中小企業の経営を次のステージへDXと知財経営の接点を探る
1.はじめに
DXが世の中を賑わすキーワードとなって久しい。現在では、DXに関するさまざまな取組事例や関連製品・サービス等が確認される。DXとは、デジタルの活用によって経営を強化していく取組であると理解されているが、知的財産についても同様の文脈で語られてきた歴史がある。知財経営というワードに代表されるように、知的財産は経営を強化する手段であるという文脈で従前より語られてきており、特に中小企業に対しては現在もさまざまな施策が講じられている。そこで、今回同じ方向性で語られてきたDXと知財経営に焦点をあて、その接点を探りながら中小企業の今後について考えてみたい。
2.DXの捉え方
DXの効果について、業務効率化だけに焦点があてられたものも散見されるところではあるが、DXによる効果の本質はそこだけではない。DXは「デジタルの力で経営をトランスフォーメーションすること」であるのだから、業務効率化に限らず、自社に存在するさまざまな経営課題に対して、デジタルの活用によって変革・成長へとシフトさせていくことだという捉え方が重要であろう。
ここで、改めてDXについて振り返ると、DXはウメオ大学(当時)のエリック・スタルターマン教授が提唱した概念とされており、「デジタル技術の変化が、人々の生活をあらゆる面に影響を及ぼす」と述べられているⅰ。わが国においては、経済産業省が公表した「デジタルガバナンス・コード2.0」の中で「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されているⅱ。また、DXのレベル感について、同じく経済産業省が公表した「DXレポート2」の中では、組織の成熟度に応じたアクションを設計できるよう、DXを「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「デジタルトランスフォーメーション」の三段階に分けて整理しているⅲ。つまり、プロセスや深度はさまざまであるものの、最終的な目的はデジタル化・デジタル活用を通じて、ビジネスに変化・変革をもたらし、社会価値の創出を実現することであると捉えることができる。決して、単なるITツール導入や業務効率化だけが目的でないことは明らかである。
3.中小企業の経営課題とデジタル意識
ここで、中小企業の現状に触れておきたい。中小企業白書に掲載されたデータを参照すると、中小企業の経営者が重視する経営課題として、人材(82.7%)と営業・販路開拓(59.7%)に注目が集まる一方で、ICT活用を挙げる声は24.1%に留まる。また、経営者が従業員に求めるスキルとして「チームワーク(68.4%)」「コミュニケーション力(64.6%)」「職種特有の技術力(59.5%)」等に注目が集まる一方で、「IT」を挙げる中小企業は、5年前よりは増加しているものの、35.0%に留まっているⅳ。このように、デジタル・ITへ直接注目した場合、中小企業の関心や取組意向はまだ低いという見方もできるだろう。
もちろん、デジタル・ITに対する直接的な意識向上は課題であるが、これだけではなく、現在中小企業の関心事項として主たるテーマとなっている販路開拓等について、その課題解決に向けてデジタルの力を融合していこうという考え方も重要ではないだろうか。
この他、東京商工会議所の調査によると、イノベーション活動に取り組んでいる中小企業のうち、46.5%が「顧客ニーズの把握」をイノベーション活動に際しての課題として挙げているⅴ。これもやはり、デジタルの力を活用することで解決に向けた活動へとシフトできる可能性を秘めている。
このように、デジタル・ITを直視した場合には中小企業の意識はまだ途上であるが、大きな関心事となっている課題についてはデジタルの力で解決し得るものも少なくない。前段で述べた通り、DXを単なる業務効率化・IT導入とだけ捉えるのではなく、こうした主たる経営課題の解決に用いる手段としても捉えるべきフェーズにあるのではないだろうか。
4.DXと知財経営の接点
DXとは別の文脈で、中小企業が自社の経営に知的財産を活用すること(知財経営)の重要性が長きにわたって指摘されてきた。経営課題を解決し事業成長を実現するという本来の目的に照らし合わせれば、DXと知財経営は手法は違えど同じ方向性を標榜するものであろう。つまり、DXと知財経営は完全に独立したものではなく、融合させることによって相乗効果を発揮し得る関係になれる可能性を秘めている。例えば、次に列挙するようなイメージでの融合が考えられ、DXと知財経営の結合によって経営を強化する取組になると言えるだろう。
- DXで顧客からのフィードバックを得やすい仕組みをつくることで、自社の本当の強みを探り、それを知的財産と位置付けた経営を行う
- DXで顧客との接点を強化することによって、いち早く顧客ニーズを察知し、次の製品・サービス開発に資するアイデア(知的財産)を創出する
- DXによって作業効率化を図り、それにより創出された余剰時間を次の製品・サービス開発に向けた活動(知財創造活動)にあてる
このように、本来DXによって享受できるメリットと知財経営の取組には多くの接点があるはずだ。どのような経営課題の解決に対して、どの場面でDXを活用し、そこで得られるものをどのように知財経営の材料として活用するか。このように考えて、DXと知財経営を連動させることによって、中小企業の経営が次のステージに進めるのではないだろうか。
例えば、売上を増大させるという課題があった場合、それを達成するためには既存市場におけるシェア拡大や新製品投入、新規市場の開拓等、いくつかのパターンが考えられる。そのためには、ビジネスモデルの変革に取り組んでいくことが必要な場合もあるだろうし、競合との差異化やブランディング、顧客との接点を変革してニーズ把握を円滑化することが論点になる場合もあるだろう。このような変革を要する点を明らかにし、その変革を実現する手段としてデジタルや知的財産を活用できる可能性はないか、また変革プロセスで創出された新たな知や資源等を、どのように知的財産として捉えていくことができるか。このような考え方を取り入れていくことが、DXと知財経営を融合した中小企業の経営モデルになり得る。
図表1 デジタルと知的財産を活用した経営変革モデル(例)
出所:筆者作成
例えば、株式会社木幡計器製作所は、経営課題に対してDXの目線から検討することによって、これまで計器の開発・製造・納入までであったビジネスプロセスをメンテナンスにまで拡張でき、新規市場の開拓を実現しているⅵ。さらにその過程で新たな知的財産の創出および出願検討にも取り組んでおり、これはまさにDXと知財経営を融合した取組と言えるのではないだろうか。
ここで述べたことは、あくまでも一つの考え方である。しかし、DXの大きな潮流はグローバルレベルで加速しているのは明らかであり、中小企業もこの流れを活かした知財経営にいち早く取り組むことで勝機をつかめるはずだ。DXの導入によって知財経営を加速する。次のステージに進んだ中小企業の知財経営を多く目にする日が遠くない未来であることを期待したい。
ⅰ Erik Stolterman, Anna Croon Fors (2004)“Information technology and the good life”, Information Systems Research Relevant Theory and Informed Practice
ⅱ 経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」(2022年9月)
ⅲ 経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」(2020年12月)
ⅳ 株式会社帝国データバンク「令和 3 年度中小企業実態調査委託費 中小企業の経営力及び組織に関する調査研究報告書」(2022年3月)
ⅴ 東京商工会議所「中小企業のイノベーション実態調査報告書」(2021年3月)
ⅵ 独立行政法人情報処理推進機構「中小規模製造業の製造分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)のための事例調査報告書」(2020年7月)
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