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米中技術分断~対中国経営において日系企業が留意すべき課題

2022/02/08
大原 潤、長谷川 賢
  • 米中対立の構図が深まり、サプライチェーンや貿易面で米中経済の切り離し(デカップリング)が進んでいる。中国は新興技術による産業育成の重点分野を設定し、中国国内に該当分野のR&D機能を設ける外資企業に優遇税制を提供するなど、積極的に自国内の技術育成を支援している。
  • 重点分野には、現時点で日本に競争優位性があるものも多いため、日系企業は技術・知財・人材の供給源として企業誘致やヘッドハンティングのターゲットとなりやすい。例えば、今後は半導体の製造設備や素材関連の技術が狙われやすい分野の一つと言えよう。
  • 中国にR&D機能を設ける場合、中国への技術流出は避けられず、また「データ安全法」施行によって中国からの技術持出にも制限がかけられるという前提に立つべきである。中国が国家戦略として新興技術による産業育成を行っているならば、日系企業も対中国経営にあたっては業界全体で一枚岩となり、中国へ持ち込んでも日本の競争優位性を毀損しない技術を峻別し、そのコンセンサスを業界全体で取ることが肝要である。

米中対立がグローバル経済の大きなリスクとなって久しい昨今、米国のバイデン政権では「バイ・アメリカン」、中国の習政権では「バイ・チャイナ」と両者ともに国内産優遇の態度を取っている。これに伴い、従来は効率重視でグローバル最適地生産によりコスト低減がなされてきたが、今後は需要地近接の生産移管など、サプライチェーンの再編が想定される。今回、中国が国家戦略として進めている新興技術による産業育成動向に注目し、日系企業が留意すべき課題について整理したい。

1. 米中技術分断における課題

(1) 米中対立の概況

2021年2月、米バイデン大統領が「中国は最も重大な競争相手」と外交演説で述べ、価値観の異なる二大国の対立は深まっている。巨額の対中貿易赤字の解消のためトランプ政権下で始まった関税賦課の応酬は政権交代を経ても継続され、さらに経済安全保障の名の下に、米中経済の切り離し(デカップリング)のフェーズへ移行している。米国は、中国に対する取引を規制するだけではなく、先端技術の移転・漏洩を阻む動きを加速させ、日本などの米同盟国も巻き込み、サプライチェーンや貿易面でのデカップリングも進めている。

米国の強硬姿勢に対して、中国も同様の報復措置をとる構えだ。その象徴が経済における「双循環」の推進である。一帯一路など、中国に対して友好的な外国との連携も重視しつつ(国際大循環)、国内産業の強化を目指す「国内大循環」を掲げ、先進技術の取り込みやサプライチェーンの内製化に取り組んできている。

(2) 中国における国家戦略としての新興技術による産業育成の動向

中国は現在、2015年の「中国製造2025」で掲げた10の重点分野のうち、次世代情報技術(5G)、先端的鉄道設備、航空・宇宙設備等の自国技術は世界的にも一定のレベルに達している一方で、それ以外の自国技術の育成に必死である。例えば、電子部品産業(半導体に加えて、プリント基板、センサー、磁石、磁性材料、電池材料、製造設備、ソフトウエアなども含む)においては、2021年1月の「基礎電子部品産業発展行動計画」にて、2023年までに産業規模の一層の拡大(参考までに、2021年現在は推定2.1兆元)、重要技術のさらなる発展、さらには国際競争力を持つ企業を育成することが目標として掲げられた。新素材(電池素材、磁性素材など)、工作機械・産業用ロボット、新エネルギー車、バイオ医薬・高性能医療機器、スマート工場・先端技術についても産業育成に力を入れており、中国に該当分野のR&D機能の設置を行った外資企業に優遇税制を与えるなど、積極的に外資企業の誘致を行っている。

