本連載は、事業承継の進め方を踏まえた適切なガバナンス構築について3回にわたって解説しています。第１回では、事業承継の考え方について紹介しました。第2回の本稿では、事業承継におけるガバナンスの位置付けを把握するため、主に経営承継の観点から事業承継の全体像を俯瞰した上で、そのポイントや課題について紹介します。

事業承継の全体像

事業承継を円滑に行う際には、第1回で紹介した「オーナー（所有）の視点」「ファミリー（創業家）の視点」「ビジネス（経営）の視点）」の3つの視点から、包括的かつ計画的に検討することが不可欠です。事業承継をする際に、現経営者と後継者では経営に対する価値観や思いが異なることも多く、そうした差異を踏まえた上で相互理解を深めながら推進する必要があります。

上述した視点を踏まえた事業承継は、大きく以下の7ステップに整理できます。

（1）承継計画の策定：事業承継には多くの利害関係者が存在します。計画性を欠いた承継は後々の経営課題を引き起こす可能性があります。「承継後、一定年数がたってから生じた事業継続上の課題が、実は承継時の混乱に起因するものだった」というケースは少なくありません。不測の事態にも備えられるよう、5年、10年といった中長期的な視野で事業承継とその後の経営を考え、着実に進められる計画を策定することが重要です。
（2）後継者選定・育成：第1回で触れたように、事業承継における最初の大きなハードルです。親族内承継か、それとも親族外承継か、経営者としての資質や能力を誰が最も備えているか、また、選定の基準やタイミング、育成方法など、多角的な検討が求められます。
（3）株式の異動・集約など：承継後の理想的な株主構成や資本政策を明確にした上で、コストを抑えつつ最適な承継方法を、専門家と共に検討する必要があります。
（4）事業計画の再構築：国内の人口減少や、市場環境の変化が絶えない現代において、単に先代の事業を引き継ぐだけでは、そう遠くないうちに限界に直面します。先代の築き上げた基盤を生かしつつ、既存事業の強化や新規事業の展開を検討することが欠かせません。
（5）組織づくり：現経営者と後継者では、経営スタイルや判断基準の違いが少なからず存在します。オーナー企業にありがちな「現経営者が企業の全てに関与し判断している」スタイルが、後継者へ必ず引き継がれるべきものとは限りません。後継者の経営スタイルや判断基準に基づく新たな組織運営の推進のためにも、社内外の関係者への配慮を忘れず、時間をかけて段階的に組織を再構築していくことが重要です。
（6）人づくり：後継者は、ノウハウや知識の面では現経営者と比べると圧倒的に不足する場合もあります。後継者に過剰な負担を背負わせるのは避けるべきであり、経営陣の権限と責任のバランスを再調整し、後継者との相性やそれぞれの能力を考慮しながら、経営者視点を有する次世代の経営幹部を選定・育成する必要があります。
（7）風土づくり：経営者が組織風土に与える影響は少なくありません。事業承継で経営者が交代することによって、企業がそれまで大事にしてきた考え方や価値観、いわば“DNA”が失われてしまうおそれがあります。企業の良き“DNA”を尊重しつつ、新たな環境変化に適応できる組織風土を醸成するために、「あるべき風土」の共有と、浸透・体現を促すことが重要です。

現経営者と後継者の考え方の違いは、先に挙げた（4）事業計画の再構築、（5）組織づくり、（6）人づくりといった経営スタイルに現れます。そのため、現経営者と後継者とのコミュニケーションの機会を増やし相互理解を図ることは、関係者の不安を最小限に抑えながら継承するために必要なプロセスと位置付けるべきでしょう。

そのコミュニケーションの前提になるステップこそが、（1）承継計画の策定です。現経営者から後継者に引き継ぐ時期や後継者が経営者になる前に担うべき役割（役職）等のプロセスなどを設定し、承継に向けて対応すべき事項を網羅的に整理していきます。策定のポイントは後述しますが、後継者との間で承継のコミュニケーションを図る際にも活用できるよう、以降のステップである（4）事業計画の再構築、（5）組織づくり、（6）人づくりといった観点や、現経営者の考えを踏まえた計画を目指すと良いでしょう。

【図表1】事業承継の全体像

（出所）当社作成

承継計画づくり

長期にわたる影響を踏まえて事業承継を着実に進めるためには、承継計画の作成が不可欠です。承継計画の策定にあたって押さえるべき5つのポイントを見ていきましょう。

（1）オーナー（所有）・ファミリー（創業家）・ビジネス（経営）の3つの視点による検討：経営に関わる一族の意向をすり合わせ、全体の方向性を一致させるためには、複雑に絡み合う3つの視点を丁寧に紐解き、相互の関係性を理解しながら包括的に課題を検討する必要があります。
（2）関係者との密なコミュニケーションと合意形成：親族や社内の関係者に不安や不信感を抱かせないよう、丁寧に説明を重ねながら信頼関係を築き、協力と合意を着実に得ていくことが重要です。
（3）早めの計画・ゆとりを持った実行：特に「組織づくり」や「人づくり」といった領域には長い時間が必要となるため、承継を行うタイミングの5～10年前から検討を始め、段階的に実行していくのが良いでしょう。
（4）最悪の事態への備え：現経営者と後継者の方針の不一致による経営の混乱や、トップの急逝による事業の停滞など、万が一のケースを想定し、事前にリスクの洗い出しや対策を検討しておくことが必要です。
（5）世代を超えて継承する「枠組み」の意識：企業が大切にしてきた価値や強みを失うことなく事業承継をスムーズに実現するためには、価値や強みを企業の「核」として明確にし、その枠組みを利害関係者と共有することが重要です。

【図表2】承継計画のイメージ

（出所）当社作成

図表2はあくまで承継計画の概要図に過ぎません。実際には、ビジネスの観点に関わる（4）（事業）計画づくり、（5）組織づくり、（6）人づくりについて、より詳細かつ具体的な検討が必要となります。これらの領域は先に述べたように経営に対する価値観や思いにおいて、現経営者と後継者の違いが顕著に表れやすい部分です。そのため、承継計画は単なる計画書としてだけではなく、コミュニケーションツールとしても活用し、会話の場を重ねながら内容をブラッシュアップしていくことが大切です。

事業承継におけるガバナンスは、図表１「事業承継の全体像」で示した7つのステップのうち、承継体制の整備に含まれる（5）組織づくり、（6）人づくりで構築していくことになります。第3回ではこの点について紹介します。

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