産業の技術的な統括に特化し、マネジメントやガバナンスといった機能は周辺国であるシンガポールに統括してもらうことが多い傾向であった。

次回は、シンガポール、タイに次ぐ投資先として、日系企業に注目されてきたインドネシアを取り上げる。本連載の肝ともいえる、地域特性に応じた統括機能の分業も検討に入れる考え方について、理解を深めていきたい。

【関連レポートはこちらから】

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」①
製造業の統括拠点として好まれるタイ(2021年3月22日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」②
事業や統括機能に応じて選択されるシンガポール(2021年4月28日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」④
インドネシアにおける地域統括機能・ロケーション戦略上の可能性(2021年8月24日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」⑤
1国2制度のもと法務・知財・為替の統括機能を強める香港(2021年10月25日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」⑥
中国における事業統括会社・統括機能の進化の方向性 (2022年01月24日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」⑦(最終回)
アジアにおける地域統括拠点を考える(2022年02月24日)

執筆者

  • 長谷川 賢

    コンサルティング事業本部

    戦略コンサルティングビジネスユニット グローバルコンサルティング部

    マネージャー

    長谷川 賢
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