はじめに
このシリーズでは、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に向けて、持続可能性(サステナビリティ)課題に取り組む方々にお話を伺います。第2回目は、福山大学経済学部准教授の相原正道氏です。
競技場には「スポーツ施設」を超える価値がある
佐藤:東京オリンピック・パラリンピック招致委員会事業部門マネージャーというご経歴をお持ちです。大会招致へどの様に関われたのかと、現在のご研究・ご活動についてお伺い出来ますでしょうか。
相原氏:元々は会社員でしたが、2016年大会招致のイベントマネージャーとして、日本全国の祭りと大会招致のコラボレーションなどを行いました。その後研究者に転じ、2020年大会招致では最後の一カ月程度大学から出向しました。最終プレゼンテーションにおいて、2016年大会は海外中心、2020年大会は国内中心の活動でしたが、その両方を経験できたのは貴重な体験でした。現在は研究者として、プロスポーツのコンサルティングを中心に活動しています。社会起業家とトップアスリートの間には革新的なことを行う意味で似たようなものがあるのではないか、という研究テーマにも取り組んでいます。
佐藤:個人的に興味深いことが多いのですが、今回はオリンピック・パラリンピック関係のテーマを中心にお話を伺いたいと思います。2020年大会が東京で開催されることになりました。スポーツやイベント面から見て、日本の強み、現時点の課題と思われることはありますか。
相原氏:イベントとしての大会運営は、仕事を”きっちりする”という日本人の性質が強みとなります。運営は上手く行くだろうと思っています。課題としては建築部分、スポンサー集めの部分ではないでしょうか。
佐藤:建築部分に関係して、五輪では多くの施設整備が計画されていますが、米国ではメジャーリーグの球場が観光名所になっていたりする場合もあります。なぜ、そういったことが可能なのでしょうか。
相原氏:彼らの場合、球場にコミュニティ設備があったり、ショッピングモールが入っていたりしており、施設の魅力や不動産価値を高める戦略で建設しています。2020年大会の施設整備計画が競技場としての視点のみで考えられているなら、もったいないとも感じます。
佐藤:私自身、昨年度に参加した国際会議の会場がナショナルスタジアムだったこともあります。競技が行われていない時の施設利用に繋がる魅力の創出は非常に重要なものと感じます。
相原氏:強みと弱みという点では、招致活動において、日本として顔になる人物がいないという問題もありました。例えば、水泳の北島康介選手は日本では知らない人は少ないですが、世界的には水泳だとフェルプス位の選手でないと、知名度が低いのが現実です。ただし、マンガの主人公は海外でも知名度が抜群だったため、マンガの主人公を使ってアピールしたこともありました。
佐藤:確かにサッカー選手でも、ベッカム位の知名度が無いと顔にはなりにくいと思います。マンガの存在は日本の強みかもしれませんね。
スポーツの3つの側面を生かし切る
佐藤:2020年大会は、我が国にとってどの様な契機になり得るとお考えでしょうか。
相原氏:2020年をゴールに「選択と集中」ができるので、特定の事項や分野が一気に伸びる可能性があります。情報通信技術(ICT)に関するデジタルニッポン戦略や、SNS(Social Networking Service)などがその対象として考えられます。ロンドン大会では、日本のテレビは赤字でしたが、米国は黒字でした。SNSによる課金サービスの有無が大きかったと言われています。日本のテレビは、連続で赤字を出すわけにはいかないので、ネット視聴が活用される方向に動かざるを得ないでしょう。オリンピック・パラリンピックでは肖像権の問題がクリアされやすいので、ネット配信のコンテンツに向いていると言えます。まずはリオのオリンピックで大きく変化が起こるのではと考えています。
佐藤:オリンピックということで、様々なスポーツがメディアで取り上げられることも多くなると思います。スポーツ振興面から、各競技団体が期待することも大きいのではないでしょうか。
