国内排出量取引制度が取り下げられた

民主党はマニフェストで掲げていた「温室効果ガスの国内排出量取引制度」の検討を事実上凍結することを、先週発表した。産業界への配慮が理由と報じられている。
排出量取引制度（注1）は、企業の排出量に上限（キャップ）を設定し、排出上限を超えて排出してしまった企業と、取組が進み排出（可能）量の余剰分をもつ企業との間で取引（トレード）する制度で、市場原理を生かすことにより、より小さい費用で排出総量をコントロールすることを目的としている。しかしながら、「国際競争力や雇用への悪影響を与えるおそれがある」、「地球規模の温暖化対策にならない」などの理由から産業界が猛反発していた（注2）。

環境省と経済産業省　並行して進められた2つの検討会

ここで、同制度をめぐる議論の経緯を、簡単に説明しておきたい。
昨年(2009年)9月の政権交代の直後、鳩山前首相が国連で25％削減目標を掲げた時の衝撃は、1年以上たった今も記憶に新しい。それを実現すべく、今年3月に25％削減目標とそれに向けた対策を盛り込んだ「地球温暖化対策基本法案」が閣議決定され、その中で「この法律の施行後一年以内を目途に（国内排出量取引制度の）成案を得るものとする。」とされた。これを受け、環境省では、年内(2010年内)に具体的な制度設計をとりまとめるべく、小委員会（注3）を開催し検討を行ってきた。検討開始早々の6月に同法案は廃案になったものの、本制度の導入についての内閣の方針は変わらないとして議論を深め、12月6日の第18回委員会（最終委員会）で「我が国における国内排出量取引制度の在り方について（中間整理）（案）」がまとめられたところである。
環境省が政府方針に沿って、粛々と検討を進める一方で、経済産業省は、産業界の意向を汲み、6月に｢地球環境小委員会政策手法ワーキンググループ（注4）｣を設け、温暖化対策に関する政策手法について継続的に検討してきた。その中で、排出量取引制度を採用せず確実に削減させる方策として、企業または業界が自らの排出量を決める「ボトムアップ方式」を中心とした政策をとりまとめつつあるところである。
国レベルで別々の議論が並行して進められるのに対し、調整すべきとの意見が必然的に高まった頃あいに、民主党による取り下げのニュースが飛び込んで来たのである。

取り下げについては評価したい

自ら掲げた公約をあっさり取り下げたように見える民主党の判断であるが、筆者は個人的には評価している。国の制度導入の行方が定まらないと、企業も地方自治体も動き出せないという状況にあったからだ。そうした状況で長時間じらされることに、これまで慣れてきていたが、今回は違った。
成り行きとは言え、25%の削減目標が棚上げになったまま、目標を達成するための手法論（企業行動に大きな影響を及ぼす可能性のある同制度）の検討のみ先行してしまっていた。目標を定める基本法の成立見込みが薄いまま手法論の是非に振り回されるのは、誰にとっても利がなかったのだから、取り下げられたのはよかった。だからといって、筆者は積極的な取り組みの必要性を否定しているわけではない。

並行した議論で得られたものも大きい

排出量取引制度導入の是非に着目すると、真っ向から対立していた両省の主張であるが、「日本の国内総排出量を確実に削減する必要がある」「そのためには、これまでの延長ではなく、新たな制度･仕組みが必要である」「それにあたって、企業に過度の負担をかけてはならない」という点に関して、実は共通していた。公平性・公正性を担保する、国際競争力や技術開発力を阻害しないなどの配慮事項も、両省とも認識は同じである。
しかも、国際的な立場、国民への説明責任、企業の受け入れ可能性等を勘案することにより、あるべき制度の行き着く形は収束しつつあったように思われる。産業界が支持する「ボトムアップ方式」は、企業または業界がそれぞれ自らの目標値を設定し達成をめざす仕組みで、情報を公表することで自律性が保たれるとするものであるが、国外や国民の十分な納得を得るためには、目標の妥当性や排出量データの正当性を保証するための第三者による検証が必須であり、また、公平性を担保するために参加の義務化、達成しなかった場合の強制力も必要などとの意見も強い。第三者による厳格な検証が義務付けられれば、国によって目標が決められる排出量取引制度との差は小さい。
排出量取引制度の議論は、その導入にこそ至らなかったものの、10年以上の実績をもつ経団連自主行動計画を、格段に強化する方向に動き出させたと言ってよいだろう。

