脱炭素型のまちづくりと市民の行動変容

2023/03/14 雨宮 萌々子
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2050年のカーボンニュートラル達成に向け、官民連携での脱炭素型のまちづくりの推進が広がっています。その過程では、市民に脱炭素型の製品・サービス選択や効率的なエネルギー使用を促す、需要側の行動変容が重要です。本コラムでは、先進的な脱炭素型のまちづくりを推進する地域における「市民の行動変容」を促す取り組みを概観し、行動変容を促すためのポイントと、これらの取り組みが地域経営において果たし得る役割を解説します。

脱炭素社会の実現に向け、重要度が増す「市民の行動変容」

脱炭素型のまちづくりが全国で広がるなか、「市民の行動変容」を促す取り組みに注目が集まっています。行動変容とは、取り巻く環境の変化に対応し、“自発的に”行動を変化させることを指します。日本における脱炭素社会の実現には、現在消費ベースで約6割を占めると言われる家計からのCO2排出削減が欠かせません[]。つまり、エネルギーの使用や商品選択など一人ひとりのライフスタイルの転換が必須と言えます。またデジタル化の進展により、家庭でのエネルギー使用状況や行動履歴の把握が可能となり、行動変容を促しやすい環境が整ってきていることも追い風になっています。

行動変容を促す取り組みの現在地と課題

一部の地域ではすでに、環境に配慮した市民の行動変容を促すさまざまな取り組みが実施されています。よく見られるのは、促したい行動にインセンティブを付与する方法です。地域通貨やクーポンなど換金性ある報酬の他、行動の継続をゲームに見立て楽しさや達成感に訴求する取り組みも存在します。また最近は「ナッジ」等を活用した情報発信で、望ましい行動へ導く手法も見られます。環境省でも令和4年度より「脱炭素型ライフスタイル転換促進事業」が開始され、行動科学の知見を活かした取り組みの普及が期待されています。

一方で、ポイントやナッジなど“仕掛け”さえ取り入れれば行動変容が促せるとは限りません。たとえば、ある自治体では、環境意識が低い市民に対し、環境配慮行動を促すポイント付与制度を開始しました。ところが、ポイントを獲得した市民の実態を調査すると「家電を買い換えたら偶然ポイントが貰えた」「日頃から節電を意識しているので参加した」という声が大半を占めることが判明しました。つまり、当初目指していた「環境意識が低い市民の行動変容」の効果は得られなかったのです[]。

行動変容実現のカギと新たな地域経営モデルとしての期待

上述の例から、行動変容を促す取り組みを進める際に意識すべきポイントが2つ見えてきます。第1に、“市民目線”での施策検討の必要性です。ポイントやナッジなど複数の手段から最適な“仕掛け”を選ぶには、変えたい行動のプロセスを分解し、何が行動変容の阻害要因なのか、市民目線で明確化する必要があります。第2に、データに基づく効果検証の重要性です。いかに市民目線に添う施策でも、最終的に個人がどう行動を変えるかは、その時々の状況や促す行動の心理的・経済的負担も影響します。施策実施後の効果分析と見直しこそが、行動変容を実現するカギと考えます。

【図表1】省エネ行動を例とした市民目線での行動変容施
省エネ行動を例とした市民目線での行動変容施
(出所)当社作成

ここで重要な「市民目線での施策検討」「行動データの効果検証」の意義は、行動変容の効果の最大化にとどまりません。 施策検討時の丁寧な課題分析は、過去の事例や経験に頼らず、客観的な事実に基づき施策立案を行う”EBPM”の推進につながります[]。またその過程では、最適な“仕掛け”選択の助言を行う大学や、行動データを保有・分析する企業との協働が効果的です。行政主導では事業単位に閉じがちになっている視野が広がり、市民を“1ユーザー”と捉えた施策設計や、商品・サービス提供から得るデータを用いた高度な効果検証が可能になると考えます。つまり「市民の行動変容」を促す取り組みには、EBPMを実践し、企業・市民とともにまちづくりを推進する、新たな地域経営モデルの促進剤としての役割が期待できます。

終わりに

脱炭素型のまちづくりの推進は、施策の本来の目的達成にとどまらず、地域課題の解決手段として「市民の行動変容」の活用促進にもつながる契機と言えます。行動変容を促す自治体・企業にとっては、市民目線の追求と効果検証・見直しの徹底が、効果の最大化と新たな地域経営モデルの実践につながると考えます。

【関連レポート・コラム】
政策活用が進む「ナッジ」:省エネへの活用事例


[] (出所)環境省「令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書」P.17
[] 田中信一朗(2018)「信州はエネルギーシフトする―環境先進国・ドイツをめざす長野県」築地書館
[] (参考)EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)。政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること。
(2022年6月「内閣府におけるEBPMへの取組」)

執筆者

  • 雨宮 萌々子

    コンサルティング事業本部

    社会共創ビジネスユニット イノベーション&インキュベーション部

    アソシエイト

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