コロナ禍の2年間の東京の人口動向とポストコロナのまちづくりポストコロナ時代における地域政策の展望 シリーズ
はじめに
新型コロナウイルス感染症の影響(以下、コロナ禍という)により、東京都の人口動向にこれまでとは異なる変化が生じている。東京都は暦年単位で見た人口転入超過数は1997年以降一度もマイナスになっておらず、月別で見ても、外国人を含む現在の形で統計が集計された2013年7月以降、2020年4月まで一度として転出超過となった月は無かった。ところが、最初の緊急事態宣言発出後の2020年5月に初めて転出超過に転じ、以降一部の月を除きほとんどの月で転出超過が継続している。その内訳を見ると、国籍別では日本人の増加ペースの鈍化と外国人の大幅な減少により人口が減少している。また、転出入別では、転出も増加しているが主として転入の減少により転入超過数が減少している。さらに、年齢別では20~29歳を中心に地域の活力の担い手となる若い世代の転入超過数が減少している。
こうした変化は、リモートワークの普及により在宅勤務が増加する中で、人々が居住地選択に際して勤務先への近接性よりもゆとりのある住環境、生活環境を重視するようになった事が要因となっていると推察される。
2022年度以降、コロナ対策に留意しつつさまざまな分野において社会活動の回復が徐々に進められる中で、東京都の転出入も令和2~3年と比較すると回復の兆しも見え始めている。しかし、明確な回復基調を示すには至っておらず、在宅勤務の継続意向などから、コロナ禍収束後もコロナ禍以前と同じ状況に完全に戻る可能性は、高くないと考えられる。
20年以上の長期にわたり人口増加が当たり前だった東京という地域にとって、こうした環境変化は計り知れない影響があり、今後は、この変化に的確に対応し、活力は維持しつつゆとりと魅力のある地域へと東京を脱皮させていく取り組みが求められている。
1 コロナ禍による東京圏の人口動向の変化
(1) コロナ禍による東京一極集中の終焉
① 過去20年以上続いた東京への人口集中
これまで、図表 1に示す通り東京都は1997年からコロナ禍以前までは、年間の転出入は一貫して転入超過であった。こうした東京への人口集中に歯止めをかけるため、さまざまな地方振興策が進められてきたが、東京都への転入超過を大きく抑制することはできなかった。
特に、2014年11月に施行された「まち・ひと・しごと創生法」にもとづく取り組みは、全地方公共団体への総合戦略の策定義務付けと策定経費補助、地方公共団体による事業を対象とした地方創生関係事業への交付金による支援などにより、地方圏の取り組みを強力に後押ししている。しかし、図表 1にみられる通り、地方創生の取り組みが本格化した2015年以降も東京都の転入超過数は高水準で推移していた。
図表 1 東京都の男女別転入超過数の長期的推移
資料)総務省「住民基本台帳人口移動報告」より作成
② コロナ禍発生による一極集中から減少への大転換
図表 2に見られる通り、コロナ禍が本格化した2020年4月以降の東京都の人口は、2020年5月をピークに減少をはじめ、2021年9月以降は現在まで一貫して2020年1月の水準を下回っている。このように、政策の力では決して止めることができなかった東京都への人口集中は、コロナ禍によりあっけなく減少に転じた。
図表 2 東京都のコロナ禍発生以降の変動(2020年1月を1とした場合の指数値)
資料)東京都「住民基本台帳にもとづく世帯と人口」より作成
毎年4月から翌年3月までの各年度月別の人口動向について、2018年度から2021年度までの数値を折れ線グラフで重ねたものが図表 3である。これを見ると、コロナ禍以前の2018年度、2019年度は各月とも毎年ほとんど同水準で推移している。
ところが、緊急事態宣言下の2020年4月以降現在までについては、2019年までとは乖離した線が描かれている。2022年1月以降は、2020年度よりも乖離幅が縮小している点は注目に値するが、コロナ禍以前とは乖離が続いている。
こうしたコロナ禍発生後の転入超過数の急激な減少は、図表 4に見られる通り東京圏1都3県でも他の3県では生じていない。また、3大都市圏の他の中心地域である愛知県、大阪府でも同様であり、東京都固有の変化であることがわかる。
図表 3 東京都の月別転入超過数の推移
資料)総務省「住民基本台帳人口移動報告」より作成
図表 4 東京圏1都3県、愛知県、大阪府の転入超過数(総数)の年度別推移
注:各年度月別転入超過数の合計
資料)総務省「住民基本台帳人口移動報告」より作成
③ 主に人口が減少しているのは特別区の一部
図表 2に見られる通り特別区の人口は東京都全体を上回るペースで減少しているのに対し、都下市町村の2022年4月の人口は2020年1月の水準を上回っており、人口減少は概ね特別区において生じていると言える。
そこで、特別区各区の傾向について、2022年4月時点人口を、コロナ禍発生直後の2020年4月と比較すると、特別区23区のうち実に16区が減少している。一方、中央区や千代田区のように大きく増加している区も見られる。また、減少率が高い区においては、江戸川区、目黒区、大田区以外は外国人の減少が日本人の減少を上回っており、特別区全体で見てもすべての区で外国人が減少している。
