自動車産業を取り巻くカーボンニュートラル対応の動向

2022/01/18 石倉 拓史
経営戦略
サステナビリティ
カーボンニュートラル
自動車産業

1. はじめに

2021年10月31日から11月13日まで英国グラスゴーで開催された「第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)」は、世界各国の思惑がぶつかる中、会期を延長しながらも、世界の平均気温の上昇を1.5度に抑える努力を追求するとした成果文書を採択して閉幕した。

COP26では、各国の政府による協議だけではなく、気候変動に深く関わるセクターごとの交渉も行われ、自動車分野は主要なセクターのひとつとして注目を集めた。自動車分野に関しては「世界のすべての新車販売について、主要市場で2035年までに、世界全体では2040年までに、電気自動車(EV)等、二酸化炭素を排出しないゼロエミッション車とすることを目指す」という共同声明が発表された。この共同声明に賛同したのは議長国である英国をはじめとした、スウェーデン、オランダ、カナダ等先進国28カ国と、先進国に支援を求める途上国としてインド、メキシコ等10カ国の他、カリフォルニア州やバルセロナ等の自治体や都市だった。一方、自動車大国であるアメリカ、ドイツ、中国、フランス、イタリア、そして日本等は政府として署名しなかった。

また、自動車メーカーとしては、ドイツのダイムラー(Daimler)傘下のメルセデス・ベンツ、アメリカのゼネラルモーターズ(GM)とフォード、中国のBYD等11社が共同声明に署名した。他方、日本の各メーカーや、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)、BMW等が署名せず、足並みが揃わない形となった。日本は、エンジンとモーターを併用するハイブリッド自動車(HV)やプラグイン・ハイブリッド自動車(PHV)の技術で他国に先行しており、実際に国内で普及している電動車も大半がHVだ。日本の自動車産業は550万人が従事する我が国を支える基幹産業だが、エンジンを不要とするEVにすべて置き換えられれば、自動車部品約3万点のうちエンジン部品に係る1万点は必然的に不要となり、従事者の約5分の1にあたる100万人もの雇用が失われる可能性がある等、EV一択の風潮を単純に歓迎できない状況にある。

COP26開催以前から欧州中心に「カーボンニュートラル=EV」とする図式が展開されるが、日本ではそれとは異なるスタンスを取っている。一例を挙げると、トヨタはカーボンニュートラルとは「モノを作る、作ったモノを運ぶ、そして運んだモノを使う、リサイクルしながら最後は廃棄する。その流れの中で発生するCO2を2050年までにゼロにしようという考え方」としている。カーボンニュートラル達成のためには、EV同様に走行中にCO2を出さない自動車の動力源である、水素エンジンや合成燃料等の技術開発を進めるという手段もあり、ライフサイクルアセスメント(LCA)全体を踏まえた自動車作りが重要である。欧州の掲げる主張に対しては「EVは、あくまで走行中にのみCO2が排出されないカーボンニュートラルの手段のひとつにすぎない」というスタンスを取っている。

自動車作りだけでなく、LCA全体でのモノづくりという観点に立っても、日本のエネルギーは化石燃料を使った火力発電比率が75%と非常に高い点も、欧米のEV普及を前面に押し出す姿勢との違いが生まれる要因になっている。日本で製造したモノはカーボンニュートラル社会では使われないために、現状のエネルギー環境下でEV普及を推進したとしても、充電に必要な電気をつくる際に多くのCO2が排出されることになり、EV普及を推進すればするほどCO2が増加するといった本末転倒になる可能性もあるためだ。

四方を海で囲まれた日本は、欧州のように陸続きでなく国家間で電力を融通しあうことが難しい。そのため、CO2を排出しないエネルギーを自国でいかに安価に安定して発電・流通させるかが、真のカーボンニュートラル社会実現に向けて最も重要である。再エネ、原子力、水素とあらゆる選択肢を考慮した官民一体でのクリーンエネルギー戦略への取り組みは、もはや不可避となっている。

