食選択の倫理化(前編)―食選択の質的変容と輸出政策への影響―

2021/12/22 秋山 卓哉

はじめに

食選択に倫理を問う声が高まっている。本来、何を食べるかは個人の自由に委ねられるべきものである。しかし、現在では他者、それも私たち人間だけでなく動物や地球環境に配慮して食べるものを選択すべきと考える人たちの声が大きくなっている。本稿はそうした食選択の倫理化の背景とそれが我が国の農林水産政策に与える影響、そして将来的に問題になるであろう、あるべき食選択をめぐる主張の対立の調整方法を検討するものである。

前編では食選択の質的変容の一つの現れである倫理的ベジタリアニズム(菜食主義)と、我が国の畜産物輸出をさらに促進するにはこうした食選択の倫理化に対応する必要があることを整理する。後編では、食選択の倫理化によって望ましい食選択や優先されるべき価値をめぐって主張が対立するとき、どのようにその対立を調整すべきかを検討する。あるべき調整方法の考察では、「他者危害原則」や「より制約的でない他の手段(Less Restrictive Alternative: LRA)の基準」という概念が重要であることを説明する。

1. 個人の自由だった食選択

食べるべきものをめぐる飲食論は以前から存在する。その典型の一つがグルメ論である。グルメにおいて日本は世界有数の美食国であり、美食のガイドブック『ミシュランガイド東京』で一つ星以上を獲得したレストランの総数は他国の都市を大きく上回る。ミシュランで星を獲得するような高級レストランでなくとも、定食やラーメン、ご当地グルメなど、日本各地でB級から高級まで多種多様な美食を私たちは堪能できる。

日本で今日的なグルメブームが興隆したのは1970年代から1980年代である。この頃から食文化が世間の話題となり、マスコミに盛んに取り上げられるようになったといわれる1。食事の目的に占める生命維持の位置づけは低下し、楽しさや美味しさを求める成熟の時代に入った。懐石料理やフレンチ、高級ホテルでの食事といった従来は非日常的だったごちそうや高級料理が、私たち一般の人々にも手が届くようになった。

そうしたグルメブームに眉を顰める人もいた。食のうんちくを語ることははしたないという風潮も残っており、浅薄なグルメブームを批判する漫画『美味しんぼ』の連載がスタートしたのは1983年のことである。美味しんぼに登場する山岡士郎と海原雄山は自称グルメたちのレベルの低さを批判する一方で、彼ら自身「究極のメニュー」と「至高のメニュー」を競い合った。実際、原作者の雁屋哲氏のモチベーションは、浮ついたグルメブームに警鐘を鳴らすことにあり、1980年代には良い加減な料理を出す店のやり方を暴いたり、価値を知らない客の問題を取り上げたりする作品が多かった2。日本版『ミシュラン』も大きな話題になった一方で、欧州基準では日本の伝統的食文化を正しく評価できないといった批判も同じくらい大きかった。生活史研究家の阿古曰く、「批判の中心は、その人が良いとは思っていない店が選ばれ、良いと思う店が載っていないことへの不満だったようだ3」と述べている。日本ではエリートの特権意識を感じさせるためか評判の悪いグルメ論であるが、美食の国フランスでは、美食(学)は「善く食べること」や「善く生きること」を意味しており、むしろ庶民の実生活に根付いたニュアンスを持っているともいわれる4。このようにグルメをめぐる議論は多様な意見が存在し、まさに百家争鳴の様相を呈している。

しかし、どんなに白熱しようとグルメ論は結局のところ個人の好みの問題でしかない。というよりも個人が選択する権利が認められるべき、と言ったほうが良いかもしれない。英語には、“You are what you eat”(あなたはあなたが食べるもので決まる)という慣用表現がある。この慣用表現を受けて、哲学者の竹之内は「食の選択は、各人のアイデンティティと不可分の関係をもつ5」と言う。食選択が各人のアイデンティティと不可分の関係をもつのであれば、自己のアイデンティティ確立のため食選択の自由はできるだけ尊重されなくてはならないといえるだろう。

2. 倫理となった食選択:倫理的ベジタリアニズムの拡大

一方、今日、食選択をめぐる議論は圧倒的に複雑さを増している。私たちの食選択が他者(人間以外も含む)に与える影響への関心が高まり、食選択が倫理的に重要な問題とみなされるようになってきたのである。上述のとおり、私たちには食選択の自由がある。にもかかわらず、食選択の倫理性が今日問われるようになったのは、私たちの食選択が他の人々や動物、地球に影響(それも悪影響)を与えていると認識されるようになったからであり、その悪影響を防ぐために食選択の自由に一定の制約を課したり(食べたいものを我慢する)、悪影響を減らす選択をしたりすべきと考える人々が増えている(ないし、そうした人たちの発言が大きくなっている)からだと言える。