図表 5 特別区における2022年4月の対2020年同月比増減数・率
資料)東京都「住民基本台帳にもとづく世帯と人口」より作成
④ 転入減少が大きいものの転出増加も見られる
転入超過の減少の内訳を転入と転出に分け、前年からの増減数を整理すると図表 6の通りであり、コロナ禍発生以降の2020年度は転入が大幅に減少、転出も増加しており、転入転出の両面から転入超過数の減少が進展したことがわかる。2021年度は2020年と比較して転入が増加、転出が減少し回復傾向が見られるが、その規模は2020年度の変化を打ち消すには程遠い水準である。
図表 6 東京都の転入、転出の前年比増減数の年度別推移
注:各年度月別転入、転出数の合計をもとに算出
資料)総務省「住民基本台帳人口移動報告」より作成
(2) 地域の活力の担い手となる若い世代の減少
東京都はもともと大学や専門学校等からの新卒就職世代にあたる20~24歳を中心に、15~29歳で例年大きな転入超過が見られる。しかし、2020年度には25~29歳を中心に20~44歳で転入超過数の大きな落ち込みが見られる。そこで、この年齢層についてより詳細に近年の転入超過数の推移を見ると、20~34歳においてはコロナ禍以前は転入超過数が増加傾向にあったが、2020年度に大きく落ち込んだ。その後2021年度に20~29歳はやや回復したがコロナ禍以前の水準には達しておらず、30~44歳には明確な回復傾向は見られない。
図表 7 東京都の年齢階層別転入超過数の対前年同月比増減数(2020年4~2021年3月)
注:各年度月別転入超過数の合計を元に算出
資料)総務省「住民基本台帳人口移動報告」より作成
図表 8 東京都の20~44歳の転入超過数の推移(2017~2021年度)
注:各年度月別転入超過数の合計
資料)総務省「住民基本台帳人口移動報告」より作成
こうした変化の要因として、第一にコロナ禍以前は新卒就職期に転居先として東京都を選択していた人々が、地方と比較して厳しい感染状況を忌避し、就職先自体を東京都から地方圏に変更するケースや、テレワークの普及により、就職先が東京都内であっても、居住地を住宅コストが高い東京都を避け、空間にゆとりのある住宅確保が可能な近隣県へ変更するケースが増加した可能性が考えられる。
第二に、就職後の転勤や、結婚や出産による場合も含めた住み替えに際して、第一のケースと同様にテレワークの普及により東京都以外の近隣県に居住地を選択するケースが想定される。
こうした若い世代は地域の経済活動や文化活動など活力の担い手となっている世代であり、その減少は東京都の活力低下につながると懸念される。
図表 9 就職先の変更予定の者(調査対象者の25%)の変更の内容(2020年8~9月調査)
資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング「新型コロナウイルス感染症による高校生・大学生等の人口移動への影響に関する調査報告」
2 人々が暮らしの場に求める要素の変化
1で整理した東京都を取り巻く環境の変化は、過密な東京の生活環境に対する人々の評価が変化したためと考えられる。ここでは、こうした変化の詳細について考察する。
(1) 東京都からの転出先の変化
コロナ禍前後で東京都からの転出先を比較すると、東京圏の近隣3県で大きく増加している。このことは、テレワークが普及する一方、定期的に出社することも必要な状況の中で、住宅コストの高い東京都からは転出するが、定期的な通勤にも苦痛がない程度の近郊が選択されている可能性が高いと考えられる。
図表 10 東京都から都外への転出者の転出先の対前年増減数
注:各年度月別転出数の合計
資料)総務省「住民基本台帳人口移動報告」より作成
図表 11 都区部在住者のテレワーク実施比率
出典)内閣府「第4回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(令和3年11月1日)
ただし、地方圏への転出者も一定数増加しており、別途内閣府が実施した調査においても、図表 12の通り、コロナ禍発生後に東京都23区在住者の地方移住への関心は高まっている。図表 13の通りテレワークを実施している人の大部分がコロナ禍解消後も継続を希望していることも踏まえると、地方への移住者も以前より増加する可能性が考えられる。
図表 12 都区部在住者の地方移住への関心
出典)内閣府「第4回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(令和3年11月1日)
図表 13 テレワークの継続意向
出典)内閣府「第3回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(令和3年6月4日)
(2) 東京都心部からのオフィス需要縮小の可能性
コロナ禍によるテレワークの普及とともに、対顧客、対取引先も含めたビジネス全般におけるリモートコミュニケーションも進展した。このため、立地コストの高い東京都心部のオフィスを縮小する企業が増加する可能性が指摘されている。
実際に、国土交通省が2020年に実施した調査によれば、東京都内に本社を置く企業の1/4が都内の本社事業所を移転または縮小する可能性があると回答している。こうした傾向が継続し、実際に移転・縮小する事業所が増えれば、そこで働く人々の流出も促進される可能性がある。
