仕事とがん治療の両立 ~AYA世代が抱える課題~~AYA世代が抱える課題~

2019/05/28 野田 鈴子
医療福祉政策

1.若年層に対する支援の現状

AYA世代という言葉をご存じだろうか。AYAとは、Adolescent and Young Adultの頭文字をとった言葉で、日本では「思春期・若年成人」といわれる世代(一般的に15歳から39歳)を指す。国立がん研究センターが2018年に公表した推計によれば、1年間にがんと診断される数は、15~19才で約900例、20歳代で約4,200例、30歳代で約16,300例であり、AYA世代全体では約21,400例とされる1)。他世代と比べるとがんの患者数が少なく、疾患構成が多様であることから、これまでがんに罹患したAYA世代に対する支援は十分に行われてこなかった。しかしながら、AYA世代のがん患者は、進学や就職等のライフイベントが集中する年代でもあることから、治療以外にも多様な課題に直面していることが近年明らかになっており、この世代に対する支援に世界的に注目が集まっている。日本においても、平成30年3月に閣議決定された「がん対策推進基本計画(第3期)」の中に、AYA世代のがんに対する診療体制の構築と、多様なニーズに応じた情報提供や相談支援・就労支援を実施できる体制整備の推進が盛り込まれ、国として支援を行っていくことが明確に示された2)

2. がん治療と仕事の両立においてAYA世代が抱える課題

では、こうしたAYA世代は具体的にどのような課題を抱えているのだろうか。先ほど述べたとおり、AYA世代が抱える課題は年齢や本人のおかれた状況によって多様だと考えられるが、その中でも多くのAYA世代が直面するであろう課題が就労である。本稿では、特に治療と仕事を両立しながら働いているAYA世代が抱える課題に着目する。近年がん治療と仕事の両立支援の重要性に注目が集まっており、企業においても様々な取組がなされるようになってきているが、支援の対象となる年代はおおよそ20代から60代まで幅広く、世代によって抱えている課題や必要な支援は異なることが想定されるためである。
弊社が実施したがん治療と仕事を両立している方を対象としたアンケート調査の結果によると、「仕事の都合により、がんの治療の予定を変更することがあったか」という設問について「よくあった」「ときどきあった」と回答した割合は、30代以下では約3割にのぼっており、他の年代に比べて高い割合となっている。若い世代ほど自身の仕事の進め方に対する裁量がないと考えられることから、治療よりも仕事を優先せざるをえない場面に多く直面している可能性がある。

 

図表1 年代別 仕事の都合により、がんの治療の予定を変更することがあったか

資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2015)「がん治療と仕事の両立に関する調査」
※調査概要は本稿末に記載

また、治療をしながら働く上で困難であったことをみると、30代以下では他世代と比べ多くの項目が高い割合となっており、特に「治療・経過観察・通院目的の休暇・休業がとりづらい」「体調や治療の状況に応じた柔軟な勤務ができない」「病気や治療のことを職場に言いづらい雰囲気がある」といった項目において、他の年代との差が大きくなっている。

 

図表2 年代別 治療をしながら働く上で、困難であったこと

 

資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2015)「がん治療と仕事の両立に関する調査」

さらに、罹患後の就業継続状況をみると、罹患当時の仕事を辞めたとする割合は、60代に次いで30代以下で高くなっている。

 

図表3 年代別 罹患後の就業継続状況

資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2015)「がん治療と仕事の両立に関する調査」

こうした結果をふまえると、AYA世代が治療と仕事の両立に直面した場合、他の世代に比べて病気のことを職場に伝えることへのハードルが高く、その結果治療のための休暇や柔軟な勤務制度を利用しづらく、治療と仕事を両立できずに退職に至ってしまう確率が高くなっていることが推測される。もちろん、がんに罹患したことで人生観が変わり、新しい人生を踏み出すために退職を選択する方もいるだろう。しかし、本人は働き続けたいと考えており、適切な支援があれば就業継続が可能であるにもかかわらず、支援を受けられないばかりに退職を余儀なくされてしまうというケースも少なからずあると考えられる。

3. 企業におけるAYA世代への支援のあり方

それでは、こうしたAYA世代の両立を支援するために、企業にはどのような対応が求められるのだろうか。
まず重要だと考えられるのは、企業ががん治療と仕事の両立を支援するという姿勢を明確に示し、社員全体に周知するとともに、管理職の立場にある社員を中心に治療と仕事の両立に関する研修や情報提供等を実施することである。40~50代であれば、管理職等の立場になることも多く、特に会社に伝えずとも自分で勤務時間を調整することが可能な場合もあるだろうが、AYA世代でそうした立場にある者はごく一部であり、多くは上司の指示のもと業務を遂行していると考えられる。その場合、会社や上司の理解が得られそうになければ、治療に関する相談をすることが難しく、結果的に治療よりも仕事を優先してしまうということになりかねない。会社として治療の両立支援に対する明確な姿勢を示し、管理職にも適切な理解を広めることで、若い世代も安心して相談ができる環境を整えていく必要があるだろう。
そのうえで、治療と仕事を両立しながらのキャリア形成が可能となるよう、かけた時間ではなく、時間あたりの生産性を評価する仕組みを用意することも重要であると考えられる。治療のために休業を取得したり、短時間勤務や残業免除となった際に、やりがいのある仕事ができず、その後のキャリア展望が描けないようだと、特にAYA世代にとっては仕事を続けていく意味が見いだせなくなってしまう可能性が高い。業務の質は落とさず、治療スケジュールや体調に応じて量を調整するというマネジメントを職場の管理職が行うことで、前向きな就業継続を促すことができると考えられる。あわせて、時間制約のない社員についても長時間労働を前提とするのではなく、限られた時間で効率的に成果を出す働き方に変えていくことも重要であろう。
AYA世代に着目した支援はまだ始まったばかりであり、彼らの抱える課題やニーズについてもさらなる調査を通じた検討が必要である。今回は就労中にがんと診断された層を対象とした調査であるが、就労前にがんに罹患しているAYA世代は就職活動の場面でも困難に直面していることが予想される。また、今回は正社員を対象としていたが、非正規雇用の場合、休業制度などが利用しづらいなど正社員とは異なる課題があることも想定される。今後ともさらなる実態把握を重ね、有効な支援方策について検討していきたい。


1)国立がん研究センターがん情報サービス「小児・AYA世代のがん罹患」(2019年5月21日閲覧)
2)厚生労働省「がん対策推進基本計画(第3期)」2018年3月

【弊社実施調査概要】
「がん治療と仕事の両立に関する調査」(2015年8月実施、インターネットモニター調査)
■調査対象:がん罹患時に正社員として勤務しており、調査時点も就業を継続している65歳以下の男女(罹患後10年以内、1次産業・公務員を除く)
■有効回答数:978名(男性670名、女性308名)
※本調査の対象には、がん罹患後に離職しその後復職していないケースが含まれていないことに留意が必要

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