「#教師のバトン」から1年。ツイート激減から見える、学校現場の意見を表明する機会と尊重される機会「こども基本法案」で描く子どもの意見表明権と、教師の権利
Twitterを利用する読者の中には「#教師のバトン」を目にしたことがある人もいるのではないだろうか。約1年前に文部科学省は「#教師のバトン」プロジェクト1を立ち上げ大きな盛り上がりを見せたが、現在、その盛り上がりは陰りを見せている。
本稿では、この陰りの一因として、意見表明をする機会だけでなく、意見が尊重される機会の重要性に着目し、学校現場で共に時を過ごす子どもと教師の「意見を尊重される機会」について重なり合う部分を見出す。
「#教師のバトン」プロジェクトから1年経った現在 ―ツイート数激減の理由―
約1年前の2021年3月26日、文部科学省は「#教師のバトン」プロジェクトを立ち上げ、Twitterやnoteを活用し、学校での働き方改革による職場環境の改善等に関する取り組みを教師等が投稿することを促した。その結果、2021年4月30日時点のNHKの特集記事によれば、2021年3月末からの1ヶ月間は22万5千件以上のツイート2がある等、大きく話題となった。
当初この取り組みは、SNSでのフラットな意見3の投稿を通じ、全国の学校現場の取り組みや、日々の教育活動における教師の思いを社会に広く伝え、教職を目指す学生・社会人の準備に役立てることを目的としていた。しかし実際の投稿は、残業や部活動対応などの厳しい労働実態に関するものが多く、この盛り上がりを「炎上」とする報道も相次いだ。
確かに当初目的とした教師の魅力向上に直接資する投稿で盛り上げるという点は十分達成されなかった。一方で、現職の教師自身が自らの抱える労働問題について意見を表明でき、切実な課題がこれまで以上に広く認識されるという大きな効果をもたらした点において、文字通り画期的な取り組みだったと言える。
ところが、そこから約1年が経った2022年4月28日現在、過去1か月間の「#教師のバトン」のツイート数は1万4473件となり、教師のバトンに関する投稿は当時の6%程度にまで減っている。これだけツイート数が激減した要因は何か。「#教師のバトン」のツイートの関連ワードを比較して、内容の変化を見てみよう。
左図のとおり、1年前は残業や労働、勤務時間など労働環境に関する指摘や部活動に関する意見が多かった。現在も、右図のとおり1年前と同様に過労死などの働き方や部活動への意見が確認できる。またそれらに加えて、保護者など他の発信主体や情報源を契機とする意見も加わっている。
この2つの図を見比べる6と、教師からの声の内容には大きな変化はなく、「死ぬかも」といった深刻な状況を表現する新たなワードも目につく。また1年前も現在も共通して、ネガティブな回答がほとんどを占める7点も勘案すれば、総じて教師を取り巻く厳しい労働環境の実態を吐露する声が多く、一部には、一年前と比較して状況がさらに深刻化していることを訴えるものもある。
しかし、1年前と比べると教師自身が発信主体となるものと同程度以上に保護者など別の主体の発信が目立つことや、別の情報源(ネットニュースやブログ記事等)が個別のキーワード以上に確認できる様子からは、「#教師のバトン」の内容のうち、教師自身が実体験に基づいて届ける声の数が減少している可能性がうかがえる。
さらに、これらの教師の悲痛な声に対して、文部科学省が十分な対応をしていない点を指摘する意見もあり、この指摘では「事実上、放置」との記載もある8。この点、文部科学省において、労働環境改善に関する対応策が取られていないということはないと考える。実際、教育公務員特例法及び教育職員免許法の一部を改正する法律案9の提出など、具体的な対応策が講じられている。但し「#教師のバトン」ウェブサイトはプロジェクト開始当初に比べ新規コンテンツが高頻度で更新されている状況とは言えないのも事実である。
これらを重ねて論じれば、「#教師のバトン」のツイート数が激減した一因には、「声をあげても、その声を“しっかり”受け止めてくれないのでは」という教師の諦めのような感情があるのではないだろうか。そして、発信が継続せずバトンが繋がりにくい状況を迎えているのではないだろうか。
声をあげる機会だけでなく、意見を「尊重する」ことの必要性―「こども基本法案」から見る意見の「尊重」―
上述の教職公務員特例法等の改正案と同じくして、第208回通常国会には、こどもの基本的人権を尊重することが規定された「こども基本法案」(衆法25号)10が提出され、現在も審議が進められている。
この法案の第3条では「全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会が確保されること」が記されている。さらに、この規定の次には「全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮されること」も定められている。
