はじめに

経済とは不思議なもので、居酒屋などでは野球やサッカーの話題と同じように、誰もが評論家になって議論されている。ところが経済は見えざるために（野球やサッカーも実はそうであろうが）、そもそも用語の定義さえ、世間で共通認識があるとは思われない。小稿では「経済」の定義を出発点に、日本「経済」についても考察する。

「経済」とは

経済はeconomyの訳語である。economyは家計管理を意味するギリシャ語を語源とする。一方、経済は漢籍中の「経世（国）済民」（世の中（国）をおさめ民をすくう）に拠る。しかし現代におけるeconomy及び経済の定義は、「社会の生産活動を調整するシステム」（クルーグマン・ウェルス『マクロ経済学』）である。より丁寧に補足すると「人々が必要としている財（物）・サービスが、人々によって生産、交換、分配される各過程の活動を、社会として調整する仕組み」、若干敷衍して平たく言うならば「人々が相互に役に立ち合うための社会システム」となろう。

GDPと「経済」

新聞等でよく取り上げられるGDP（国内総生産）は、経済全体の水準を何とか数字で可視化しようと考案された１つの指標である。現代の高度に分業が進んだ経済では、人々によって生産された財・サービスの大半は交換される。しかも交換の際にはいったん貨幣が媒介し、財・サービスの価値が貨幣単位で記録される。このことに着眼して、生産、交換（支出）、分配という等価な三面の規模、すなわち経済の規模が数量的に推計されている。
しかしそれが故に、たとえば事業者による介護サービスはGDPに計上されても、家族による介護はGDPに計上されない。また、近所の急な外出で子供を預かったり、電車内で妊婦に席を譲る行いも、GDPには計上されない。このことは、「経済」を考える際には、よく認識されるべきである。ただしもちろん、多くの限界が認識されさえすれば、GDPは（CTやMRIの機能はないものの）医療における血液検査に匹敵する必要不可欠な「経済」指標である。

「経済」が良くなること、悪くなること

上記の定義によれば、「経済が良くなる」とは「人々が相互に役に立ち合う仕組みが改善される」ことである。たとえば生産面では、人々の教育・技能水準が向上したり機械設備が改善したりすれば、人々は質的、量的により良く相互の役に立てる。貨幣が信用を保ち金融の手段も満足していれば、交換面で経済が阻害されることはない。分配面で過度な偏りがなく税制も公正であれば、人々は進んで社会に参加する。これらの結果、その社会における人々の生活は全体として改善される。逆の場合には、経済は悪化する。

日本「経済」について

バブル崩壊後、日本経済は低迷が続いた。その要因として、生産技術の停滞の問題や、貨幣・金融の問題などが指摘されている（詳しくは、たとえば岩田規久男・宮川努（編）『失われた10年の真因は何か』がわかりやすい）。
前者の問題にも連なる別の重要な指摘は、産業や企業の「新陳代謝」に関する問題である。1990年代は円高等もあり国内の製造業や建設業への必要が縮小した。これによって、それまで人々に役立つ技倆を身に付けていた人が本領を発揮できなくなったり、少々の技倆では全く役立てなくなったりした。そうした人々が他の産業や企業に転じて、人々への貢献度を回復する仕組みが、長らく低迷していると観察されている。
この改善策として、古い組織を一気に剥がせば新陳代謝は自然に進むと主張する「淘汰論」がみられる。しかし、前述したことから、国内で人々の必要に応えようとするには物からサービスへのシフト、すなわち対物から対人への技倆シフトや組織のあり方のシフトが求められる。これらは一朝一夕には進まない。しかも現在のところ、国内の人々のサービスに対する欲求は、おそらく物に対するほどではない。これらに鑑みると、淘汰論は分配面の問題拡大も含めて混乱を徒に大きくする可能性が高いと考えられる。
それでは、周知のように財政の累積赤字や少子高齢化の問題も抱える日本「経済」を、これからどう改善すれば良いのか。難題は、文字通り山積である。しかしながら、「経済」の定義に立ち戻れば、本質的な課題はいつでも、「相互に役に立ち合う人々の潜在能力を、社会システムとしてどう発揮できるか」にある。要は、怪我や不安を抱える中でも自己ベストをどう出すか、どう持続させるかが問題である。その時々の能力以上の目標はないものねだりであり、他人（国）との比較からも得るところはあまりない。
官民問わず人々は、「自分がやりたいこと」も大事であるが、「自分が役に立てること」という原点も思い出し、そうした志向と技倆を時間は掛かっても何とか取り戻す。生産に関わる政策は、華々しい産業分野ばかりに目を向けず、人々の地道な努力を後押しする。税制など分配に影響を与える政策は、人々の社会への参加意欲を極力阻害しないよう入念な設計をし、政府は自らを律して十分な説明もする。長じると、人はつい大きなことばかりに目を向けがちになる。しかし過去を顧みても、１人１人の小さな積み重ねこそが日本「経済」に回復をもたらし、強さを持続させる。この点は、野球やサッカーと全く変わらない。

日本「経済」について

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