企業の取り組みは今後も緩められない

経団連自主行動計画という世界で例をみない枠組みによって、国内の産業界の取り組みが促進されてきたことは、日本の誇りである。しかしながら、重要性がより高まる地球温暖化対策強化のみでなく、透明性、公平性の確保にも対応していくためは、今のままの仕組みでは限界が見え始めていたと、多くの関係者が感じていたのではなかろうか。
排出量取引制度が取り下げられた結果、議論が白紙に戻ったのではなく、少なくとも、これからの取組において透明性・公平性を確保しなければならないという共通認識が残ったのである。

地方自治体による排出量取引制度への期待

一方で、国の制度導入が取り下げられ注目されるのが、地方自治体による排出量取引制度である。東京都では、今年4月から「温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度」を開始している。削減が進まない業務部門を主にターゲットとし、削減を義務付けるものであるが、削減量が不足する場合には、目標超過達成企業から購入するほか、グリーンエネルギー証書や中小企業支援に伴うクレジットを購入することもできる。
国と地方の関係からは、地方自治体で国と重複して同様の規制を企業にかけることは難しいため、国の制度が導入された場合、地方自治体では非常に制約を受けた形の制度しか導入できないことになる。一方で、東京都が主張するように、企業に幅広く義務を課し、きめ細かくフォローするためには、地方自治体が制度を運用する方が望ましいし、また地方分権の流れにも適う。
温暖化対策基本法が成立の見込みが薄いといわれている中、多くの県、自治体で地球温暖化対策推進法に基づき、域内排出量の目標をすでに掲げている。業務部門や中堅製造業を多く抱える地方自治体にとって、域内排出量の確実な削減を目指す排出量取引制度は魅力的な手法である。東京都の先行事例を参考に各地で導入が進めば、国制度では対象外であったかもしれない規模や業種の企業についても、削減義務が課されていく可能性が高い。

企業の排出量取引制度との付き合い方

排出量取引制度が取り下げられても、企業の取組は緩められない。今後は、目標の妥当性や実績の正当性について、今まで以上の説明責任が求められることに配慮も必要だ。また、取り組みが必要となる企業や業種の範囲も、いろいろな形で広がっていくことも予想される。
今回、義務化（義務化に近い要請）が議論されるのに並行し、その購入で目標未達分を補うことのできる「クレジット」についての検討や基盤整備も進んだ。目標に達成できなかった場合にどうするかを考えるのではなく、最初から、地域の中小企業への省エネ支援やグリーンエネルギーなどCSR的要素を伴うクレジット創出を想定しつつ、先行的に総合的に取り組んでいくことが得策なのではないだろうか。ルール、方向性が見えてきた今、企業は、戦略を早急に練り直す必要がある。

（注1）排出量の取引には、キャップ＆トレード方式（C&T：キャップを定めた上で、達成できなかった主体が取引を行う）のほか、ベーライン＆クレジット方式（B&C：あるプロジェクトや事業によって削減された分の排出削減量をクレジットとして認定し、取引を行う）がある。現在、国内排出量取引制度として論じられているのはC&T方式であり、本稿ではC&Tを前提に記載している。
（注2）(社）日本経済団体連合会「排出量取引制度環境省案に関するアンケートの集計結果」2010年9月16日
（注3）中央環境審議会　地球環境部会　国内排出量取引制度小委員会
（注4）産業構造審議会環境部会地球環境小委員会政策手法ワーキンググループ

「排出量取引制度」議論を企業はどう読むべきか

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