倫理的な食選択の現れの一つがアニマルウェルフェア(動物福祉。動物の快適性に配慮した飼養管理)や環境負荷軽減を根拠とした、倫理的な理由によるベジタリアニズム(菜食主義)やヴィーガニズム(完全菜食主義)である。ベジタリアニズム自体は昔から存在する。インドのジャイナ教が一切の肉食を避けることはよく知られているし、ヒンドゥー教や仏教も肉食を避ける傾向にあり、日本で明治期まで肉食文化が発展しなかったのは仏教の影響によるところが大きい。また、著名な西洋哲学者であるデカルトやベーコン、ニュートンたちもベジタリアンだったといわれる。

ベジタリアニズム自体の歴史は長いが、伝統的なベジタリアニズムは、あくまで個人の信条や嗜好ないし自分自身への配慮という性格が強い。デカルトやベーコン、ニュートンがベジタリアンになった理由は不明である6。単に味が嫌いだったのかもしれないし、健康への配慮から肉食を絶ったのかもしれないし、肉を食べると頭の回転が鈍ると思ったのかもしれない。彼らがベジタリアンになった理由は推測するほかないが、動物や地球環境への配慮からベジタリアンになった可能性は低いだろう。

こうした伝統的なベジタリアニズムに対して、今日のベジタリアニズムは、動物への配慮や畜産から排出される温室効果ガスといった環境負荷の軽減などを理由としており、宗教的戒律や個人の嗜好以外を動機とするものに広がっている。

図表 1 食選択をめぐる議論の質的変化
食選択をめぐる議論の質的変化

こうした新しいベジタリアニズムを倫理的ベジタリアニズムと仮に総称するとしても、肉食制限に求める厳しさには差異がある。肉に限らず動物由来食品を完全に避ける人もいれば、人道的な飼育方法によって生産された家畜の肉製品であれば許されるという人もいれば、肉食は継続して楽しみつつ一部を代用肉など植物由来食品に切り替えるという人もいる。肉食をめぐる各立場と動物由来食品への許容度は以下のように分類できる。

図表 2 倫理的ベジタリアニズムの分類

立場 見解 卵・乳製品 魚肉
① 倫理的肉食主義 アニマルウェルフェアに基づいて飼育された家畜由来の肉や肉製品であれば許容される。
② フレキシタリアニズム 植物由来食品が中心という点でベジタリアニズム的であるが、肉や魚も許容される
③ 倫理的ベジタリアニズム(狭義)※ 肉や肉製品を食べるのは控えるべきであるが、卵や乳製品は許容される。 ×
④ 倫理的魚菜食主義 家畜など陸生動物の肉は食べないが、魚は許容される。 × ×
⑤ 倫理的ヴィーガニズム 動物を食べるのを控えるだけなく、牛乳やチーズなど畜産物を食べることや魚肉も許容されない。 × × ×

※本稿では①から⑤のすべてを包含する立場を広義の倫理的ベジタリアニズム、肉は控えるが一部の動物由来食品は許容する立場を狭義の倫理的ベジタリアニズムとする。
(出所)各種資料をもとに筆者作成。

今日の倫理的ベジタリアニズムの特徴は、その主張が観念的レベルにとどまらない点にある。欧州連合(EU)では家畜のアニマルウェルフェアに関する様々な基準が策定されているが、それらの基準は動物行動学や獣医学の研究成果に基づいている。数々の動物実験の結果、反射的行動しかとらない生物以外ではどの動物でも苦痛主観が存在するのは妥当であると考えられている7。人間以外の動物も感覚能力があり(sentient)、適切な理由なく他者に苦痛を与えることが倫理的に許容されないとするならば、感覚能力がある動物に苦痛を与えることは許容されないはずであり、家畜利用自体を減らすか、仮に肉食を許容するとしても苦痛を伴う飼育方法は許されない。このようにアニマルウェルフェアに基づく倫理的ベジタリアンは考える。