相原氏:競技面では、2020年大会で活躍することで、一気に認知度が上がるチャンスのため、マイナー扱いされていた競技に光が当たります。かつてカーリングを知っている人などほとんどいませんでした。ただし活躍できないと逆のことにもなりかねないため、2020年大会が勝負で、そこで競技の明暗がはっきりするかもしれません。
佐藤:相原先生は日本のトップリーグ(注1)に対するお仕事もされていましたが、トップリーグでも2020年大会に向けて、何か具体的な取り組みが進んでいるのでしょうか。
相原氏:今の所は選手強化の範疇を出ていないと感じます。スポーツは競技、産業、教育の3つの側面がありますが、現状としてはそれぞれのポテンシャルを十分に生かし切れていないのが状況です。日本のトップリーグ経営は、組織としてのマネジメント・ガバナンスが弱いという問題があり、組織マネジメントのプロが入っていくことが求められます。教育面からみると、日本の体育は単なる勝ち負けを追求するスポーツではなく、規律やルールを教える有効な教育ツールとなっています。例えば、途上国にスポットで体育専門家を派遣するより、体育教育システムそのものをノウハウとして提供するようなやり方をしても良いのではないでしょうか。Jリーグでは、運営の仕組みを丸ごとアジアで支援するなどといった取組も既に行われています。また、2020年にはエリート教育を考える良い機会と考えています。
佐藤:大会の盛り上がり、スポーツ基本法に掲げられたメダル目標を達成という面でも選手強化は必須でしょうが、日本ではエリート教育という言葉に抵抗が大きい気もします。
相原氏:今の時点でもナショナルトレーニングセンターなどで集中的な強化を行っている競技もありますが、エリート教育は単に運動に秀でた選手を育成するのではなく、文武両道を目指すもので、実際に選手になるのは1/4くらい、選手にならなくとも、それ以外の分野で秀でた能力を発揮できる人材育成です。ボーディング・スクール(注:全寮制の寄宿学校)に近いイメージかもしれません。
佐藤:パラリンピックについての展望は如何でしょうか。
相原氏:2020年大会はパラリンピックの転機になるのは間違いないと思います。選手強化もオリンピックと一括化されました。障がい者と言っても全員が全ての場面で手厚い介護を必要としているものではありません。バリアフリーが常識の欧米では障がい者も一人で移動しますし、競技としてもスピード感があります。パラリンピックを通して障がい者に対する弱者感の打破に繋がるのではないでしょうか。
TOKYO2020への期待~地方創成を考えたい
佐藤:2020年東京大会への期待や、メッセージをいただけますか。
相原氏:2020年東京大会を通じて、地方創成をどうするか、地方への繋げ方に興味を持っています。1964年大会も開催後に経済活動が一時的に減衰しており、今回もその様なことが起こる確率は高いと思っていますが、如何にV字回復ができるか、専門のチームを立てて考えても良いくらいではないかと思います。医療や健康という大きな問題に対して、スポーツの機能が役立つ面があるでしょうし、そういった新たな需要に対して、地方が新たな幸せの価値観を提供できるようになれば面白いと思います。なお、地方でも大会前の合宿誘致が盛り上がっていますが、一過性のもので終わってしまわないか危惧はしています。
佐藤:ありがとうございました。
(インタビュー日:2014年10月23日)
相原正道氏
福山大学 経済学部 准教授
1971年 東京生まれ。2006年 筑波大学大学院を終了し、東京ヤクルトスワローズ「F(古田敦也選手兼任監督)-PROJECT」メンバー。2007年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会事業部門マネージャーとして活躍。2012年より福山大学経済学部経済学科准教授就任。大学連携協定において、東京都オリンピック・パラリンピック招致推進部へ出向。2016年と2020年の2度、招致活動を経験した日本で唯一の研究者。著書に「ロハス・マーケティングのススメ」等
女子サッカー、バレーボール、バスケットボール、ハンドボール、ラグビー、アイスホッケー、ホッケー、ソフトボール、フットサル、アメリカンフットボール、サッカー(JFL)競技における日本の最高峰リーグが加盟
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