【図表1】中国製造2025の重点分野

グラフ 中国製造2025の重点分野

(出所)各種報道をもとに当社作成

(3) 企業誘致において外資企業の直面する課題

中国が積極的に行っている誘致に応じる場合、企業がどのような課題に遭遇するのか見ていきたい。まず、外資企業が中国にR&D機能を構えることは、莫大な市場規模である中国への足掛かりを得ることに加えて、優遇税制を得ることもできる一方、技術流出というリスクを孕むため、慎重に決断すべき事項と言えよう。また、産業スパイは決して特別な存在ではない。ある在中日系企業の社員に、報酬と引き換えに機密情報の流出を依頼する呼びかけがSNS経由でなされた、という事象もある。中国国内における技術情報はいずれ流出するという前提で考えるべきである。

次に、いったん中国に機密情報を持ち出すと、厳重に管理していたとしても、国外へ引き上げられなくなる恐れがある。というのも、2021年9月に施行された重要データ保護に係る「データ安全法」によって、研究開発のデータが中国外に持ち出せなくなるリスクが存在するのだ。中国国内で収集・生成した重要データの中国国外への移転には制限がかけられる。重要データは中国国内において保存されなければならず、国外への提供や国外移転の管理については国家網信部門と国務院関連部門が定めるとされる。留意すべきは、具体的な管理方法については現時点では定まっていないため、事実上、中国政府の意のままに規制をかけられる可能性もある点だ。

さらに、人材の流動性が高く、専門技術を持つ人材の引き抜きも盛んである。中国政府はEVを基幹産業の一つと位置づけ、多額の販売補助金を設けるなどの支援もあり、多くの新興自動車メーカーが事業を急拡大させている。しかし、生産面のノウハウが乏しいために、該当の専門人材が求められている。例えば、ある中国の新興自動車メーカーが厚待遇で人材獲得を進め、2021年7月にはトヨタ自動車の元チーフエンジニアも中国の国有自動車大手に移ったことが分かった。移籍する技術者にとって待遇面と裁量の大きさが魅力となっているようだ。ホンダなど日本の大手が大規模な人員削減に踏み切ることも、引き抜きを許す背景となっていると想定される。

(4) 誘致の先の排除

前述した中国の誘致における課題を認識した上で、中国国内市場から得られる収益を目的に誘致に応じた企業も、長期にわたって安泰でいることは難しい。過去に、日系企業が技術提供と引き換えに中国市場に参入したものの、後に中国の技術力の高さを理由に中国市場から撤退を余儀なくされた苦い経験がある。例をあげると、いわゆる外資排除モードに入った産業分野には、高速鉄道、次世代通信機器、AI/ビッグデータ、量子コンピュータなどがあると言われている。特に高速鉄道は、かつて中国が国を挙げての誘致モードで積極的に外資を誘致したが、中国企業に技術が渡って競争力を持つようになると、逆に外資排除モードに転じた典型例だ。

次に、米中技術分断における日系企業が留意すべき課題に対する方向性について語りたい。

2. 課題に対して取るべき方向性

(1) 中国国内へ持ち込む技術の峻別

まず企業がなすべきことは、中国に持ち込んでも日本もしくは自社の競争優位性を毀損しない技術と、そうではない重要機密技術を仕分けることだ。一般的に、安全保障上重要な技術は外為法で規制されているため持ち込むことはできないが、その対象はあくまで限定的である。規制がない範囲における海外への技術展開はそれぞれの企業の経営判断が問われることになるが、半導体ファウンドリー最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の事例を参考にしたい。

製造機能を中国に設ける以前のTSMCは、中国への技術流出を恐れて誘致活動には慎重な対応を見せていたが、最終的には中国国内の市場獲得を無視することができなくなり、機能設置の決断を行うに至った。しかし、中国国内での製造においては、最先端の技術ではなく、需要はあるが、技術的には一世代以上前のものを選別した。半導体の技術力はいかに回路線幅を微細にできるかが問われる。中国国内で製造するものは、世界で最も不足している半導体の一つである車載向けの28ナノプロセス品であり、台湾でスマートフォン向けなどに生産する最先端の5ナノプロセス品に比べると数世代前の技術である。また、2021年10月、TSMCは2021年度第3四半期決算説明会の中で、日本に半導体工場を建設すると発表した。ここでポイントとなるのが、製造するのは最先端ではない22~28ナノプロセス品であり、TSMCの経営方針が中国のみならず日本にまでも首尾一貫していることである。本事例から学ぶこととして、日系企業も日本国外に製造機能を設置する場合は、いずれ技術流出するという前提の上で検討することが肝要ということだ。

