消費ベースの温室効果ガス排出量もネットゼロへスウェーデンが世界で初めて消費ベース排出量の削減目標を設定

2022/05/27 森本 高司
気候変動
カーボンニュートラル

1. スウェーデンが世界で初めて消費ベース排出量の削減目標を設定

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書に関する第3作業部会が2022年4月に公表した報告書では、各国がパリ協定の下で提出している「国が決定する貢献(NDC)」で示された2030年排出削減目標が達成されたとしても、21世紀中に産業革命以降の気温上昇が1.5℃を超える可能性が高いとの見込みが示された。2030年までの10年は「決定的な10年」と呼ばれており、2030年までに温室効果ガス排出量を大幅に減少させなければ、気温上昇を1.5℃に抑制することは極めて困難になる。各国に対し、1.5℃目標を達成するための排出シナリオと整合した形での2030年排出削減目標の再設定や、2050年カーボンニュートラル目標の設定が求められている。

このような状況の下、スウェーデン議会の環境目標委員会は、スウェーデンにおける消費ベース排出量の削減目標に関する提案を発表した。本提案には、2045年までに消費ベース排出量をネットゼロとする削減目標が含まれており、議会における8つの政党すべてが賛同している。この提案が法制化されれば、スウェーデンは世界で初めて消費ベースの排出量に関する目標を設定した国となる。

2. 消費ベースの温室効果ガス排出量とは?

気候変動枠組条約やパリ協定の下で各国が設定している温室効果ガス排出削減目標は、各国の領土内から排出された温室効果ガスの排出を対象としており、これを「生産ベース」の排出量と呼ぶ。それぞれの国内では発電所や工場等で化石燃料が燃焼され、CO2を初めとした温室効果ガスが大気中に排出されている。これら発電所や工場等において生産された電力や工業製品が他国に輸出されるなど、その生産活動が他国での需要を満たすためのものであったとしても、当該生産に伴って発生した温室効果ガス排出量は、その生産場所に基づいて計上される。逆に言えば、生産時に多くの温室効果ガスを排出するような製品を自国内で大量に消費したとしても、それらが他国で生産され輸入されたものであれば、当該製品の生産に伴う自国の温室効果ガスの排出はゼロとなる。

あらゆるモノやサービスが国際的に取引されている現代社会を踏まえると、生産ベースでの温室効果ガス排出量は、商品等の消費実態に伴う排出量を正確に捉えておらず、グローバルな排出量を管理していく上で適切ではないとの意見もある。現実にはあり得ない極端な例だが、仮に自国内で消費する全ての商品を輸入し、自国で全く商品を生産しないのであれば、当該国の生産ベースの排出量は大幅に減ることとなる。これにより自国の排出削減目標は容易に達成できるかもしれないが、これは商品の生産に伴う排出量が他国に移転されただけであり、1.5℃目標の達成には全く貢献しない。

世界全体の温室効果ガス総排出量を削減していくためには、自国内で発生する温室効果ガスだけでなく、国内で消費または使用される商品の生産に伴う排出を、その発生場所に関わらず削減していく必要がある。このような需要側の排出に着目した算定方法を「消費ベース」の排出量と呼び、当該商品の生産等に伴う排出量を商品が消費された国に割り当てて算定を行う。

消費ベース排出量は、他国での生産活動に関連する排出量を考慮する必要があるため、利用可能なデータの制約等により、生産ベースの排出量に比べて不確実性が大きい。それゆえ、国の排出削減度合いを測定する指標としてはあまり利用されてこなかったが、近年データの整備が進み、消費ベース排出量を進捗指標として採用する国が増えてきた。消費ベース排出量のネットゼロ目標を設定したスウェーデンの他にも、例えば英国では、環境・食料・農村地域省が消費ベース排出量(カーボンフットプリント)を毎年推計して公表している。また、英国の独立機関である気候変動委員会が英国の温室効果ガス排出量の削減状況を評価し、毎年議会に提出している報告書においても消費ベース排出量の状況が報告されており(図 1参照)、「世界のどこで温室効果ガスが発生したかを問わず、経済的なサプライチェーンに沿って温室効果ガス排出量を配分する英国の総カーボンフットプリントを検証することも重要」と述べられている。ニュージーランドも同様に毎年の消費ベース排出量を算定し、公表している。ニュージーランドの推計によれば、2019年の輸入に含まれる排出量は約3,070万トン、輸出に含まれる排出量は約5,500万トンであり、ニュージーランドは温室効果ガス排出量の純輸出国であることが示唆されている。

図 1 英国における生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移
図 英国における生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移

3. スウェーデンにおける消費ベース排出量削減目標の背景と概要

スウェーデンは、パリ協定の下で、生産ベースの温室効果ガス排出量を2030年に1990年比で少なくとも55%削減する目標をEU全体として設定している。また、2020年12月にUNFCCC事務局に提出した長期戦略では、2045年までにネットゼロを達成する目標を掲げている。今回発表された消費ベース排出量のネットゼロ目標も2045年を目標年としており、既に設定されていた生産ベース排出量のネットゼロ目標と平仄を合わせたものとなっている。

