今年の6月に閣議決定された、国の新成長戦略には、戦略的に成長を図る分野のひとつとして、「グリーン・イノベーション」が掲げられ、さまざまな環境関連の分野とともに、白色LED等による照明100％化も掲げられている。この白色LEDは、名古屋大学　赤崎勇教授（現特別教授）の青色LEDの研究成果を拠りどころとする革新的科学技術イノベーションである。このイノベーションは、白色LEDとして応用され、市場は世界で急速に拡大した。最近、この白色LEDの市場に、韓国・中国等のメーカーが猛追してきている。日本の最後の砦といわれてきた、エレクトニクスの部材技術を取り巻く変化が見え始めてきているようである。また、これは日本のモノづくりの潮目の変化のようにも感じる。このLED事業の成長を科学技術イノベーション、モノづくり産業のこれからを問う、ひとつの例として検討してみよう。

多くの研究者が開発をあきらめていた青色LEDは、赤崎教授が20年をかけた粘り強い研究開発により1989年に大きなブレイクスルーにつながった。窒化物半導体のp型の製作、窒化ガリウム半導体のp-n接合成功、これによって青色LEDの発光に世界で初めて成功したのである。当時、自治体からの依頼で、面白い研究をしている研究室の訪問取材をしていた私も、この革新的科学技術イノベーションに接する機会に恵まれた。
さて、赤崎先生の研究成果は、文部科学省の外郭である新技術事業団（当時）の委託開発制度によって、豊田合成（株）が製造技術を確立し、1995年には高輝度の青色 LEDの量産に至った。青色LEDは、すぐさま白色LEDに応用され、携帯電話やフルカラーディスプレイ等の光源など、利用された機器の総売上は、最初の 9年間で約 3 兆 6,000 億円に達したという（*1）。科学技術イノベーションが事業として大成功した例である。

ところが2000年前後に、中国･台湾、韓国等が、先端テクノロジーのモノづくりで、大きくその存在感が高まってきた頃から状況が変化してきた。韓国がDRAM生産額で世界一となり、台湾メーカーが、ファウンドリ（製造請負）に徹することで台頭し、中国も、2001年にWTO加盟による関税ゼロや低コスト構造を活かし、半導体生産額を例にとっても年率20％以上で成長する世界の生産拠点となった。

白色LEDについてみると、ライセンスを豊田合成（株）のほか、一足早く上市し、トップシェアを誇る日亜化学工業（株）、クリー（米）、 OSRAM(独)等で多くが抑えられ、相互にクロスライセンスして市場を拡大していった。その中で、OSRAMを筆頭にイノベーションの成果が、韓国、台湾・中国企業へライセンスされ、モノづくりのノウハウも蓄積した韓国･台湾メーカーなどが、高い品質の白色LEDを生産するようになった。中国･アジア圏市場の拡大も相まって、韓国・中国メーカーの存在感が急速に高まって崎いるのである。

1989年に、赤崎勇教授が、基本となる発明が生まれてから20年が過ぎ、特許切れを見越して参入する企業が今後さらに増加し、付加価値の高かったイノベーションが、価格で戦わなければならないコモデティの市場に移行することになる。
革新的科学技術イノベーションの変遷を、私は、モノづくりの原典ともいうべき、生産の4要素「人（Man)、機械(Machine)、材料 (Material)、方法(Method)」から捉えてみたい。順が逆になるが、方法・製法(Method)、付随する設備・機械(Machine)の開発、量子レベルのモノづくりである材料(Material)の開発では、このイノベーション成果の独壇場にあった。それでは日本の分を悪くしてきたのは何であろうか？
私は人(Man)の問題であると考える。人件費コストの格差問題も大きいが、高度な技術と知識で素晴らしいモノをつくり、世界を牛耳ってやろうと考える若い技術者が、日本の企業や家庭、教育ではもう生まれにくい環境になっているのではないか。逆に、韓国・中国等では、留学経験等を経た、若い経営者が、欧米企業と戦略的にオープンに連携し、急速に広がる新事業を世界で押さえていこうとする元気な動きが目立つ。
イノベーションや知財戦略、ビジネスも、みな、人がつくり出すものである。国の新成長戦略によって、日本の存在感、イニシアティブが再び高くなるよう、元気な人材が活躍できる環境整備が進むことを願いたい。

（*1）　「委託開発の成果『青色発光ダイオード』の経済波及効果に関する調査」（(独)科学技術振興機構　平成 18 年度）を参考

アジアを意識したイノベーションの成長戦略

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