温室効果ガス（Greenhouse Gas、GHG）削減は、全世界における喫緊の課題です。2022年9月、GHGに関する基準を策定するGreenhouse Gas Protocol（GHGプロトコル）は、Land Sector and Removals Guidance（土地セクター・炭素除去ガイダンス）のドラフト版を公表しました。その後の約3年間で、土地由来の温室効果ガス（GHG）排出量を算定し、排出削減に向けて取り組む企業は着実に増加しています。2025年7月時点で、土地由来のGHG排出量に関する科学的根拠に基づく目標（FLAG SBT）を設定した企業が260社を超え、ニュースとしても取り上げられています［¹］。

ガイダンスが各企業の取り組みを後押ししている一方で、今後取り組む必要性を感じている企業も少なくありません。そこで本コラムでは、土地由来のGHG排出量に関する基礎的な知識やその算定が求められる背景、土地由来のGHG排出量の算定手順や注意点を解説します。

（本コラムは、2025年8月時点の情報に基づき執筆しています。）

「土地由来のGHG排出（量）」とは

「土地由来のGHG排出（量）」とは、土地利用の用途区分の変化や土地の管理に伴って発生するGHG排出（量）のことを指します。現行の「土地セクター・炭素除去ガイダンス」では、「土地利用変化排出（生物由来）」、「土地管理ネットCO2排出（生物由来）」、「土地管理非CO2排出」の3種類に大別されます【図表1】。

気候変動に関する政府間パネル（IPCC）第6次評価報告書（AR6）において、土地由来のGHG排出はAFOLU（農業、林業、その他の土地利用）セクターに分類されます。同報告書では、2019年の全世界のGHG排出量（59 GtCO2-eq）のうち22％がAFOLU（農業、林業、その他の土地利用）セクターからの排出量であることが報告されています［²］。この割合は産業セクター（34％）に次いで大きく、GHG排出を考える上で土地由来のGHG排出の目標を設定し削減を目指す重要性を示しています。

【図表1】「土地由来のGHG排出」の3分類

（出所）GHGプロトコル「土地セクター・炭素除去ガイダンスパイロットテストおよびレビュー用ドラフト（2022年9月発行）」を基に当社作成

また、Science Based Targets initiative （SBTi）［³］はAFOLUを「FLAG」と呼び、土地由来のGHG排出を「FLAG関連GHG排出（FLAG-related emissions）」と表記しています。さらにSBTiはFLAG関連GHG排出を以下の2種類に分類しています。
（1）LUC（Land Use Change） CO2排出：土地セクター・炭素除去ガイダンスの「土地利用変化排出（生物由来）」に対応
（2）土地管理（non-LUC）排出：ガイダンスの「土地管理ネットCO2排出（生物由来）」および「土地管理非CO2排出」に対応

土地由来のGHG排出量の算定と目標の設定が求められる企業

土地由来のGHG排出が企業から注目を集めるようになったきっかけは、2022年9月にGHGプロトコルが土地セクター・炭素除去ガイダンスのドラフト版を公表したことにあります。これと期を同じくして、SBTiは土地由来のGHG排出量に関する目標（FLAG目標）を設定するための資料「FLAG目標設定ガイダンス」を公表し、一部の企業にFLAG目標の設定を求めています。［⁴］

SBTiは、2023年4月30日以降に特定の条件に該当する企業（直接操業段階やバリューチェーン上で土地由来のGHG排出量が多いと想定される企業）が、SBT （Science-based target、科学的根拠に基づく目標）［⁵］を新規設定または更新する場合、非FLAG目標（エネルギーあるいは産業起源のGHG排出量に関する目標）に加えて、FLAG目標の設定を求めています。FLAG目標の設定には、まず自社の直接操業段階およびバリューチェーンにおける土地由来のGHG排出量の算定が前提となるため、算定ニーズが高まりました。