環境負荷軽減を求める倫理的ベジタリアニズムからは、畜産由来の温室効果ガス排出量が肉食削減の根拠として提示される。国際連合食糧農業機関(FAO)によると、家畜からの温室効果ガス排出量は世界全体の14.5%に相当し、特にウシは畜産からの排出量の約65%を占めているとされる8。倫理的ベジタリアニズムはこうしたデータをもとに環境負荷を軽減する食選択として植物由来食品を推奨するのである。たとえば、英医学誌ランセットを中心としたEAT・ランセット委員会は「地球を健康にする食事法(Planetary Health Diet)」を公表しているが、それによると、肉類や乳製品が完全に排除されているわけではないものの、ハンバーガーは週1回、ステーキは月1回しか食べられない。タンパク質は基本的に植物から摂取することが推奨されている。

図表 3 地球を健康にする食事法における食事バランス
円グラフ 地球を健康にする食事法における食事バランス
出所:The EAT-Lancet Commission on Food, Planet, Health, “The Planetary Health D

3. 食選択の倫理化と政策的含意:欧米で厳格化されるアニマルウェルフェア関連政策と日本の畜産物輸出政策への影響

食選択の倫理化が進めば、消費者の購買行動も変化するし、それに伴い食品やその原材料を供給する食産業や農林水産業は対応を余儀なくされる。また、法規制によってこうしたトレンドを後押ししようとする国や自治体も現れる。本章ではアニマルウェルフェアに関する海外での規制強化の動向とそれが我が国の畜産物輸出政策に与える影響を整理し、農林水産業振興の観点からも食選択の倫理化への対応が待ったなしであることを示したい。

海外ではアニマルウェルフェアへの意識が高まり、欧米諸国を中心に関連する法整備が進んでいる。国際的にも動物衛生の向上を目的とする国際機関であるOIE(国際獣疫事務局)で2000年代前半からアニマルウェルフェア改善のための基準策定が進められるなど、OIE加盟国である我が国も世界標準のアニマルウェルフェアに取り組むことが一段と求められる状況にある。

アニマルウェルフェアの意識向上は人々の消費行動にも影響を与えはじめている。人や社会・環境に配慮した消費行動であるエシカル消費(倫理的消費)が欧米で広がりつつあるが、エシカル消費の構成要素の一つに動物への配慮(人間が動物に対して与える痛みやストレスといった苦痛を最小限に抑えることによってアニマルウェルフェアを実現すること)が含まれている。エシカル消費という言葉を生んだイギリスのボイコット・バイコット情報誌Ethical Consumerは動物、環境、人間、政治、サステナビリティの5つのカテゴリーに基づき倫理的な観点から望ましい店や企業をランク付けしている。

上述のとおり欧米諸国ではアニマルウェルフェア関連の法整備が進んでいるが、近年では法律によりアニマルウェルフェアの基準を満たさない畜産物の市場流通を制限する規制強化の動きがみられる。2020年5月に発表されたEUの新たな農業戦略「農場から食卓へ戦略(Farm to Fork)」の中で、アニマルウェルフェア取組み強化の一環としてEUレベルの統一ラベル表示について検討することが掲げられている9。仮にラベル表示が導入された場合、ラベル表示がなくても市場流通自体は妨げられないものの、消費者からは敬遠されるおそれがある。そのため、域外国であってもEU市場に畜産物を輸出したいのであればラベル基準を満たした畜産物生産にシフトする必要が生じるだろう。

また、米国カリフォルニア州では2022年1月より家畜監禁に関するカリフォルニア州法プロポジション12が施行される10。これは家畜(採卵鶏、繁殖雌豚、子牛)の飼育床面積の最低基準を規定した州法であり、基準を満たしていない畜産物はカリフォルニア州内での市場流通が禁止される。米国の新聞報道でもこの州法によりベーコンなどの豚肉製品や卵の値段が高騰するといった記事が出されていて、特に豚肉ではこの基準を満たしている豚肉生産者は全米で4%しか存在しないとも指摘されている11。なお、カリフォルニア州政府は12月に入り州法実施のための規制案を改訂しパブリックコメントを募集している段階にある。米国の畜産業界団体は州法の施行を遅らせるよう要求するなど12、州法が実際にどのように運用されるかは本稿を執筆している12月上旬でも見通しがたい状況にある(パブリックコメントの募集期間は12月3日から15日まで)。とはいえ、規制強化は時代の趨勢となりつつあり、アニマルウェルフェアを満たさない畜産物が海外市場で流通できない、または著しく流通が制限される事態が懸念される。

折しも2020年4月に「農林水産物及び食品の輸出の促進に関する法律」が施行されたとおり、我が国は国を挙げて畜産物を含む農産物・食品の輸出拡大に力を入れているところである。日本の畜産物輸出も増加傾向にあり、2020年の畜産物輸出額は過去最高の593億円を記録している(なお、2021年は10月までの累計で畜産物輸出額は690億円を超えており、2021年度も過去最高を更新することが確実である13)。

