中山間地域の持続可能な産業の重要起点としての林業
2010年6月に首相に就任した菅直人氏の就任演説の中に、林業問題が取り上げられた。菅首相は「低炭素社会で新たな役割も期待される林業は、戦後植林された樹木が成長しており、路網整備等の支援により林業再生を期待できる好機にあります（注1）」と述べ、的確な問題意識を披露している。
それだけではない。同じく6月に発表された新成長戦略の「21の国家プロジェクト」においては、3番目に「森林・林業再生プラン」が位置づけられている。林業が、このような破格の注目を集めることは、戦後初めてと言ってもいいだろう。
これは林業単体ではともかく、木材産業全体を含めれば、その経済規模は十分に大きく、林業が中山間地域の持続可能な産業の起点として重要だという認識に基づいている（注2）。例えば、ドイツでは木材産業クラスターの雇用者数は、約135万人と推計され、なんと自動車産業の約75万人より多いという推計結果があることからも、その重要性が伺える。

ヨーロッパで実現している「先進国型林業」
ドイツの例を出したのは、世間一般のイメージとは裏腹に、実は世界の木材生産は主に先進国で行われているという事実の伏線になる。
一般の方が林業と聞いて思い浮かべるのは、東南アジア等の熱帯雨林での伐採である場合が未だに強いかもしれないが、実は、東南アジア諸国は、1980年代までに貴重な天然林資源を切り尽くし、また環境保全の気運の高まりにより、1990年代にはその生産量を激減させている。

図：世界の産業用丸太の生産量の推移

世界の産業用丸太の生産量の推移

出所）FAOSTATより筆者作成

そんな中、1990年代から急速に木材生産量を伸ばしているのが、欧州である。欧州は個人の森林所有者が多く、オーストリア等、地形の急峻な土地も多い。また、北欧は地形が平坦であるが、寒冷な気候なため、成長量が小さいという不利な点を有している。また、木材価格や労働費用は、同じ先進国であるため、日本とほぼ同水準であることが分かっている（注3）。
このような決して恵まれているとは言えない条件の中で、世界的な競争力を有している欧州のような林業を、「先進国型林業」と呼びたい。もちろん、伐採をしたら植林をするなどの基本的なルールが適応されていることに加え、近年は生物多様性の保全に配慮した近自然的な施業が一般的になり、欧州各国の森林認証取得面積は極めて高い。

日本林業成長のカギは「マネジメント」の実現
さて、類似点が多いとは言え、欧州と日本はもちろん同じではなく、欧州のやり方をそっくりそのまま真似ることはできない。しかし、先進国型林業の実現に向けては、日本が欧州に学ぶべき成功の秘訣があり、それは「法則」として普遍化できる可能性もある。もしそれが難しいとしても、少なくとも、日本林業再生のための作業仮説としては成立しうる。
欧州との比較のポイントは、政策、技術、インフラ、需要構造など多岐に渡るが、キーワードを一つ挙げるとするならば、「マネジメント」という言葉に尽きる。例えば、日本では、所有者や境界が分からない森林が少なくない。また、施業を行おうにも、その森林まで到達しうる道がなければ不可能である。そして、そもそも森林のプラニングを行ったり、実際に木を切ったりする専門家集団が養成されていなければならない。
このようなサブシステムが精緻に設計され、総体として機能して初めて、世界に冠たる日本の森林資源は「マネジメント可能」になる。ドラッカーは「マネジメントとは、事業に命を吹き込むダイナミックな存在である。そのリーダーシップなくしては、生産資源は資源にとどまり、生産はされない」と言った（注4）。正に、林業に必要なのはこのマネジメントのシステムではないだろうか。

再生プランの議論へ
現在、農林水産省を中心に、2020年における自給率50％を目標として、「森林・林業再生プラン」の実現に向けた議論が行われている。この目標の達成のためには、「Sustainable Forest Management（持続可能な森林経営）」の実現に向けた地道な制度設計が必要である。
筆者は同プランの人材育成検討委員会に委員として参画しており、上記のような視点を持ち、日本林業が「先進国型」にふさわしいマネジメントシステムが構築できるように、最終取りまとめに向けて、微力ながら努力を続けている。その先にしか、自給率50％、低炭素社会への貢献、雇用創出などの政府が目指す重要なビジョンは実現しないからである。

※本稿の詳細についてご興味をお持ちの方は、公刊中の拙著『先進国型林業の法則－日本林業成長へのマネジメント』（全国林業改良普及協会、2010年9月）をご高覧頂ければ幸いである（http://www.ringyou.or.jp/publish/detail_963.html）。

（注1）首相官邸ホームページ（http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201006/11syosin.html）
（注2）例えば、「民主党の森林・林業政策『森と里の再生プラン』」（2007年）では、10年後に木材関連産業で100万人の雇用創出を目指す、とされている。
（注3）詳しくは拙稿「グローバリゼーションの受容による地域林業再生」季刊政策・経営研究（2008 Vol.3）をご覧いただきたい（/thinktank/rc/quarterly/quarterly_detail/200803_131）。
（注4）「ドラッカー名著集2現代の経営」P.F.ドラッカー（ダイヤモンド社、2006年）

日本林業は「先進国型」に脱皮できるか

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