このような実情を踏まえ、日本としては、ゼロエミッション化に対して総論賛成の姿勢を見せるも、各論については「地域性や国の事情を含め、最善の方策をとっていくこと」と反対意見を貫いている。

日本は今後、固有の事情を踏まえた「日本流カーボンニュートラル実現」の道を進むこととなる。ただし自動車産業は世界産業であり、HVを含めたエンジン車の販売、化石燃料由来エネルギーによるモノづくりへの風当たりがますます厳しくなることは想像に難くない。我が国の自動車産業がカーボンニュートラルの社会でも世界を牽引する存在となるためには、「よい暮らし」「よいクルマ」「よい部品」に対する考え方が大きく変化する情勢をいかに敏感に捉えられるかが重要となっていると思われる。

新しい時代でのさらなる飛躍に向けて、自動車産業はカーボンニュートラル等の新たな社会要請に沿う形で作るモノ・作り方・作る場所・売り方等従来の勝ちパターンを大きく見直し、経営改革や意識改革を進める等、さらに難しいかじ取りが求められている。逆に言えば、カーボンニュートラル対応を単なるCSR(企業の社会的責任)やコスト増とみなすのではなく、「先手が取れる他社との差異化要素」と位置付けることができれば、企業価値の向上はもちろんのこと、新たな受注機会の創出にもつながる可能性は高い。

筆者チームでは、新型コロナ環境下ということもありWeb面談を中心に、ここ1年半で約100社の自動車産業各社および産業を取り巻く政府各機関、金融各機関、各メディア関係者等と討議する機会をいただいた。これらの経験を踏まえ、本稿ではカーボンニュートラルを軸に自動車産業の動向を整理すると同時に、カーボンニュートラル対応に向けて自動車産業各社、中でも最も裾野の広い自動車製造業が取り組むべき事項を論ずる。

2. 世界を取り巻くカーボンニュートラルの動向

今現在、120以上の国と地域が2050年までのカーボンニュートラル実現を表明しており、2060年までの中国、2070年までのインドも含めると、全世界の約3分の2がカーボンニュートラルの旗を掲げている。日本でも2020年10月の菅義偉前総理大臣の所信表明演説で「2050年までに温室効果ガス排出をネットゼロにする」と宣言している【図表1】。

【図表1】各国のカーボンニュートラル目標

図 各国のカーボンニュートラル目標

(出所)各種プレスリリースを基に当社作成

カーボンニュートラル実現に向けて、各国がガソリンエンジン車の販売数を規制する政策を打ち出しているが、そのスタンスはさまざまである。EUやカナダでは、PHVも含めた強い販売禁止が打ち出されているものの、ガソリン・ディーゼル等の内燃機関車(ICE)のみを販売禁止対象とする国や、ICEとHVを販売禁止対象とする国も多くある。日本は、新車販売について、乗用車は2035年までに電動車100%を実現し、商用車のうち小型車は2040年までに電動車もしくは脱炭素燃料車とし、大型車は2030年までに改めて2040 年の普及目標を設定するとした。世界ではHVが販売禁止の対象になりつつある中、日本では現時点の2030年新車販売台数目標のうちHVを30~40%としており、HVを電動車の主力と位置付けている【図表2】。

【図表2】次世代自動車の普及目標と、自動車の燃費基準

図 次世代自動車の普及目標と、自動車の燃費基準

※次世代自動車戦略2010「2010年4月次世代自動車研究会」における普及目標

2030年度の燃費基準:25.4 km/L
(参考)2016年度実績:19.2 km/L

(出所)経済産業省「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討」を基に当社作成

世界各国でカーボンニュートラル実現に向けた大胆な投資をする動きが相次ぐ等、温暖化への対応を経済成長の制約やコストとみなす時代は終わり、国際的にも成長の機会と捉える時代に突入している。日本政府は「経済と環境の好循環」を作るべく、カーボンニュートラルを経営課題として取り組む企業に対し研究開発・実証から社会実装までの10年間で2兆円を支援する「グリーンイノベーション基金事業」などを盛り込んだグリーン成長戦略を促進している。これらを背景に、火力発電依存からの脱却、電化や水素化等CO2を排出しないエネルギーへの転換といったエネルギー戦略の見直しをはじめ、乗用車、商用車の電動化に向けた基盤整備を加速させる見込みである。

