現在、多くの企業において、“知的財産”に対する考え方が見直されてきていることをご存じでしょうか？昨今、産業における価値創造のあり方が、「いかに有形のよいモノをつくるか」から「意味や意義がある無形の価値提案」へと大きくシフトしてきています。これまでの工業的なビジネスが主体の時代と比べて、知的財産の創造と活用の重要度が増しています。当社のフェローである渡部博光は、20年以上にわたって知的財産に関わる研究やプロジェクトに携わってきました。渡部の経歴に触れながら、専門領域にかける想いを紹介します。

「知的財産」のスペシャリストとして10年かけてスタート地点に

Q.「知的財産」という分野に興味を持ち始めたきっかけを教えてください。

興味を持ち始めたのは、大学院の頃です。当時、修士課程において、分子遺伝学の研究をしていました。そのまま研究の道に進むことも考えたのですが、それよりも科学によって生み出された研究成果や技術が、事業や産業につながっていくプロセスに興味がありました。その興味に対して、理系のバックグラウンドを生かしながら活躍できる手段として見つけたのが、知的財産でした。

知的財産とは、人間の知的活動によって生み出されたアイデアなどに関して、財産的価値がある情報を言います。特許権や著作権などはよく耳にする方も多いかもしれません。企業だけでなく、大学や公的機関など多くの組織が、固有の知的財産を持っています。この知的財産を切り口に、イノベーションのプロセスを研究したいと考えました。

Q.入社してからはどのような経歴をたどってきたのでしょうか？

1991年に入社し、最初は金融機関向けのコンサルティングを担当しました。イノベーションに必要な経済や金融、事業、経営、政策などの知見・ノウハウを学びながら、知的財産に関するスペシャリストである “弁理士”の資格取得のための予備校に通っていました。当時の弁理士試験の合格率は2％で、1日4時間勉強して5〜6年かかる試験と言われていました。働きながら勉強していたので、入社から10年で資格を取得する計画を立てて臨みました。そして、2000年に弁理士試験に合格することができ、知的財産のスペシャリストとしての活動がスタートできるようになりました。

Q.10年も勉強されるほど、知的財産という領域に魅力があったのですね。

そうですね。この領域について世の中の関心が高まったのは2000年代初頭のことですから、その約10年前から知的財産に関心を持っていたことを伝えると多くの方に驚かれます。政府によって、知的財産の創出や保護・活用を行う国家戦略「知的財産立国宣言」が発表されて、「やっと思っていた世界がやってきた」とうれしくなったのを覚えています。そして当時、別の仕事でお世話になっていた教授から「一緒に知的財産の研究をしませんか」とお声がけいただき、この領域に本格的に携わり始めました。2001年から大学に異動し、助教授として知的財産とイノベーションについて研究を開始。2004年に大学と兼務する形で当社に戻り、2006年から当社に本格復帰し、それから知的財産をテーマにさまざまな活動に従事してきました。

政策研究事業本部　フェロー（知的財産）　渡部

挑戦を後押しする風土がイノベーションを支えていく

Q.これまでどのような活動をされてきたのでしょうか？

一言では表しきれないのですが、大学での研究時代から継続して、主に3つのユーザーに向けた取り組みを進めてきました。1つ目は、大企業に向けた取り組みです。文献研究や大企業の知的財産部門の役員や部長へのインタビュー内容をもとに、企業の知的財産戦略についての概念を整理して学会などで発表しています。
2つ目は、大学なども含めた公的な機関に向けた取り組みです。大学の助教授時代には、産学連携・知財本部をつくる学内のワーキンググループの座長を担当。組織のあり方を検討するために、全国の有力大学で当該業務をやっている責任者に話を聞いて回りながら、組織を作り上げた経験もあります。
そして3つ目が、中小企業やベンチャー企業に対する取り組みです。2000年代初頭に中小企業の知的財産戦略に関するシンポジウムを開き、その重要性を認識してもらうための取り組みを進めました。

Q.組織にとっての知的財産が重要視される理由を教えてください。

理由の1つは、無形な財産が、世の中への価値を発揮するための源になってきており、その創造と活用を確実なものにすることが求められているためです。多くの組織が、特許や商標、ノウハウ、技術など、さまざまな無形な財産を有しています。それらの無形な財産の創造には、組織固有の能力が反映されており、これを事業にしっかり活用していくことで、他社にはできない強みを作り上げて、独自の価値を発揮することで競争に勝っていく必要があります。近年は、有形財産よりも無形な財産が、産業や事業を引っ張っていく動きが強まっています。中小企業やベンチャー企業でも無形な財産を活用して、大きな成長を遂げている事例が数多くみられます。

また、モノの性能や効率性という一元的価値から、モノには捉われない、それぞれの人にとってのよいコトといった、多元的な価値や意味が求められる今日では、アイデアの専有が難しく、一方で研究開発からビジネスの組み立てや展開が１社では済まない複雑な状況になっています。研究開発からビジネスの組み立て、展開まで、知財マネジメントの能力はこれまで以上に重要度が増しています。自社だけでなく、他社が持つ知的財産を含めて、探索、管理、活用できる能力を保有していることは、多様なイノベーションを推進していく上で、重要なファクターになっています。技術やアイデアを専有するだけではなく、他社と協働しながらビジネスを展開していくために知的財産を使いこなす能力が求められているのです。

Q.知的財産の分野に取り組んでいく上で、当社にはどのような強みがあるのでしょうか？

知的財産の領域では、フロンティアなアイデアや他者との違いを求めるマインドが必須です。その点、当社の風土は大きな強みでしょう。当社では企業理念として、「Humanismに立脚し、RomanticismとRealismの両立を目指す。」と掲げています。この理念には、社員一人一人が熱意をもって自分のやりたいことを実現し、そのやりたいことを信頼関係に基づいてお互いに尊重し合うことで、組織として社会に対して責任を果たすことを目指す旨のメッセージが込められています。一般的な企業であれば、10年近くかけて資格を取ることなんて、まず反対されるのではないでしょうか。しかし当社は、社員が熱量を持って挑戦できることに対して後押ししてくれます。現在、研究員の興味、関心を起点として、10年後に向けた取り組みを本部の施策としてスタートしたところです。これまでの社内での成果事例を鑑みても、将来的な政策課題について、かなり早いタイミングで着想し、研究を始めていた事例がとても多いです。シンクタンクとして、まさに未来に向けた社会課題を意識することが重要という認識です。
そして、それぞれの研究領域の知見・ノウハウが組み合わされば、従来の発想を超えたイノベーションを起こせます。政策課題に対する、知識の創造から社会への実装まで、社内外の知識を融合させたイノベーションのプロセスを知的財産的な観点からもしっかり研究、実践して世の中に貢献していきます。

渡部博光（わたなべひろみつ）
フェロー（知的財産）
政策研究事業本部
東京本部長　主席研究員
profile早稲田大学大学院理工学研究科修士課程を修了した後、1991年に入社。知的財産や科学技術政策、産業政策などを専門に調査研究・政策提言に従事している。弁理士の資格を有し、2001～2005年には中央大学研究開発機構助教授を務める。現在は、フェローとして調査研究・施策実行支援・各種委員就任など社外活動、本部長として同社シンクタンク部門の東京本部統括を担当。

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※所属・肩書は記事公開時点のものです

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