さらに、将来的にGHGプロトコルが土地セクター・炭素除去ガイダンスの最終版を公表した後は、公表日から6カ月の経過時点を起点として、SBTiはFLAG目標の設定を求める企業の範囲を拡大する方針です。このため、土地由来のGHG排出量の算定に取り組む企業は今後さらに増加すると見込まれます。

【図表2】企業がFLAG目標（FLAG SBT）の設定要否を判断するためのフローチャート［⁶］

（出所）SBTi「FLAG目標設定ガイダンス（Version 1.1）」を基に当社作成

土地由来のGHG排出量の算定基準・ガイダンスである、GHGプロトコル「土地セクター・炭素除去ガイダンス」

企業が自社に関連する土地由来のGHG排出量を算定する際、まず参照すべき基準はGHGプロトコルが公表する「土地セクター・炭素除去ガイダンス」です。ガイダンスでは、企業の直接操業段階およびバリューチェーンで発生する土地由来の排出量と、製品貯留や地中貯留によるGHG除去量を算定する手順・方法が示されています。構成はパート1、2の2部構成で、パート1は土地セクターにおける活動や炭素除去活動を考慮したGHGインベントリを作成し報告する際の要件およびガイダンスからなります。パート2では特にGHGインベントリを作成する際の補足的な計算ガイダンスが示されています。

なお、本稿執筆時点で公表されているのはパイロットテストおよびレビュー用のドラフト版であり、最終版ではありません。最終版の公表は2025年の第4四半期に予定されています［⁷］。

土地由来のGHG排出量を算定するための3つのSTEP

土地セクター・炭素除去ガイダンスでは、土地由来のGHG排出量の算定を大きく3つのSTEPに分けて進めるよう示されています。

STEP1では、GHGインベントリ［⁸］の作成範囲、すなわちGHG排出量の算定対象とする企業の範囲を設定します。ここでは、経営支配力や財務支配力などに関する事業活動や土地に関わる手法である統合アプローチを検討します。

STEP2では、算定対象企業の直接操業段階およびバリューチェーンにおいて、土地由来のGHG排出量を引き起こす活動を特定します。事業活動をめぐる原材料・製品の変化が幅広いため、排出源を網羅的に特定できているか注意します。

STEP3では、排出量算定に必要なデータを収集・算定し、Scope別に集計します。この際、特定した排出源に関する1次データを保有していない場合、国・地域レベルの一般的な土地や管理方法に関する統計データなどの2次データを利用することとなります。ただし、2次データを使用した算定の場合、企業独自の取り組みによる排出削減効果を反映できず、計画的な削減管理が困難となる可能性には留意が必要です【図表3】。

【図表3】土地由来のGHG排出量を算定するプロセス［⁹］［¹⁰］

（出所）GHGプロトコル「土地セクター・炭素除去ガイダンスパイロットテストおよびレビュー用ドラフト（2022年9月発行）」を基に当社作成

土地由来のGHG排出量に関連し、企業が着手すべきこと

現時点において、自社の直接操業段階およびバリューチェーン上で発生する土地由来のGHG排出量を算定する必要性を認識しているのは、SBTの新規設定や更新を行う企業が中心となります。しかし将来的には、SBTiが定める中小企業（SMEs）を除く全ての承認済みSBTを有する企業が検討する必要があります。

言い換えれば、承認済みSBTを有する企業は将来的に、FLAG目標の設定要否を判断するために土地由来のGHG排出量の試算を行う、および/またはFLAG目標を設定することを目的として同排出量を算定しなければなりません。つまり、何らかの形で土地由来のGHG排出量の算定が求められるようになるのです。

さらに、土地由来のGHG排出量が特に多いと想定される事業活動や製品などを有している企業は、SBTの新規設定や更新を予定していない、あるいは承認済みのSBTを有していない場合でも、自主的に土地由来のGHG排出量を算定し、対外的に開示することが推奨されます。

