海外展開は本当に産業空洞化につながらないのか?

2012/08/21 上野 裕子
海外展開
グローバルビジネス
経営戦略

円高の継続、東日本大震災に起因するエネルギー供給の不安定さやエネルギーコストの高騰、国内景気の伸び悩みなど日本の事業環境の厳しさを背景として、ものづくり企業の海外展開が静かに加速している。1985年のプラザ合意後に大手企業が海外へ生産拠点を移した第一次の海外展開、1990年代半ばに大手企業の一次・二次サプライヤーが生産拠点を移した第二次の海外展開に続き、現在は第三次の海外展開と呼ばれ、これまで海外生産比率の低かった素材型製造業も海外生産投資を拡大する見込みと言われている。単なるコスト削減のためではなく、取引先の海外移転や現地経済の発展により、海外現地での需要を理由とした海外展開が増加していることも特徴である。
こうした中、従来、行政は企業の海外展開を、雇用減少や空洞化を招くとして抑制しようとしてきたが、企業が業績低迷で廃業・倒産してしまうより、海外展開によって発展する方がよいと考えるようになってきている。そのため、地方自治体の中にも政策を転換し、輸出だけでなく生産拠点の海外移転も含めて海外展開を後押しするようになってきている。最近では、地方自治体が、海外進出セミナーの開催や、海外の工業団地の視察ツアーを企画する例も現れてきている。
しかし、ただ単純に海外展開を促進すればよいわけではないところに注意が必要である。
確かに、取引先の海外移転で仕事が激減し、国内景気の低迷で新たな仕事も見つからないまま倒産してしまうよりは、海外展開して新たな発展の道を求める方が企業にとっては良いことである。しかしながら、海外の子会社の発展が、日本の本社の雇用の維持や増加、日本の本社の業績の拡大につながるためには、海外で得た収益が日本国内に還流されることが大前提となる。
海外子会社が収益を上げ、それを日本本社に還流させることができれば、日本本社の雇用は維持される。また、海外で展開する新製品や新技術を日本本社で開発する等して海外子会社へ販売することで日本本社の業績は向上し、さらなる雇用が日本国内で創出されることになる。このような好循環が創出されて初めて、海外展開は日本国内に好影響を及ぼすことになるのである。
一方、もし海外子会社の収益が上がらない場合、上がっていてもそれを日本本社に還流することができなければ、日本本社の雇用は維持されず業績も向上せず、空洞化につながってしまうこととなる。
海外子会社が収益を上げられない事態や、収益を日本本社に還流できない事態は、技術流出や不十分な国際税務対策によって起こりやすい。海外子会社を設立するということは、技術という知的財産を海外子会社に渡すことを意味する。したがって、自社の子会社であってもきちんと契約を結び、渡す知的財産に対する対価を日本本社がきちんと受け取ることが必須である。また、意図しない技術流出やそれによる模倣品被害等が起きないよう、細心の注意を払って技術を移転する必要がある。しかしながら、日本企業の中には知的財産の管理にまで手が回っていない企業もある。また、海外諸国の中には、知的財産に対する対価の日本本社への支払いに制限を設けている国がある。また、税制が異なり、日本にはない様々な税がある国もある。近年は、国際的な脱税を防ぐために移転価格課税(注1)も厳しくなっており、PE(恒久的施設)(注2)認定課税の問題もある。その結果、海外子会社の売上は好調であるにもかかわらず、利益がほとんど残らない事態、利益以上の納税を要求される事態に直面している企業もみられる。海外展開の際には、海外展開する前に、国際税務対策を練っておくことが重要であるが、日本企業は、現地での生産や営業・販売を成功させることには注力していても、国際税務対策には関心が向いていないことも多い。
企業が海外で適切に利益を上げて日本に還流するためには、知的財産対策や国際税務対策が極めて重要である。企業の海外展開が、日本国内の雇用の維持・創出や経済活性化につながることを期待するのであれば、行政は、単に海外展開を促進するだけでなく、その際の知的財産対策や国際税務対策についても十分に支援することが必要である。

(注1)移転価格課税:企業が海外の関連企業との取引価格(移転価格)を通常の価格と異なる金額に設定すれば、一方の利益を他方に移転することが可能となる。移転価格税制は、このような海外の関連企業との間の取引を通じた所得の海外移転を防止するため、海外の関連企業との取引が、通常の取引価格(独立企業間価格)で行われたものとみなして所得を計算し、課税する制度である。<財務省「移転価格税制の概要」より>
(注2)PE(恒久的施設):日本では、非居住者及び外国法人に対する課税では、「国内源泉所得」のみが課税対象とされるが、同じ「国内源泉所得」であっても、その支払を受ける非居住者及び外国法人が日本国内に「恒久的施設」を有しているか、更に「恒久的施設」を有する場合には、どの「恒久的施設」の種類かによって、課税関係が異なってくる。外国での「恒久的施設」の定義は、日本が外国政府と締結する租税条約において定められているが、締結相手国ごとに租税条約における「恒久的施設」の定義が異なっているため、注意が必要である。<国税庁ウェブサイトより>

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