このような世界的、国内的な潮流を受けて、自動車産業はカーボンニュートラル対応なくしては存続が厳しい時代となっている。

3. 完成車メーカーにおけるカーボンニュートラルの動き

(1) カーボンニュートラル達成目標と電動車へのシフト

世界的なカーボンニュートラルを目指す動きを受けて、日本の完成車メーカー各社は、政府目標と同様に2050年をカーボンニュートラル達成時期の目標として大枠での足並みを揃えている。一方でドイツのDaimlerでは2039年までに、米国のGMでは2040年までにというように、一部の欧米企業は早期のカーボンニュートラル実現を宣言している。Stellantisは具体的な時期は未設定であるものの「カーボンニュートラルという長期的目標の達成に尽力」と発表している。ドイツのBMWは会社全体のカーボンニュートラル達成を時期は明示せず「中長期目標」と言及するにとどめるも、自社工場については2021年中という早期の達成を公表している。

中国ではBYDがCOP26で2040年のゼロエミッション車化に署名し、長城汽車が2045年のカーボンニュートラル実現と積極的方針を打ち出している。しかしこの他多くの中国企業はカーボンニュートラル達成時期について未発表となっている。ただし、国営企業では政府の方針にあわせて2060年のカーボンニュートラル実現を目指すことが予想される【図表3】。

【図表3】各国の完成車メーカーの脱炭素目標と電動化へのシフト

図 各国の完成車メーカーの脱炭素目標と電動化へのシフト

(出所)各種資料を基に当社作成

(2) 電動化以外の技術開発

走行中にCO2を出さない自動車の動力源という意味では、既存のエンジンの仕組みを活用した水素エンジンと合成燃料の2点が注目されている。これらの開発を進めることは、従来のエンジン部品の技術力を生かして脱炭素化に貢献できる道とも言える。前述の通り、自動車がエンジンを不要とするEVにすべて置き換えられれば、日本の自動車産業従事者550万人の内、エンジン部品に関わる100万人もの雇用が失われる可能性が指摘されている。脱炭素化の中、日本の技術開発の強みを生かして雇用を守る観点から、今後の動向を注視していく必要があるこれらの技術開発について、国内外各社の取り組みを紹介する。

①  水素エンジン開発に注力しているトヨタ、Daimler等

水素エンジンの開発については、トヨタ自動車が2021年5月に水素エンジン車で24時間耐久レースを完走しており、同社では水素エンジンを「EV以外のカーボンニュートラル実現のための選択肢」とうたっている。欧州企業ではドイツのDaimlerが2021年4月に国際会議で水素エンジン技術を発表している。欧州ではEV化が主要な方針である一方、主に中大型車向けに水素エンジン開発に取り組む動きも見られる。BMWは水素エンジン車を唯一市販した実績を持っているものの、対象車の販売は打ち切られており、現在は燃料電池自動車(FCV)にシフトしている。

②  トヨタ・ホンダ・マツダ・VWがe-Fuel、日産・マツダがbio-Fuelを開発

合成燃料については、多くの完成車メーカーが開発に取り組んでいる。水素を原料とする「e-Fuel」については、トヨタ・ホンダ・マツダ・VWが取り組んでおり、藻類の利用等、生物由来の燃料である「bio-Fuel」については、日産・マツダ等が開発を公表している。合成燃料は、技術的にはすでに実現可能であり、実用化の壁はコストの高さだとされている。