この法案からは、声をあげる機会を認めるだけでは不十分で、その意見がしっかりと受け止められ、尊重されることの重要性をうかがうことができる。
では、この「こども基本法案」で描かれるこどもの意見表明・尊重について、教師はどの程度認知しているのだろうか。
子どもの権利を知らない教師は、自身の意見を表明する機会・尊重される機会を理解しているか
「こども基本法案」の基盤にある子どもの権利条約11で謳われる子どもの権利の保障には、子どもが多くの時間を過ごす学校生活での権利保障が欠かせず、教師の果たす役割は大きい。しかし、こどもの意見表明・尊重の権利について、教師が十分に理解しているとは言えないことが以下の調査により新たに明らかになった。
2022年3月に公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが実施した子どもの権利に関する教師向けの調査(学校生活と子どもの権利に関する教員向けアンケート調査12)では、「意見を聴かれる権利13」については約4割弱の教師が、子どもに認められている権利として認識していなかった。
子どもの権利条約批准から28年経つ現在もなお、意見表明権を十分に理解していない教師が4割弱いる実態を見ると、一つの懸念が浮かび上がる。それは、子どもの権利を知らない教師は、翻って、教師自身にある「意見表明権」を認識し、十分意見を表明し、尊重されているのだろうか。これは「#教師のバトン」プロジェクトに限らず、職員会議等の場でも同じ懸念が当てはまる。この点、内田良氏等による『#教師のバトンとはなんだったのか14』において、「教育現場では「もの言わぬ教師」と言われて久しい」とし、「身バレ」への不安や「日本が長年作り上げてきた「聖職的教師像15」」の呪縛によって教師は本音を言えなかったと考察している。
子どもの権利を保障するためにも、教師自身の声を“しっかり”受け止める仕組みが必要ではないか
「もの言わぬ教師」がSNSを通じて、やっと絞り出しはじめた声。その声の高まりである「#教師のバトン」を一過性のものとして終えるのではなく、声を出し、受け止め、また新たな声を出す循環に繋げ、ネガティブな声だけでなくポジティブな声をも拾い上げる場に発展させていく必要がある。「言いっぱなし」と誤認されぬよう、“しっかり”受け止めた結果としてさまざまな政策が日々改善に向かっており、声と政策が対応関係にあることを、継続して分かりやすく伝える仕組みが必要ではないだろうか。
そして、この仕組みづくりの検討に際して、「自分自身の意見を言う機会・尊重される機会は、子どもも、教師自身も、誰にとっても当たり前に認められるものだ」と認識できていない教師が一定数いる現在地を見つめ、議論を進める必要があるだろう。教師が学校において自身の意見を安心して発信し続けられることは、教育基本法第一条に定められる「平和で民主的な国家及び社会の形成者」を育てるという教育目的を達成16するだけでなく、「こども基本法案」が目指す子どもの権利保障にも繋がると考えられる。
- 文部科学省ウェブサイト
- NHK特集記事「「子どもたち、ごめんね」 “#教師のバトン”は、いまどこに?」
- 萩生田光一文部科学大臣記者会見録(令和3年3月30日)
また、投稿に際しては所属長からの許諾等が不要である点も大きな特徴である。(詳細は内田良氏の記事を参照されたい。) - 脚注2に同じ
- HASHTAGIFY提供ツールから作成。
- 分析ツールが異なる可能性がある点、留意が必要。
- 前述の内田良氏の記事。また直近1ヶ月のYahoo!のリアルタイム検索における感情の割合はポジティブが14%であるのに対し、ネガティブは86%となった。
- 東京すくすく寄稿記事
- 文部科学省ウェブサイト
- 衆議院ウェブサイト
- 同条約でも子どもの意見表明権や、子どもの最善の利益は規定されている。詳細は日本ユニセフ協会のウェブサイトを参照されたい。
- セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンウェブサイト
(調査結果の詳細は https://www.savechildren.or.jp/scjcms/dat/img/blog/3897/1650252581609.pdfを参照されたい。) - 「子どもは自分と関わりあるすべての事について意見を表明でき、その意見は正当に重視される。」という選択肢を子どもの権利としてふさわしいと思うかどうか選択する設問。正解の「ふさわしい」を選択した教師は64.1%に留まった。
- 内田 良 著 , 斉藤 ひでみ 著 , 嶋﨑 量 著 , 福嶋 尚子 著『#教師のバトンとはなんだったのか 教師の発信と学校の未来』(岩波ブックレット 2021)
- 同著では「教師は時間や賃金に関係なく児童生徒のために尽くすもの」としている。
- 脚注14に同じ
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