人事の現場で活きる法令実務Tips―裁量労働制の効果的活用(1) ~概要・趣旨と法改正動向の解説~

2023/10/26 羽淵 崇之
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労働者の創造的な能力の発揮を促し、成果を重視した処遇の実現を趣旨とする裁量労働制は、これからの時代に即した制度として活用が期待されます。一方で、その趣旨を実現するためには、法令への準拠は前提としつつも、対象者の健康確保や適切な処遇の設定など、裁量労働制の諸課題に丁寧に向き合う制度設計・運用が肝要です。
そこで、今回のコラムシリーズ「人事の現場で活きる法令実務Tips」では、計2回にわたり裁量労働制について取り上げます。
初回となる本稿では、裁量労働制の現状を正しく把握するため、その概要・趣旨と法改正動向を解説し、次回は、裁量労働制の効果的活用に向けた制度設計・運用のポイントを解説します。

裁量労働制の概要・趣旨

まずは、裁量労働制の概要を確認してみましょう。

裁量労働制は、労働基準法第38条を根拠として[ 1 ]、実際の労働時間数にかかわらず、「労使で定めたみなし労働時間(以下、「みなし労働時間」)」を働いたとみなす制度です。対象業務や導入要件が異なる「専門型」と「企画型」で構成されます。

「専門型」は、研究開発や情報処理システムの分析・設計など、「厚生労働省令で定める専門的な業務(現状は19業務だが、令和6年4月より20業務に拡大)」を対象とし、労使協定の締結・届出を導入要件とします。一方、「企画型」は、事業戦略の策定や人事制度の策定など、「事業の運営に関する事項の企画、立案、調査及び分析の業務」を対象とし、労使委員会による決議・届出を導入要件としています。

なお、裁量労働制を採用する企業の割合は、専門型は2.2%、企画型は0.6%にとどまっており[ 2 ]、上記の通り、対象業務が限定されていることが限定的な導入にとどまっている一因と推察されます。

続いて、裁量労働制の趣旨について、同制度のあり方に関する議論や学説を踏まえて整理すると、次の2点に集約できます[ 3 ]。

  1. 労働者が自律的・主体的に働くことで、自らの知識・ 技術を活かした創造的な能力の発揮を実現する
  2. 労働の「量」ではなく、労働によって創出される「成果」を重視した処遇を可能とする

これらは、昨今の人材マネジメントで必要とされる要素とも合致しています。1点目のキーワードである「創造性」の観点でいえば、経済産業省のレポ―ト[ 4 ]によると、不確実性の高いVUCA[ 5 ]といわれる現代のビジネス環境に企業が適応していくためには、「個と組織の創造性」を高める重要性が指摘されています。また、政府の成長戦略実行計画[ 6 ]で掲げている「付加価値の高い新製品や新サービスによる日本企業の生産性向上」を実現するうえで、「創造的な能力の発揮」を促すことは、企業に求められる重要課題といえるでしょう。

2点目の「成果」の観点では、基本給の決定要素に「業績・成果」を含める会社は、管理職層では43.4%、非管理職層では42.0%に上り[ 7 ]、現状、多くの会社が「成果」と連動した報酬制度を導入しています。また、処遇決定において成果を重視するケースが多い“役割・職務給”を導入する企業は、右肩上がりに増え続けています[ 8 ]。

このように、裁量労働制をその趣旨(労働者の創造的な能力の発揮を促し、成果を重視した処遇を実現する)にあわせて活用することは、求められる人材マネジメントに適した、有力な施策として期待できるのではないでしょうか。

裁量労働制の法改正経緯

裁量労働制への理解を深めるに当たり、これまでの法改正の経緯を概説していきます【図表1】。

「専門型」は昭和62年、「企画型」は平成10年に創設されたのち、産業構造や働き方の変化などを背景としながら、各制度の対象範囲を明確化・拡大化する方向で改正が重ねられてきました。

直近の改正動向を見ると、平成30年には、働き方改革関連法[ 9 ]とあわせて、企画業務型裁量労働制の適用拡大が予定されていましたが、いわゆる「データ問題」[ 10 ]が発覚したことにより改正は見送られました。この件は報道でも大きく取り上げられたため、記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。

その後、専門家による制度の適用・運用実態を調査した結果[ 11 ]が令和3年6月に公表され、「これからの労働時間制度に関する検討会(以下、検討会)」[ 12 ]において、調査結果を踏まえた裁量労働制のあり方が検討されました。そして、検討会の報告書を受け、労働政策審議会労働条件分科会が法改正に向けた議論・建議を進め、本年(令和5年)の改正に至っています。

【図表1】裁量労働制をめぐる法改正の経緯(概要)[ 13
裁量労働制をめぐる法改正の経緯(概要)
(出所)「これからの労働時間制度に関する検討会 第9回資料 資料2(労働時間制度見直しの経緯)」[ 14 ]を基に当社作成

