少子高齢化が進み、医療を必要とする高齢者が増加する一方、医療従事者の確保が難しくなっています。こうした状況から、病院や診療所などの医療現場では、デジタル技術を利活用して社会や生活の形を変革するDX（デジタル・トランスフォーメーション）への期待が高まっています。

具体的な事例として真っ先に想起できるのは、紙のカルテから電子カルテへの移行でしょう。電子カルテは大規模な病院から普及が始まりましたが、令和5年時点の普及率を見ると、一般病院で65.6％、一般診療所で55.0％といずれも半数を超えています［¹］。それにとどまらず、ICTを活用したオンライン診療システム、Web予約や順番待ちシステム、Web問診システムなどを導入・活用する医療機関が増加しています。デジタル技術の活用は、患者情報の適切な共有や業務効率化のための重要な手段としてスタンダードになりつつあると言えます。

医療の現場とDX

DXが着実に広がりを見せつつある一方で、医療現場全体ではDXが十分に進んでいるとは言えません。情報通信総合研究所が2021年3月に公開した業種別のDX実施状況や今後の予定に関するアンケート調査によれば、「医療、福祉」業界では、「実施していない、今後も予定なし」との回答割合がおよそ8割にも上っています（n=2,870）。この結果から、医療の現場ではDXの活用に対してまだ消極的であったり、恩恵を実感できていなかったりしている実態がうかがえます。

こうした状況の中で、医療機関がDXによるメリットを実感し、医療DXをさらに加速していくためには、医療機関のシステム導入担当者の側に、どのような工夫が求められるのでしょうか。

【図表1】業種別のDXの取り組み状況

（出所）情報通信総合研究所「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究の請負報告書」（2021年3月）（赤囲みは当社にて追記）
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/r03_02_houkoku.pdf　（最終閲覧日：2025/10/8）

医療DXの成果を上げるための工夫

（1）現場とシステム導入をつなぐ人材の確保
システムの開発や導入の際には、医療現場の業務実態を深く理解することが欠かせません。どのような情報を、どのタイミングで、どのように確認・記録しているかといった細部に至るまで十分に把握できていなければ、現場で十分に活用されるシステムを設計できないからです。また、医療DXによって達成したい目標や解決したい課題を具体的に認識しないままシステム導入を進めようとしても、期待した効果は得られません。つまり、「デジタルツールをどのように利活用すると医療従事者や患者にとって意義があるか」を十分に検討できる知見を持ち、開発側と現場ニーズの橋渡しができる人材が必要となります。しかし、その確保は容易ではありません。

（2）計画的なシステム導入
昨今の人件費や物価の高騰は、病院や診療所の経営状況に大きな影響を与えています。2024年には、「本業での利益」にあたる医業利益が赤字の医療機関が73.8％、経常利益が赤字の医療機関も63.6％にも上り、医業収益の伸びよりも経費の増加の方が上回っています［²］。

コスト削減の意識が高まる中で医療DXを推進しようとした場合、十分な予算を確保できない、あるいは少しでも開発費を抑えたいと考えるケースが少なくありません。しかし、費用を抑えるがゆえに必要最小限のシステム導入から段階的に進めてしまうと、システム間の整合性が取れず、かえって非効率な運用になる恐れがあります。システムへの投資は、医療機関の課題や将来の構想を踏まえて中長期的な視点である程度まとまって行う方が、結果として医療DXの効果を高める場合もあります。

（3）医療現場の理解
医療従事者やスタッフは日々多忙を極めています。そのため、システム導入が現場の新たな負担となる場合、協力を得ることは非常に難しくなります。例えば、新たに業務記録ソフトと診療報酬請求システムを導入しそれぞれの業務は効率化できたものの、データ連携ができないといったケースがあります。この場合、現場でデータを二重で登録する必要が生じて手間を感じてしまい、結果としてシステム導入に対して消極的になりかねません。

医療DXの効果の最大化

医療DXによる成果を実感するためには、デジタル技術をどのように活用すれば効果を最大化することができるのか、先進的な事業者の事例を通じて学ぶことが重要です。近年では、先進的な事業者が自らの経験に基づきDX推進を支援する取り組みが注目されます。

例えば、医療スタートアップの株式会社Inazma［³］は、医師自らが後払い決済付き予約システムや電子同意書システムを開発すると同時に、福岡市に「ゼロマチクリニック」という、その名の通り“待ち時間ゼロ”を掲げたスマートクリニックを運営しています。このクリニックでは各システムを活用にあたり、オペレーション最適化のマネジメントも並行して行っています。Web予約システムを導入している医療機関は多いものの、システムを活用して実際に待ち時間ゼロを達成するためには、運用設計やマネジメントが重要となります。Inazmaのビジネスの場合、医療機関でシステムの提案をする際にスマートクリニックで得た具体的なシステムの利活用方法も示すことができるため、導入効果をリアルに伝えられる点に強みがあると言えるでしょう。

この事例からも分かるように、医療DXの効果を最大化するためには単にデジタルツールを導入するだけでなく、現場においてどのように活用して成果につなげるかという視点が欠かせません。医療機関でのDX推進の鍵は、「現場が効果を実感できる仕組みづくり」にあると言えます。

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［ 1 ］厚生労働省「電子カルテシステム等の普及状況」https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000938782.pdf　（最終閲覧日：2025/10/8）
［ 2 ］日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会「2025年度病院経営定期調査－中間報告（集計結果）－」（2025年10月6日）https://ajhc.or.jp/siryo/20251006report.pdf　（最終閲覧日：2025/10/8）
［ 3 ］Inazmaウェブサイト　https://inazma.co.jp/　（最終閲覧日：2025/10/8）

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