図表 14 東京都内の本社事業所の配置見直しの検討状況
注)調査対象者:東京都内に本社をおく上場企業(2,024社)の経営企画部または人事部の管理職
調査方法:調査票を郵送し、郵送またはWEBで回収
調査期間:2020 年8月27日- 2020 年9 月10 日(WEB)、9月23 日(郵送)
有効回答数:389社(WEB:196社、郵送:193社)
回収率:19%
資料)国土交通省「企業等の東京一極集中に関する懇談会 とりまとめ」(令和3年1月29日)
(3) 人々の居住地選択要因の変化の可能性
東京都の人口が減少したのは、コロナ禍により外出が抑制されるなど生活様式が変化する中で、人々が居住地を選択する際に重視する要素が変化したことが要因となっていると考えられる。まず、テレワークの普及による在宅勤務の増加により、従来強く重視されていた勤務先との近接性の重視度が相対的に低下した可能性が高い。また、空間に余裕のある住宅確保が容易であること、通信環境に問題がないこと、保育所の利用が容易であることなど、リモートワークの際に重要となる環境や条件の重視度が高まった可能性は高い。さらに、在宅時間の拡大と外食頻度の低下により、自宅の生活環境整備のためのさまざまな物品や食料品など買い物全般の利便性がより重視されるようになった可能性がある。
3 東京都区部のまちづくりの今後の課題と可能性
ここまでの分析結果を踏まえ、東京都の人口動向の今後の見通しと、これを踏まえたまちづくりの方向性について考察する。
(1) 2022年度以降の東京都の人口はある程度回復するが、完全には戻らない可能性大
2020~2021年度のコロナ禍の2年間に東京都の転入超過がコロナ禍以前と比較して大幅に減少したのは、進学や就職、転勤、家族増による住み替えなどで、例年であれば東京都に転入していた人々が都内への移住を取りやめたことによる転入者数の減少が主たる要因と考えられる。しかし、転入者数の減少ほどではないものの転出数も前年よりも大きく増加しており、陽性者数増加への不安やリモートワークの普及などを背景として近隣県など他地域に移住したと考えられる。
こうした動向は、新型コロナウイルス感染症の不安が解消されればある程度沈静化する可能性もあるが、一方で、必要に迫られて幅広く普及した在宅勤務と社内外のリモートでのコミュニケーションは既に定着し、コロナ禍が解消されてからも在宅勤務比率は従前よりは高い水準のままとなると推察されるため、ゆとりのある住環境を求めて都心から郊外に移住する動きは今後も継続する可能性が高い。
2022年度以降、緊急事態宣言・まん延防止等重点措置が全国的に解除され、コロナ対策に留意しつつさまざまな分野の社会活動の回復が徐々に進められるようになった。これに歩調を合わすように、東京都の転出入も2020~2021年度と比較すると回復の兆しが見え始めている。しかし、コロナ禍以前の2019年度と比較すると未だに格差があり、明確な回復基調を示すには至っていない。都内で働く人の中で、在宅勤務の継続意向を有する人は多いと推察されることなどから、コロナ禍収束後もコロナ禍以前と同じ状況に完全に戻る可能性は高くないと考えられる。
(2) 今後のまちづくりの方向性
~上質な活動・交流機能と生活関連機能のバランスの取れたまちへ~
前述の通り東京都の人口を取り巻く環境はコロナ禍以前の状況に完全には戻らない可能性が高く、中でも在宅勤務は以前より高い水準で継続される可能性が高い。このことは、東京都の市街地における都市機能のあり方に少なからぬ変化を促すこととなる。
在宅勤務の増加により東京都心部ではオフィス需要が縮小する。また、都心で就業する滞在人口が減少するため、飲食業、サービス業などこうした人々をターゲットとする産業への需要もコロナ禍以前と比較して減少する可能性が高い。一方で、在宅勤務の増加により自宅での生活消費が増加し、生鮮3品や日用品、弁当や総菜などのいわゆる中食などの需要が増加することが想定される。これにより、東京都心部においても、居住者による生活支援型の商業・サービス機能への需要が増大する可能性が高いことから、住民の流出を抑制し活力を維持するためには、こうした機能の充実を図ることも重要と考えられる。
また、ビジネスや社会活動においてリモートによるコミュニケーションが普及し、効率が重視される際にはこうしたツールが活発に利用される一方で、新しいアイディアの創出やイノベーションの実現のために、人と人とが直接交流し刺激しあうことがより高い価値を持つことも想定される。このため、都心地域には、「働く」「学ぶ」「遊ぶ」「憩う」など、多様な活動や交流の場として、首都にふさわしい質の高い空間や機能を充実することが期待される。
20年以上の長期にわたり、増加することが当たり前だった東京都の人口が減少に転じたことは、東京都の活力を維持する上で大きな懸念を感じさせる変化であったかもしれない。しかし、これまで過密による弊害もさまざまな側面で指摘されてきたことを踏まえ、この変化を前向きにとらえ、活力は維持しつつ、ゆとりと魅力のある地域へと東京を脱皮させていく取り組みが求められている。
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