裁量労働制の課題と直近の法改正内容

本稿の最後に、来年(令和6年)4月より施行される令和5年の法改正について解説していきます。

まずは、改正の背景を理解するため、裁量労働制に関する課題を確認してみましょう。前述の検討会の報告書を見ると、「1.対象業務」「2.労働者が理解・納得した上での制度の適用と裁量の確保」「3.労働者の健康と処遇の確保」「4.労使コミュニケーションの促進などを通じた適正な制度運用の確保」という4つの観点から、裁量労働制に関する具体的な対応の方向性が提示されており、制度の課題を多面的・網羅的に把握できます【図表2】。

【図表2】裁量労働制に関する具体的な対応の方向性(裁量労働制に関する課題)
裁量労働制に関する具体的な対応の方向性(裁量労働制に関する課題)
(出所)「これからの労働時間制度に関する検討会 報告書」を基に当社作成

そして、令和5年の法改正の内容を見ると、図表3の通り、6つの項目(ポイント)に大別できますが、各項目は、図表2で示した課題に対応していることが分かります【図表3】。

法改正のうち、「専門型」において特に実務に与える影響が大きいのは、その適用に当たり、本人同意の取得が必要となる点でしょう。関連する通達[ 15 ]によると、「同意は、対象労働者ごとに、かつ、労使協定の有効期間ごとに得る必要」が言及されています。

「企画型」においては、対象者に適用される賃金・評価制度について、その内容に変更があった場合も含めて労使委員会に説明が必要となる点は、実務への影響が大きいといえます。労使委員会や適用対象者から納得が得られるように人事制度を整備することが、今後は一層重要になるでしょう。

【図表3】裁量労働制に関する令和5年法改正のポイント[ 16 ][ 17
裁量労働制に関する令和5年法改正のポイント
(出所)「厚生労働省のリーフレット」[ 18 ]を基に当社作成

以上の通り、今回は裁量労働制の概要・趣旨、課題を含めた法改正の動向を解説しました。次回は、上述の内容を踏まえ、裁量労働制の効果的な活用に向けた、制度設計や運用面におけるポイントを紹介します。


1 ] 「専門型」は労働基準法第38条の3、「企画型」は労働基準法第38条の4に規定
2 ] 「令和4年就労条件総合調査」厚生労働省(最終確認日:2023/09/25)
3 ] 以下を参照

・「これからの労働時間制度に関する検討会 報告書(2022年7月15日)」厚生労働省(最終確認日:2023/09/25)
・菅野 和夫著『労働法 第12版』544頁(弘文堂 2019年)

4 「産業経済研究委託事業(創造的組織の開発及び創造性人材のキャリア形成に関する調査研究)」ガイダンス「個と個をつなぎ、創造性を解放する 進化し続ける組織へ(2021年度)」経済産業省(最終確認日:2023/09/25)
5 ] Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字
6 ] 「成長戦略実行計画(2021年6月18日)」内閣官房 成長戦略会議事務局(最終確認日:2023/09/25)
7 ] 「令和4年就労条件総合調査」厚生労働省(最終確認日:2023/09/25)
8 ] 「公益財団法人 日本生産性本部 第16回 日本的雇用・人事の変容に関する調査結果(2019年5月16日)」公益財団法人日本生産性本部(最終確認日:2023/09/25)
9 ] 「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」厚生労働省(最終確認日:2023/09/25)
10 ] 平成25年度労働時間など総合実態調査の公的統計としての有意性・信頼性に関わる問題
11 ] 「裁量労働制実態調査」厚生労働省(最終確認日:2023/09/25)
12 ] 「これからの労働時間制度に関する検討会」厚生労働省(最終確認日:2023/09/25)
13 ] 表中の※の表現について、正式には以下の通り

※1課題解決型提案営業:法人顧客の事業の運営に関する事項についての企画立案調査分析と一体的に行う商品やサービス内容に係る課題解決型提案営業の業務
※2裁量的にPDCAを回す業務:事業の運営に関する事項の実施の管理と、その実施状況の検証結果に基づく事業の運営に関する事項の企画立案調査分析を一体的に行う業務
※3 M&Aアドバイザーの業務:銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務

14 ] 「これからの労働時間制度に関する検討会 第9回資料 資料2(労働時間制度見直しの経緯)」厚生労働省(最終確認日:2023/09/25)
15 ] 「基発0802第7号(裁量労働制などの施行について)」厚生労働省(最終確認日:2023/09/25)
16 ] 主要なポイントのみ掲載しているため、法改正の詳細は以下を参照(最終確認日:2023/09/25)

「労働基準法施行規則及び労働時間などの設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令」(令和5年厚生労働省令第39号)
・「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針及び労働基準法施行規則第24条の2の2第2項第6号の規定に基づき厚生労働大臣の指定する業務の一部を改正する告示」(令和5年厚生労働省告示第115号)

17 ] 図表内の「※」の箇所について、「企画型」は同意に関する記録保存はすでに義務付けされている
18 ] 「簡易版『裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です』」厚生労働省(最終確認日:2023/09/25)

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