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日系製造業の「国内回帰・多元化」から読み解くグローバルトレンド

2022/06/10
長谷川 賢

昨今の報道を賑やかす論調として、日系製造業が生産拠点を国内回帰しているというものを目にする。キーワードとなるグローバルトレンドは、サプライチェーンの断絶リスク回避のための経済安全保障、海外人件費の上昇と国内拠点のDX推進により海外生産のコストメリットの相対的低下、世界的な人権・労働への意識の高まりによる人権デューデリジェンス(Due Diligence)などである。本稿では、まずは日系製造業の海外投資の現状を押さえて、日系製造業の国内回帰は進んでいるのか、マクロ的な視点から全体像を整理する。その上で、近年の生産拠点を国内に設ける企業事例を取り上げ、その背景にある要因を分析していく。

1. 日系製造業の設備投資状況から見る、中国市場の重要性

ここ十数年(2007~2021年)における日系製造業の設備投資状況【図表1】を見る。

【図表1】日系製造業の国内、および、海外法人の設備投資額(後方4期移動平均)

図 日系製造業の国内、および、海外法人の設備投資額

(出所)経済産業省「海外現地法人四半期調査」より抜粋

2000年代後半から2010年代前半にかけては、世界経済危機(リーマンショック)の影響を受けて国内外ともに設備投資額は縮小傾向にあった。その後、経済危機から徐々に回復するにあたり、海外における投資額が高まる一方で国内は横ばいとなり、海外シフトの様相となった。2010年代後半に入ると、海外の人件費高騰が課題となり、国内の生産基盤を強化する重要性が再認識され、国内投資の増額、海外投資の減額となった。2020年以降は、世界的なパンデミック(コロナ禍)によって、国内外ともに投資額は縮小するも、2021年足下ではコロナ禍からの立ち上がりが早い海外から投資が回復している。

上記からいえることとして、各種報道で国内回帰の事例のみが取り上げられることが多いため誤解が生じがちだが、足下では必ずしも企業の経済活動における海外の重要性が損なわれているわけではないということである。この上で、さらに中国にフォーカスを当てるべく、日系製造業の海外設備投資額における中国の位置づけ【図表2】に着目したい。

【図表2】日系製造業の海外法人の設備投資額(後方4期移動平均)における中国比率)

グラフ 日系製造業の海外法人の設備投資額

(出所)経済産業省「海外現地法人四半期調査」をもとに三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
※左軸:日系製造業の海外法人の設備投資額、右軸:海外全体における中国への設備投資額比率

コロナ禍以降(2019年以降)も海外全体の設備投資額における中国比率は増えており、中国の重要性は引き続き高い(アメリカに次ぐ世界第2位)ことがうかがわれる。なぜ足下でも日系製造業の海外設備投資における中国比率が伸びているのか? 考えられるいくつかの理由を挙げる。まず、中国の産業集積は非常に厚く、同国を代替できる国がほかに見当たらないことである。在中国欧州商工会議所の会頭は、中国は産業集積、人材、技術、インフラの面で突出した存在であるとし、中国からの生産機能の撤退はメリットよりもデメリットの方が大きいことを強調している。次に、市場としての中国の重要度は変わらないことである。2020年は主要国のGDP成長率が軒並みマイナスに転じる中で、中国は+2.3%の成長を遂げ、規模と成長性の両面で欠かせない市場である。

また、ここからは筆者による今後の見通しも含まれるが、中国の国家を挙げたカーボンニュートラル推進を受けて、関連市場の拡大を期待した企業による投資も局所的に生じると考えられる。中国政府はこれまでも「戦略性新興産業の育成発展の加速に関する国務院の決定(2010年)」によって、EV(電気自動車)と太陽光パネル等を重点産業に指定し、融資・税優遇などを通じて産業の成長を支援してきた経緯がある。その方針はいまも変わっておらず、カーボンニュートラルに関連した重点産業の市場成長を見越して、そのサプライチェーン川上への参入・残留をなそうとしている日系製造業が存在すると見ている。

以上により、マクロ的な見地では、中国市場の重要性は毀損していないという理解である。報道がいうような日系製造業の生産拠点の国内回帰はあくまで一部の例であり、実態としては海外と並行して日本の生産機能も強化するという、生産拠点の多元化現象が起きていると推察する。