(3) 自社工場の見直し

カーボンニュートラル実現に向けて、各社は自社工場のエネルギー利用の見直しも加速させている。日本では、トヨタが2035年に全世界の自社工場においてCO2排出ゼロの目標を掲げている。欧米ではVW・GM・Fordが2030~2035年に自社工場を100%再生可能エネルギーで稼働、BMWが2021年中にすべての自社拠点をカーボンニュートラルにすることを宣言している。中国では、長城汽車だけが2023年に1工場のカーボンニュートラルを目標として打ち出している。各社のCO2ゼロ達成のための手法として、日系企業は再生可能エネルギーの利用の他、エネルギー利用の多い工程の改善や省エネ活動が多く取り入れられているのに対し、欧米企業では自社での発電設備導入を含む、再生可能エネルギーの活用が多く選択されている。これは、発電設備の設置や再生可能エネルギーの入手容易性等、地政学的要因によるものと推測される。

(4) サプライヤーへの具体的な要請

現時点で、自動車部品サプライヤーに対し、具体的な要請をしている企業は限られているが、LCAの観点から、自動車産業全体のカーボンニュートラル実現に向けてサプライヤーの協力が不可欠となっている。

日系企業ではトヨタが関係協力会社を中心に、2021年の目標としてCO2排出量前年比3%を要請している他、ホンダも2019年度比で年4%ずつ減らすよう要請した。

一方で、VW、ポルシェ、メルセデス・ベンツら欧州企業からは、数値目標に留まらない具体的かつ強い要請がサプライヤーに対して出されている。VWがEV「ID.3」の生産にあたり、サプライヤーへ部品生産時に再生可能エネルギーのみを使用するよう指示している。またVW傘下のポルシェが、部品製造時に再生可能エネルギーのみを使用しない場合、将来的な契約締結を不可とすると打ち出している。メルセデス・ベンツでは2020年12月に、2039年にカーボンニュートラル未達となるサプライヤーを取引先から除外する方針を公表しており、すでに約2,000社のサプライヤーのうち75%が「Ambition Letter of Intent」(実現へ向けた覚書)に署名済みとなっている。

日系企業と欧米企業で取り組みスピードに温度差はあるものの、今後の新型車の開発・製造においては、カーボンニュートラル対応が前提条件となることは論をまたない。

4. 自動車部品サプライヤーにおけるカーボンニュートラルの動き

(1) カーボンニュートラル目標

欧米大手サプライヤーは日本に比べ取り組みが早く、カナダのMagnaが2030年、スウェーデンのAutolivが2040年という早期のカーボンニュートラル実現を打ち出す等、チャレンジングなカーボンニュートラル目標を設定している。

一方で、日系大手サプライヤーは完成車メーカー同様、足並みがそろっており、多くの企業が「2050年にカーボンニュートラル実現」を打ち出している。デンソーは、自社工場について2035年に工場から排出されるCO2ゼロという意欲的な目標を掲げている(2025年はカーボンオフセットを活用、2035年はカーボンオフセット無しで達成)。日系中堅サプライヤーの一部企業では、まずはサプライチェーン全体ではなく、事業者自らによる温室効果ガス直接排出にあたるScope1と、他社から供給された電気・熱・蒸気の使用に伴う間接排出にあたるScope 2に絞る等の対応をしつつも、カーボンニュートラルの目標や方針が打ち出されている。

完成車メーカーがライフサイクルでのカーボンニュートラル目標を掲げている以上、サプライヤーの協力は必須となるため、今後は中堅サプライヤーが相次いで達成目標を打ち出してくることが予想される。

(2) 技術イノベーションへの取り組み

大手・中堅に関わらず、各サプライヤーが製造する部品は、軽量化、薄型化、サーマルマネジメント、流体力学面の取り組み、エンジン・モーター効率向上等、自社の得意領域において自動車の燃費向上への貢献を目指している。また、部品の性能向上以外では、製品の設計段階で3R(リデュース・リユース・リサイクル)を考慮する取り組みもなされている。