上記に該当する企業は、まずは土地セクター・炭素除去ガイダンスのアップデート状況を継続的に確認することが重要です。そして、ガイダンス最終版が発行された後には、それに基づく土地由来のGHG排出量を速やかに算定することが求められます。

なお、ガイダンスの最終版が発行されてから初めて土地由来のGHG排出量の算定に着手する場合、想定以上に算定に手間や時間がかかってしまう懸念があります。算定をスムーズに進めるためにも、まずは現在公表されているドラフト版のガイダンスを活用し、簡易的な算定から行うのがよいでしょう。

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［ 1 ］Science Based Targets initiative「260+ Companies, One Climate Goal: Forest, Land and Agriculture Targets in Action」
https://sciencebasedtargets.org/blog/260-companies-one-climate-goal-forest-land-and-agriculture-targets-in-action（最終確認日：2025/8/19）
［ 2 ］IPCC「AR6 Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change」https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg3/downloads/report/IPCC_AR6_WGIII_FullReport.pdf（最終確認日：2025/8/19）
［ 3 ］Science Based Targets initiative （SBTi）は英国の慈善団体。地球温暖化を壊滅的なレベル以下に抑え、遅くとも2050年までにネットゼロを達成する活動の一環として、企業がGHG排出削減目標を設定する際の基準・ツール・ガイダンスを開発している。さらに、SBTiは子会社であるSBTi Services Limitedを通じて、企業が設定した目標がこれらの基準・ツール・ガイダンスと整合しているか評価・検証している
［ 4 ］Science Based Targets initiative「FOREST, LAND AND AGRICULTURE SCIENCE-BASED TARGET-SETTING
GUIDANCE」
https://files.sciencebasedtargets.org/production/files/SBTiFLAGGuidance.pdf（最終確認日：2025/8/19）
［ 5 ］「SBT」はScience-based target（科学的根拠に基づく目標）の略称。本コラムでは「産業革命以降の世界の気温上昇幅を+2℃を十分に下回る水準に抑制し、+1.5℃以内とすることを目指す、というパリ協定の長期目標と整合していることをSBTiから認定された企業のGHG排出量削減目標」のことを指す用語として使用している。
［ 6 ］「森林・紙製品-林業、木材、パルプ・紙、ゴム」、「食品生産：農業」、「食品生産：動物由来」、「食品・飲料製造」、「食品・生活必需品小売」、「タバコ」のいずれかのセクターに該当する企業であっても、土地由来の排出量がScope1,2,3排出量の総量の5％未満の場合はFLAG目標の設定は不要。ただし、非FLAG目標の対象となるScope1,2,3排出量に土地由来のGHG排出量を算入する必要がある
［ 7 ］GHGプロトコル「GHG Protocol Announces Forest Carbon Accounting Technical Working Group and Updated Timeline for Land Sector and Removals Workstream」https://ghgprotocol.org/blog/ghg-protocol-announces-forest-carbon-accounting-technical-working-group-and-updated-timeline（最終確認日：2025/8/19）
［ 8 ］「インベントリ」とは、一定期間内に特定の物質がどの排出源・吸収源からどの程度排出・吸収されたかを示す一覧表を指す。
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/ghg-mrv/overview.html（最終確認日：2025/08/19）
［ 9 ］「経営支配力を有する」とは、企業がある事業活動または土地に対し、経営方針を導入しそれを実行する完全な権限を持つことを意味する。
［ 10 ］「財務支配力を有する」とは、企業がその活動による経済的利益の獲得を目的として、ある事業活動または土地に関する財務・運営方針を指示できることを意味する。
https://ghgprotocol.org/sites/default/files/2022-12/Land-Sector-and-Removals-Guidance-Pilot-Testing-and-Review-Draft-Part-1.pdf（最終確認日：2025/08/25）

土地由来のGHG排出量の基礎～「土地セクター・炭素除去ガイダンス」を踏まえて～

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