近年、投資家をはじめとしたステークホルダーの要請を受け、企業におけるサステナビリティ情報の開示がますます重要になっています。とりわけ中核となるのが気候関連開示であり、企業は気候変動関連のリスクや機会、温室効果ガス排出量などの情報を開示する必要があります。

本稿では、サステナビリティ基準委員会（以下、SSBJ）により公表された「サステナビリティ開示テーマ別基準第2号気候関連開示基準（以下、気候関連開示基準）」および、企業サステナビリティ報告指令（以下、CSRD）に基づく欧州サステナビリティ報告基準（以下、ESRS）の「ESRS 2（全般的開示事項）」（以下、ESRS 2）、「ESRS E1（気候変動）」（以下、ESRS E1）の概要を踏まえ、企業として適切に対応するためのステップを解説します。

（本稿は2025年5月16日時点での情報に基づきます。今後、基準や法令が変更される可能性がある点に留意ください）

SSBJ「気候関連開示基準」の概要

気候関連開示基準の目的は、企業が気候関連のリスクおよび機会に関する情報を開示する際の基準を定め、ステークホルダーが意思決定を行う際の有用な情報提供につなげる点にあります。具体的には、気候関連財務情報開示タスクフォース（以下、TCFD）のフレームワークに従い、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4つのコア・コンテンツを開示することが求められています。一方で、気候関連開示基準では、TCFDと比べて詳細な開示項目が規定されています。例えば「指標と目標」の項目では、産業横断的指標などの開示が求められ、温室効果ガス排出量や気候関連の移行リスク、物理リスク、機会、資本投下、内部炭素価格、報酬の7つの指標が挙げられています。TCFDでは、「組織は自らの戦略とリスクマネジメントに則って開示すべき指標を選択する」とされており、これらの産業横断的指標の開示は推奨項目としての列挙にとどまっていましたが、SSBJでは必須項目として位置付けられています。

また、特定の産業については、国際サステナビリティ基準審議会（以下、ISSB）が公表する「IFRS S2号の適用に関するガイダンス」（以下、「産業別ガイダンス」）［¹］を参照し、産業別の指標・目標の開示可能性や適用可能性を考慮しなければならない、とされています。産業別ガイダンスは、「戦略」コンテンツにおける気候関連のリスク・機会を特定する際にも参照するよう求められていますが、最終的に産業別ガイダンスに基づく指標を開示するかは各企業の判断になります。ただし、産業特性を考慮したリスク・機会の特定は、企業同士の比較可能性の向上につながり、投資家をはじめとするステークホルダーにとって価値ある情報提供となります。

ESRS 2、ESRS E1の開示基準の概要と対応関係

CSRD対応の一環として気候変動に関する情報開示に対応する際は、トピック別の基準であるESRS E1だけでなく、横断的なサステナビリティテーマに適用される基準であるESRS 2の要求事項も満たす必要があります。ESRS 2は、CSRDが適用されるすべての企業に適用される基準です。この基準ではサステナビリティ報告書を作成する際のルールを定めた「開示準備の基礎」に加え、「ガバナンス」「戦略」「インパクト・リスク・機会の管理」「指標と目標」という4つの報告領域に関する開示要件が規定されています。

言い方を変えると、ESRS E1は気候変動に特化した基準であり、気候関連の開示を検討する場合は、まずは気候変動に焦点を当てたESRS E1の開示要件を参照しながらも、ESRS 2との対応関係を理解し、両方の要件を踏まえた適切な整理が必要です。

図表1に示すとおり、ESRS E1における要求事項は、4つの報告領域それぞれについて、ESRS 2の要求事項を追加、補足、具体化する内容となっています。例えば「戦略」の領域は、ESRS 2で「戦略およびビジネスモデルとの相互作用による、重大な影響、リスク、機会」の開示が求められています。これに対しESRS E1では「識別した重要な気候関連リスクについて、物理リスク、移行リスクのいずれかであるかを説明（第18項）」することや、「企業の戦略におけるシナリオ分析の結果に基づく、レジリエンス分析（第19項）」の説明が求められ、ESRS 2の要求事項を具体化しています。