欧米大手サプライヤーは、抜本的な取り組みにも着手し始めている。たとえばAutolivが製品のライフサイクル全体でのCO2排出量評価を行った結果から、部品の軽量化やリサイクル金属の使用にこれまで以上に注力することを決定している。また、世界最大の独立系整備工場であるBoschは、環境配慮のために製品ポートフォリオの見直しに取り組んでいる。

(3) 自社の取り組みを新規事業としてサービス化

一部の企業では自社のカーボンニュートラル対応ノウハウを基に、新規事業として環境事業を打ち出す動きもみられる。デンソーは、自社のカーボンニュートラル手段のひとつとして、自社が排出したCO2の回収・再利用技術開発に取り組んでおり、すでに自社工場に実証試験設備を設置している。さらにこの技術を自社での利用に限定せず、他社に販売することで将来的に3000億円という大きな売上高の達成を計画している。アイシンではガスを電気・熱に変える自社商品「エネファーム」の販売によるCO2排出量削減を目指している。また欧州では、Boschが自社内でカーボンニュートラルを達成した知見を生かし、他社のカーボンニュートラルを支援するCO2アドバイザリーサービスを開始している。

(4) 自社工場の見直し

自社工場のカーボンニュートラルについては、欧州企業の動きが非常に早い。Boschではすでに2020年に自社拠点400カ所のカーボンニュートラルを達成済みであり、また、ドイツのContinentalでも2020年に自社の生産拠点で使用する電力を100%再生可能エネルギーで調達している。

一方、日系サプライヤーでは、日立Astemoが2030年、デンソーが2035年の工場でのカーボンニュートラルを宣言する等、国内での取り組みとしては先行している。

工場におけるカーボンニュートラル実現の方法としては、日・欧・米や大手・中堅の間で大きな差はない。主な達成方法として、日常改善や生産技術向上による省エネや自社での再生可能エネルギー発電や、再生可能エネルギーの外部調達等が考えられる。その中で日本企業の取り組みが遅れている要因は、我が国の再エネ市場が未成熟なことが挙げられる。ただし、政府や電力会社の再エネの動きを待つだけでは、欧米のサプライヤーの風下に立つ状況に変わりはなく、自家発電や地域企業との連携等、自社での動き出しも考えていく必要があるだろう。

5. カーボンニュートラルの実現に向けて取り組むべき3ステップ

カーボンニュートラルを実現させる方法について、以下3ステップで進めることが肝要と思われる【図表4】。

【図表4】カーボンニュートラルに向けた対応

図 カーボンニュートラルに向けた対応

(出所)各種資料を基に当社作成

(1) GHG排出量算定

カーボンニュートラルの実現に向けて、まず「GHG排出量算定」が重要となる。SBTやRE100等、各イニシアティブで使用が推奨されているGHGプロトコルがすでにデファクトスタンダードとなっているため、この基準に従い自社がどれだけCO2を含めたGHGを排出しているかを把握する必要がある。ここでは、海外も含めたグループ企業全体での取り組みを把握しつつ、Scope3にあるScope1,2以外の、サプライチェーンの上流・下流の取り組みについても把握していく必要があるが、自社以外の取引先の状況も把握する必要がある等算定難易度が高いため、優先順位を付けた対応をしている企業が多い。算定にあたっては環境省のWebサイト環境省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム (env.go.jp)を参照いただくとよい。

(2) 中長期GHG削減目標設定・宣言

従来は、中長期GHG削減目標設定・宣言について、自社の環境への取り組み例を部分的に明示する企業が多かったが、今後は会社全体として、定性・定量での目標の明示と、その実現に向けた取り組みをアピールしていく必要がある。2022年4月の東証市場の再編に伴い、プライム市場を選択した企業は、TCFD(気候変動関連財務情報開示タスクフォース)が提示する開示項目に基づき、気候変動に対する企業の取り組みや情報の開示を求められている等、さらに踏み込んだ外部への情報開示が求められている。