2. 企業事例から見る、生産拠点の国内回帰・多元化の傾向

日系製造業の国内回帰・多元化の事例のうち顕著なものを【図表3】にて挙げる。

【図表3】近年における日系製造業の生産拠点の国内回帰・多元化の事例

表 近年における日系製造業の生産拠点の国内回帰・多元化の事例

(出所)各種報道より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成

事例を想定要因別に分解すると、3つの傾向が見られる。

(1) 製造業DXの推進等による国内外のコスト競争力の接近

2010年代において、日本と海外の人件費差異が縮小する一方で、製造業DX(スマートファクトリー等)の推進と、地産地消によるサプライチェーン全体の物流費改善により、国内のコスト競争力は相対的に上昇している。例えば、半導体大手のロームは、従来はマニュアルでしか行えなかったため人件費が安い海外で行っていた組立工程だが、DXで自動化することにより日本で組立を行っても採算が取れると言及している。液晶パネル大手のジャパンディスプレイ(JDI)も、海外と国内の労働コストの差はそこまで大きくなく、前工程と後工程が同じエリアになれば部材の運送コストも下がるとの見立てである。

また、日本政府は、スマートファクトリーを推進するための支援策として「コネクテッド・インダストリーズ*(2017年)」を打ち出している。これに伴い、「コネクテッド・インダストリーズ税制(IoT税制)」を創設し、データ連携・利活用により、生産性を向上させる取組みに必要となるシステム・センサー・ロボット等の導入を財政支援しているのも背景にある。

(2) 米中貿易摩擦やコロナ禍に起因する経済安全保障

2010年代末では、経済安全保障の意味合いが強くなり、電子および医薬品の国内回帰・多元化の事例が目立つ。例えば、医薬品の原料は中国の生産シェアが高く、以前から供給リスクが指摘されていた。後発医薬品の原材料の調達先は約6割が海外で、その中でも中国の割合が最も大きい(国内外含めた全体の約1~2割)。また、各国が保護主義政策を強めているのもリスクに拍車をかけており、2021年版通商白書では、50強の国が医薬品・医療品を輸出制限している。実際に、中国当局が環境規制を理由に現地メーカーに抗菌剤原料を生産停止するよう命令したケース(2019年)では、調達難によって抗菌剤大手の日医工が供給停止に追い込まれ、医療現場に影響が出た。このような現状を鑑み、塩野義製薬やMeiji Seika ファルマなど、生産拠点の国内回帰・多元化の動きを見せている。

また、直近で日本政府が補助事業を発していることも追い風となっている。コロナ禍によって衛生用品を含めた日本のサプライチェーンの脆弱性が顕在化したことを踏まえ、政府は複数年にわたる取組みにより、国内回帰や多元化を通じた強固なサプライチェーンの構築を支援するとしている。具体的には、経済産業省の「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金(2020年以降、第1~3次)」が挙げられ、一国への依存度が高い製品・部素材について、日本国内の生産拠点強化を補助する内容となっている。

(3) 企業活動における人権デューデリジェンス

2011年6月に国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」が定められたことを受け、企業活動において人権デューデリジェンスが推進されている。多くの企業は取引先の変更やガバナンス強化によって現地に留まる様相を見せているが、実際に人権・労働への尊重を一因に国内回帰した例もある。アパレル大手のワールド(WORLD)は、コロナ禍によるロックダウンから調達不安定になるリスクや、人権侵害に絡む取引先からの原料輸入の問題を解決するため、自社工場をフル活用してサプライチェーン戦略を見直すと言及している。コロナ禍でロックダウンを実施したベトナムなどからの輸入品のうち、2割強で納期遅れが生じた経緯もあり、百貨店や駅ビル内の商業施設で販売するブランドを中心に、国内の自社工場に生産を移管するとの考えだ。

以上、昨今の日系製造業の生産拠点の国内回帰・多元化の企業事例から、その背景にあるグローバルトレンドを読み解いた。巷でよくいわれる国内回帰は、実はマクロ的な見地では大きな現象としては見られないが、足下では複数の企業事例が現れていることもまぎれもない事実である。今後、特に中国においては、本稿で述べた3要因が経営課題として企業に突き付けられるものと想定される。

*  コネクテッド・インダストリーズ(Connected Industries)とは、2017年3月に開催されたドイツ情報通信見本市において、当時の安倍首相と世耕経済産業大臣などが出席し、「人・モノ・技術・組織などがつながることによる新たな価値創出が、日本の産業の目指すべき姿(コンセプト)である」と提唱した概念である。

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