加えて同領域では、ESRS 2には含まれていない「気候変動緩和のための移行計画」の開示も求められており、企業は追加的な対応が必要な点を見て取れます。

また、「指標と目標」の領域では、ESRS 2では「重要なサステナビリティに関する指標」にとどまっているのに対し、ESRS E1では、その内容が具体化され、E1-4からE1-9までの6つの指標の開示が要求されています。

【図表1】ESRS 2とESRS E1との対応関係

（出所）European Financial Reporting Advisory Group “ESRS 2 GENERAL DISCLOSURES”,“ESRS E1 CLIMATE CHANGE”を基に当社作成

企業の気候関連開示におけるSSBJ、CSRD対応に向けた準備のプロセス

図表2に示すとおり、SSBJ、CSRDにおける気候関連開示に対応するためには、（1）制度の理解とプロジェクト体制の構築、（2）要求事項の整理、（3）ギャップ分析の実施と対応策の検討、（4）開示に向けた準備といったステップを踏むことが重要です。なお、CSRDについては、「（2）要求事項の整理」の前に「ダブルマテリアリティ［²］評価の実施」が必要となりますが、本稿では「企業にとって気候変動がマテリアルな項目であると判断した」と仮定し、（1）～（4）のプロセスについて解説します。
（1）制度の理解とプロジェクト体制の検討・構築
はじめに、各制度の概要や社内リソースの状況を踏まえ、制度対応に向けたプロジェクト体制を検討・構築します。なお、CSRDについては2025年2月に欧州委員会から規制の簡素化を求める「オムニバス法案」が提出され、対象企業の縮小や報告時期の後ろ倒し、ESRSにおけるデータポイントの削減などが検討されています。こうした制度の動向は、継続的に注意を払う必要があります［³］。
（2）要求事項の整理
次に、各制度の開示要求事項を整理し、（3）のギャップ分析に向けて準備します。この段階で、TCFDなど他の開示基準との開示要求事項との差を明確にすることで、ギャップ分析をより効率的に行えます。
（3）ギャップ分析の実施と対応策の検討・実施
自社の現時点での対応状況と（2）で整理した開示要求事項とを照らし合わせ、開示要求事項に対して対応が十分かどうかを確認します。不足がある場合は、各テーマに必要な対応を検討し、実施します。
（4）開示に向けた準備
（3）までの結果を踏まえ、開示コンテンツにおける開示項目の選定や構成、文案などについて検討します。その際は、各委員会が公表している文献やベストプラクティスを参照し、開示に向けた準備を進めます。例えば、SSBJは、2025年3月期提出用の「有価証券報告書の作成要領」を公表しており、有価証券報告書におけるサステナビリティ開示を検討する際の参考となります。

これらのプロセスを通じて、企業はSSBJおよびCSRDが求める気候関連開示事項に照らした自社の現状把握が可能となり、社内体制の構築や追加的対応策の検討・実行につなげられます。こうして整理した内容を有価証券報告書やウェブサイトなどを通じて開示していくことで、ステークホルダーとの対話が深まり、ひいては非財務面での企業価値の向上にも寄与するでしょう。

【図表2】企業の気候関連開示におけるSSBJおよびCSRD対応に向けた準備のプロセス

（出所）当社作成

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［ 1 ］「IFRS 2号『気候関連開示』の適用に関する産業別ガイダンス」は、11セクター・68産業について、産業別の開示トピックや指標を定めているhttps://www.ssb-j.jp/jp/activity/standard/y2023/2023-0626/s2.html（最終確認日：2025/5/16）
［ 2 ］ダブルマテリアリティとは、インパクトマテリアリティと財務マテリアリティの2つの側面を指す。ESRSでは、これらの評価は相互に関連し、両方の側面から重要性を評価する必要性を指摘しているhttps://xbrl.efrag.org/e-esrs/esrs-set1-2023.html（最終確認日：2025/5/16）
［ 3 ］欧州委員会“Questions and answers on simplification omnibus I and II”https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_25_615（最終確認日：2025/5/16）

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