消費ベース排出量に関する削減目標設定の基礎となった報告書では、消費ベース排出量の削減目標を設定し、排出削減対策を導入すべき理由として、次の2点を挙げている。1点目は、国内政策により消費ベース排出量を削減する機会があることである。スウェーデンの貿易相手国は、スウェーデン国内の消費をより持続可能なものに転換する政策を導入することはできない。自国の消費に伴う排出量を削減する直接的な政策を導入できるのは、当然ながら当該国のみとなる。上記の報告書では、「消費ベース排出量の削減に取り組まないことは、気候危機の解決に貢献する機会を逸することになる」と指摘している。もう1点は、スウェーデンにおける国内需要が自らの消費に基づく温室効果ガスの排出を生み出しており、その排出に対する明確な責任を有しているということである。商品の生産に伴う温室効果ガス排出の責任は、第一には当該商品の生産者および生産国にあるが、最終製品の消費者である個人や企業、及びその消費者がいる国もまた、これらの排出に対する責任があると指摘している。

2019年のスウェーデンの消費ベース排出量は9,300万トン(CO2換算)と推計されており、生産ベース排出量の5,100万トンと比べて非常に多い(図 2)。スウェーデンは、消費ベース排出量と生産ベース排出量の差が大きい国のひとつであり、このような状況が消費ベース排出量の国家削減目標を設定することにつながっていると考えられる。

図 2 スウェーデンにおける生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移
グラフ スウェーデンにおける生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移

4. 我が国における消費ベース排出量の動向

では、我が国における消費ベース排出量はどうなっているのであろうか。生産ベースの温室効果ガス排出量については、環境省が毎年算定、公表するとともに、国連に提出しているが 、消費ベース排出量については公式な推計値が存在しない。しかし、OECDやGlobal Carbon Project等が日本を含む各国の消費ベース排出量を推計し、データを公表している。

OECDの推計によれば、2018年における我が国の消費ベース排出量は約13億1,200万トン(CO2換算)であり、生産ベース排出量(約11億5,100万トン)を約1億6,000万トン上回っている(図 3)。我が国は、推計対象である1995年以降、全ての年において消費ベース排出量が生産ベース排出量を上回っており、国内の社会経済活動に伴って発生する温室効果ガス排出量を他国に負ってもらっている状況となっている。

筆者は10年前の2012年に、国立環境研究所が推計した我が国の消費ベース排出量に関する研究結果を紹介し、我が国が「炭素赤字」を抱えていることを指摘した。その赤字幅は近年やや減少傾向にあるものの、収支が赤字である状況は変わっていない。

図 3 我が国における生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移
グラフ 我が国における生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移

グラフ 我が国における生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移

出典:OECD.Stat, Carbon dioxide emissions embodied in international trade (2021 ed.)より作成

5. 消費ベース排出量の削減方法

消費ベースの排出量を削減するためにはどのような取り組みが必要になるのであろうか。上述したスウェーデンの報告書では、輸入に伴う排出量を削減する方法として、以下の4点を挙げている。

1) 輸入先が排出量を削減

2) 輸入先の変更、もしくは自国での生産

3) 消費パターンの変更

4) 消費量の削減

1)は、商品の輸入相手国において排出削減の取り組みが実施されることで、商品の生産に伴う排出量を削減することである。現在ほとんどの国がパリ協定を批准し、脱炭素に向けた取り組みを加速しているが、政策の強度にはまだ差がある。特に途上国での削減対策はまだ不十分であり、輸入相手国における脱炭素対策を支援していくことも有効なアプローチとなる。また、昨今、企業からの温室効果ガス排出量については、グローバルサプライチェーン全体の排出量を対象としたScope 3の目標を設定する企業が増えている。生産拠点が存在する国の政策の強度に関わらず、取引先からの削減要請により対策が進んでいく側面もあるだろう。

2)は、対象商品の生産に伴う温室効果ガス排出量の排出原単位が高い国から、排出削減対策を適切に実施しており排出原単位が低い国に、輸入先を変更することである。また、自国でより低排出での生産や調達ができるのであれば、輸入を減らし自国生産・調達を増やすことも考えられる。

EUは、鉄鋼やセメントといった特定の商品をEU域外から輸入する際、その商品をEU域内で製造した場合に課される炭素価格に対応した支払いを義務付ける炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)を導入する予定としている。このような措置は、適切な排出削減対策を実施していない国からの商品の輸入を減少させ、消費ベース排出量の削減にも寄与するだろう。

3)は、国内の消費者における消費パターンをより低排出の方向に変化させることである。例えば、排出量が大きい航空機の利用縮小や肉食の削減、シェアリングサービスの利用、モノ消費からサービス消費への移行などが挙げられる。