図表 4 日本産畜産物の輸出実
円グラフ 地球を健康にする食事法における食事バランス
出所:農林水産省「畜産物の輸出について

畜産物の輸出実績は伸びているが、日本政府の目標はさらに野心的である。2020年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」で、農林水産省は、2030年までに農林水産物・食品の輸出額を5兆円とする目標を掲げ(中間目標として2025年に2兆円)、目的達成のため2020年4月に創設された「農林水産物・食品輸出本部」の下、関係省庁と連携して更なる輸出拡大に取り組むとしている。2030年の畜産物の輸出目標額は約4,600億円であり、その8割程度を牛肉輸出が担うことになっている。過去最高となった2020年の畜産物輸出額の593億円と比べて、10年間で輸出額を7倍から8倍に伸ばさなければならないのである。

図表 5 2030年の畜産物輸出目標額

品目 輸出目標額
牛肉 3,600億円
豚肉 60億円
鶏肉 100億円
鶏卵 720億円
牛乳・乳製品 720億円
合計 4,676億円

出所:農林水産省「畜産物の輸出について」をもとに筆者作成。

アニマルウェルフェアへの配慮を求める消費者が増えれば、彼らを相手に食品や農産物を販売する産業サイドも変化が求められる。その意味で輸出拡大という農林水産業政策の観点からもアニマルウェルフェア強化の流れへの対応は必須といえる。しかし、我が国の輸出政策においてアニマルウェルフェアの優先度は非常に低く、2020年11月策定の『農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略』で提示されている課題は生産基盤の強化や加工・流通施設の整備、プロモーションや販路開拓の促進が中心で、アニマルウェルフェアへの言及はない14。これはアニマルウェルフェアへの対応がすでに十分で、何ら追加的な対応が不要だからではない。むしろ、欧州等の水準と比較すると日本の畜産業界のアニマルウェルフェアの水準は遅れているともいわれる15。アニマルウェルフェアへの対応は倫理的観点から必要であるのみならず、我が国の畜産物輸出拡大のためにも今後避けられなくなるものと考えられる。

以上、前編では食選択の質的変容の一つの現れである倫理的ベジタリアニズムとそれが我が国の畜産物輸出政策に与える影響を整理した。後編では、食選択の倫理化をめぐる主張の対立について、その望ましい調整のあり方について検討する。

 


1 加藤純一『現代食文化考現学』三嶺書房、1989年、3頁。

2 阿古真理『日本外食全史』亜紀書房、2021年、41頁。

3 阿古『日本外食全史』61頁。

4 上田遥『食育の倫理と教授法―善き食べ手の探究―』昭和堂、2021年、6-7、14頁。

5 竹之内裕文「序 農と食の新しい倫理を求めて」秋津元輝・佐藤洋一郎・竹之内裕文(編著)『農と食の新しい倫理』昭和堂、2018年、7頁。

6 ポール・B・トンプソン(太田和彦訳)『食農倫理学の長い旅-<食べる>のどこに倫理はあるのか-』勁草書房、2021年、32頁。

7 佐藤衆介『アニマルウェルフェア―動物の幸せについての科学と倫理―』東京大学出版会、2005年、34-36頁。

8 FAO, “Key facts and findings

9 European Commission, “Animal welfare labelling

10 プロポジション(proposition)とは住民投票に付されることが決定した提案で、提案には通し番号が付けられる。カリフォルニア州では住民投票の結果が直接効力を持ち、法律として成立する。

11 “Bringing home the bacon will soon cost more in California. For good reason, animal advocates say,” The Washington Post, August 3, 2021.

12 CDFA Proposes Revised Prop 12 Regulations, Opens for Public Comment” Farm Journal, December 3, 2021,

13 農林水産省「2021年10月 農林水産物・食品の輸出額

14 農林水産省『農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略』2020年

15 英国の動物保護団体ワールド・アニマル・プロテクションは、A~Gの7段階評価による動物保護指標を作成し、世界50カ国の動物保護やアニマルウェルフェア関連の法律・政策に関して15項目から評価している(Aが最高評価)。同指標2020年版の総合評価では、英国はB評価、日本はE評価を受けており、個別項目では「農用目的で飼養される動物の保護」について、スウェーデンがB評価、英国やフランス、ドイツ、スペイン、イタリアはD評価、日本はG評価となっている。Animal Protection Index

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