また、可能ならば、競合する日系企業同士が中国国内に持ち込む技術について連携を取っておくことが望ましい。とあるEV関連の素材においてトップシェアを誇っていた日系企業A社が、同じ日系の競合企業群に先んじて中国国内に製造機能を設けた事例を見ておきたい。A社は一時的には先行者利益を得ることができたが、日本から製造装置を持ち込んで製造し、そこから製造技術がリバースエンジニアリングされたと想定されることもあって中国企業が早々に技術を獲得し、その結果、日本の業界全体のプレゼンスが落ちる結果となってしまった。このように、同業他社同士で疑心暗鬼になって、なし崩し的に技術を国外に出していくことは避けたい。よい手本として見習いたいのは、在中国EU商工会議所が中国国内への進出技術について加盟企業間で意見交換を行っていることである。日系企業がグローバル環境で生き残っていくためには、日本国内における競争とグローバルにおける競争を分けて、業界全体としてグローバルに出してもよい技術についてのコンセンサスを図る企業間連携を取ることを訴えたい。

(2) 人材流出に伴う知財流出への対策

ひと昔前に、半導体ファウンドリーのTSMCから中国企業に100人以上の技術者が流出した件があった。前述したように、中国が保有する技術はこれまで半導体バリューチェーンにおいては最終の組立工程だけであったが、今後は前工程も含んだ一気通貫の製造機能を狙っていると思われる。その中でも日本が得意としている製造装置や材料がターゲットとなる可能性がある。また、半導体に限らず、中国が誘致活動を積極的に展開している技術分野についても同様に注意が必要である(具体的な技術分野は、図表1「中国製造2025の重点分野」を参照)。

日系企業の人事部門が取るべきこととしては、まずはリテンション対策である。かねてより日系企業における技術者の待遇は見直されるべきと言われており、短期的には難しくとも、中長期の競争力保持のためにはぜひとも取り組みたい課題である。次に、転職はある程度は避けられないとして、すでに多くの企業が取り入れていると思うが、人事規程で「競業避止義務」を課すことも重要である。ここで注意すべきなのは、義務を要する期間まで設定することだ。期間を規定していない場合、退職直後は隠れ蓑として同業他社以外に転職後、わずかの期間で本命の企業に再転職されるという事案の防ぎようがない。規程において、保有していた技術が陳腐化するまでのある程度の期間を考慮するなどの対策が求められる。

(3) 「データ安全法」のフォローアップの必要性

繰り返しになるが、2021年9月より中国において「データ安全法」が施行された。中国国内で収集・生成した重要データの中国国外への移転には制限がかけられ、業務上の必要性により中国国外に提供する必要がある場合は、国家の定める方法によりセキュリティ評価を行う必要がある。一方で、具体的な管理方法は現時点では定まっていない。中国個人情報保護法の規定(個人情報の国外移転の条件)等を参考に、業界ごとの規制当局がより詳細な枠組みを示すことになっているため、その公表について引き続き注視が必要である。

 

以上、中国における新興技術による産業育成動向から、中国国内では未成熟な技術の取り込みの狙いと、それに対する日系企業の留意点を述べてきた。新興技術による産業育成は中国の国を挙げての戦略となっているため、日本側も、一企業としてだけではなく、業界全体で一致団結した取り組みを行うことが、技術流出防止に向けて肝要である。末筆ながら、今後の対中国経営を考える上で、本特集が日系企業の皆様の一助になることを切に祈らせていただきたい。

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