4)は、消費量そのものを削減することである。我々の日常生活に必要な需要まで減らす必要はないものの、食品ロスや過剰包装、不必要な空調など、無駄な消費が数多く存在していることを認識する必要がある。これらの削減を進めることで、消費ベース排出量を削減することができる。

当該報告書では、スウェーデン全体の消費ベース排出量ネットゼロ目標だけではなく、セクター別の目標と、それを達成するための政策手段についても提案している。概要を表 1に示す。

表 1 スウェーデンにおけるセクター別消費ベース排出量目標と政策手段に関する提案

セクター 目標 政策手段(案)
公共 公共部門からの消費ベース排出量を2019年比で2030年までに50%減、2050年までに85%減。
  • 公的機関からの排出について、2030年までに少なくとも50%、2045年までに85%の削減を義務付け。
  • 気候目標を達成した自治体や地域に対する助成金増額等のインセンティブ付与。
  • 国有企業に対する利益要求を減らし、気候変動への便益を優先。/等
新規建築物・
インフラ
新規建築物・インフラの建設段階からの合計排出量を、2045年までに2022年比85%減。
  • 新築建築物に気候変動影響に関する制限を導入。
  • 気候変動宣言の要件に産業用建物を追加。
  • 木造建築を促進するための施策の導入。
  • セメントメーカーへのCCS支援。/等
食品 植物や合成肉といった代替タンパク源から摂取できるカロリー割合の増加。
動物、環境、気候に配慮した食肉の生産比率の向上。
  • 代替タンパク質の供給源となる革新的な取り組みに対する支援策の導入。
  • EUの農業資金が化石燃料を含まない肥料を使用する農業実践に報いるよう、EU内での働きかけを実施。
  • 有機栽培や植物由来の食品生産に切り替える農家を支援。
  • いくつかの明確な区域を除いて底引き網漁を禁止。/等
航空 スウェーデンの航空産業からの排出量を2030年までに2019年比25%減。
スウェーデンで給油される航空燃料を2045年までに全量バイオ燃料または電力に変更。
  • 航空税の引き上げ。航空税の累進課税の可能性の探求。
  • 排出量に基づいて差別化された離着陸料金の導入。
  • 2045年までに、スウェーデンにおける航空燃料の補給に対し、100%バイオ燃料または電力の割当義務を導入。
  • 国際線に付加価値税を課税し、および国内線に対する付加価値税の税率を25%に引き上げるよう、EU内で努力。
  • スウェーデンの水素及びe-fuelに対する資本・生産支援を提供することにより、航空・船舶用の非化石燃料の生産を活性化。/等
船舶 EU排出量取引制度に船舶由来排出量を含めることを推進。
中堅・大企業におけるScope1,2,3排出量 2025年までに、現在の持続可能性報告義務対象企業の90%が、1.5℃目標に整合した排出削減目標を設定。
  • 目標を設定し、達成した企業に対するインセンティブ付与。
  • 政府機関に、企業が気候変動に与える影響全体について気候目標を設定する必要性に対する意識啓発の任務を設定。
  • マイナス排出の税額控除や付加価値税の免除。/等

出典:Global Utmaning (2022) Towards Net Zero: reducing consumption-based emissions! より作成

6. 今後の展開

消費ベース排出量は、IPCCにより温室効果ガス排出量の国際標準的な算定方法が設定されている生産ベース排出量と異なり、標準的な方法論が確立されていない。また、生産ベース排出量の算定方法に比べ、データの利用可能性による制約から一定の仮定に基づく推計が必要であり、推計結果の不確実性も大きい。ただ、このような欠点を考慮したとしても、消費ベース排出量は、需要側の対策強化とその削減効果を適切に把握するにあたって有用な指標であり、今後消費ベース排出量の目標を設定する国が増えてくる可能性がある。方法論の改善と標準化の議論も加速するだろう。

先述したとおり、企業からの温室効果ガス排出量については、サプライチェーン全体の排出量を算定対象とし、その削減に責任を持つという概念が浸透してきている。この考え方を国家に対して適用することも可能であろう。世界全体の温室効果ガス総排出量を削減していく責務は全ての国が負っているものであり、自国の消費活動に伴って排出される温室効果ガスを完全に他国の責任と押しつけることはできない。世界全体の排出削減に我が国が貢献していくために、国内の排出量を削減することに加え、商品や生産地の選択を通じて、他国での排出削減につながる消費者行動を誘引していくことが重要だろう。

最後になるが、現在、ロシアによるウクライナ侵攻を踏まえ、我が国のエネルギー安全保障の観点から、化石燃料の輸入元の再検討が進んでいる。日本はロシアからは多くの天然ガスを輸入しているが、ロシア国内における天然ガスの生産と輸送に伴い、大量のメタンが排出されている。化石燃料の採掘時に漏出するメタンの実態に関する拙稿で指摘したとおり、ロシアではメタンの漏洩量が正確に把握されておらず、削減対策も進んでいないとみられる。エネルギー供給源の再検討は、我が国における消費ベース排出量及び世界全体の温室効果ガス排出量を削減する観点からも意味があると言えるだろう。


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