(3) GHG排出量削減施策検討・実施

【図表5】GHG排出量削減施策例

図 GHG排出量削減施策例

(注1)CCU:二酸化炭素回収貯留、CCS:二酸化炭素回収有効利用
(出所)各種資料を基に当社作成

GHG排出量削減に向けては、排出量の算定データを基にインパクトと取り組みやすさの両面から施策を検討し、実施していくことが求められる。まずは自社の「Ⅱ.エネルギー調達の見直し」が着手しやすく、再エネ購入や自家発電をはじめ、今後は地元企業同士で連携した電力融通等も考えられるであろう。その他、「Ⅲ.作り方の見直し」では、省エネ関連設備導入(熱源設備の電化等)はもとより、設計・製造工程の見直し等も多くの企業が検討を開始している。

一方で、中長期的な視点も視野に「Ⅴ.拠点戦略の見直し」を考えることも重要だ。欧州は2030年から厳しいLCA規制を取り入れる可能性を示唆しており、LCA規制が導入された場合、EVを作るにしても、日本のように火力発電由来の電力で製造された自動車および自動車部品は、LCA評価としては厳しいものとなり、現地で販売できなくなってしまう恐れがある。国内の再生可能エネルギーの普及拡大と低コスト化が進まなければ、自動車の生産を低価格の再生エネルギーでまかなえる海外工場で行わざるを得なくなる。これによって日本の工場の閉鎖による雇用の崩壊につながる可能性も指摘されている。その他アジア等で製造拠点を構えている企業でも、その地域ごとの再生エネルギーの取り組み方針によっては同様のリスクを抱えており、再エネ調達を踏まえた拠点戦略の見直しも重要な視点となってくる【図表5】。

これらは1社単独ですぐに始められることもあれば、政府・自治体、取引先、同じ地域企業との連携が不可欠な場合もあり、柔軟な発想による取り組みが求められる。また、グリーン成長戦略による政府の旗振りによって日々さまざまな企業が同領域でのサービスをローンチしていることもあり、自動車産業内にとどまらない情報収集の強化とトライアル&エラーのフットワークの軽さも求められる。

6. おわりに

当社は総合コンサルティングファームとして、あらゆるテーマの経営課題に接する機会をいただいているが、CASE、新型コロナ、カーボンニュートラルさらには半導体不足といった非常に厳しい経営環境下において、自動車製造業の経営層の方々からご相談いただく経営課題は以下①~⑦に集約される。中でも、本稿のテーマとした③の「カーボンニュートラル対応強化」を課題の最上位として捉えている事業者が多いと実感している。

2020年までは、カーボンニュートラル対応はまだCSRの域を出ない感があり、欧州系完成車メーカーを主要顧客とするサプライヤーや、IR担当で海外投資家との対話が求められる担当者が危機感を持っていた程度であったが、2021年になって日系完成車メーカーの温度感が上がり、それに応じて自動車部品サプライヤーの緊迫度も上がったと認識している。

【図表6】近年の自動車製造業の経営課題

図 近年の自動車製造業の経営課題

(出所)当社作成

自動車産業における系列という概念が崩れ、米国テスラや中国メーカーの台頭、そしてアップルやファーウェイ等大手IT企業の参入等、業界地図が大きく変わりつつある。自動車部品サプライヤーの方々からはいかに販売先を拡大したらよいか、というご相談も多くいただくが、カーボンニュートラル対応を先立って取り組んでいることが武器のひとつになると筆者は考える。無論、カーボンニュートラル対応をしているから高く購入してもらえるということは想定しづらいが、いずれ遠くない将来、カーボンニュートラル対応をしていない企業やサプライチェーンは、商談にすら乗らない時代が到来するだろう。

従来のCASEに加え、世界的なカーボンニュートラルの動き等、自動車産業の変革速度が加速していくばかりで、対応できないと振り落とされるという大変な状況になってきている。本稿がカーボンニュートラル時代に向けた経営改革、意識改革の一助となれば幸いである。

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