1. 序論

（1）背景

本格化する少子高齢化や地方の人口減少への対応が急務とされる一方で、コロナ禍の収束ムードにより人口動態は再反転し、東京圏への人口転入超過の傾向がみられる。このような背景のなか、国や自治体は移住定住のみならず関係人口の拡大や大都市圏の企業との連携の強化など、人口移動を伴わない域外の人材や企業の活力を活用する取組を進めている。
令和8年度からは、関係人口の規模や地域との関係性を可視化し、地域の担い手確保や地域経済の活性化等につなげる仕組みを実現するための「ふるさと住民登録制度」が創設されるなど、過疎地域や中山間地域のみならず、地方都市の多くでも一定の人口減を前提としながら持続可能な地域の実現を図るフェーズにシフトしているといえる。

（2）関係人口の創出に向けた都市イメージ向上の重要性　

関係人口の創出に向けた都市ブランドのあり方について指標化を試みた若林らの調査［¹］によると、人々が多様な関係を持ちたいと思うような都市（リッチ・ストーリー型の都市）には、都市を連想する複数の中核ワードが存在するとともに、それらの中核ワードを起点とした豊かな意味の広がりが見られるとする（図表1）。
その他、国土交通省による調査［²］では、地縁・血縁による理由以外で関係人口になったきっかけとして「観光・レジャーで訪れたことがある」ことが上位にランクインしている。地縁・血縁のない層を関係人口化するうえでの、域外のターゲットに対して当該都市へのポジティブなイメージを与え、交流人口から関係人口化を促すことの重要性がうかがえる。

図表1　「横浜市の意味構造」（リッチ・ストーリー型の都市の例）

（出所）若林宏保ほか「都市ブランドの意味構造の類型化に関する一考察　― 関係人口時代における新たなブランド戦略構築に向けて ―」『Japan Marketing Review』 Vol. 2 No. 1 (2021年)

（3）本稿の目的

以下では、域外に対して都市の魅力を発信し、ライフスタイルや価値観への共感を喚起することに成功した事例としてフロリダ州マイアミビーチ市を取り上げる。同市では「アール・デコ」をテーマに非営利団体と行政が連携して、まち並み保存、修景補助、観光商品開発に複合的に取り組んだ結果、都市イメージの改善、観光客の増加、国内外からの投資の呼び込みに成功した。
2025年はアール・デコ博（現代装飾美術・産業美術国際博覧会）の開催100周年記念の年であり、国内でも複数の記念イベントや展覧会等が開催されている。アール・デコ（Art Déco）は、同博覧会を契機に、建築をはじめ服飾、家具、絵画、音楽など広範囲にわたって普及した装飾様式であるが、デザインコードを超えて戦間期のライフスタイルを象徴する概念として昇華したものである。図表2に示すとおり、アール・デコには“豊か”“華やか”“新しい”等の単語がひもづけられ、大量生産・大量消費の時代の訪れという1920年代前後の社会背景と併せて「贅沢の民主化」というべき華やかでポジティブなパブリックイメージが根付いていることがうかがえる。
本稿では、フランスで発祥したアール・デコが、単なるデザインコードを超えた「意味の広がり」を有する概念としてアメリカで受容・普及した経緯を整理するとともに、マイアミビーチ市における取組および効果をレビューし、わが国の自治体が地域のファンを増やし関係人口を創出するうえでの示唆を得ることを目的とする。

図表2　国内の展覧会における「アール・デコ」の共起ネットワーク分析の例

（出所）当社作成

2. 国際博覧会を契機としたアール・デコの受容と普及

（1）アール・デコ博の概要

アール・デコ博は、1925年にパリで開催された国際博覧会であり、開催国フランスをはじめとして、日本を含む22カ国および民間企業が参加し、来訪者は約1,600万人であった。同博覧会は、装飾美術をテーマに掲げながらも「モダン」や「工業」に着目した、産業・経済の活性化を志向した博覧会であり、建築、家具、装飾品など5部37類の広範囲にわたる分野が出展された［³］。
装飾を「芸術」に引き上げる観点からは、（展示のほとんどが）富裕層を対象とした一点制作の室内装飾や高級品へ向かい、装飾を「芸術」に引き上げることに終わったと評されることもあるが［⁴］、一方で、広範なジャンルの作家の共同制作体制や、装飾芸術品の制作から販売までを一手に担うなどの新たな事業モデルの成立につながったとされる［⁵］。

図表3　アール・デコ博出品物の対象分野

（出所）日本産業協会「巴里万国装飾美術工芸博覧会日本産業協会事務報告」（1926年）を基に当社作成

図表4　アール・デコ博　パビリオン等

（出所）日本産業協会「巴里万国装飾美術工芸博覧会日本産業協会事務報告」（1926年）　所蔵：（株）乃村工藝社　

（2）アメリカにおけるアール・デコ受容のプロセス

アメリカはモダン・デザインが国内にないことを理由にアール・デコ博への参加を辞退した代わりに、同博覧会に大規模な視察団を派遣した。視察団の公式報告書では、工業デザインに応用芸術の観点を導入して、製品の質の高さと大量生産の両立を図るために、製造業者、デザイナー、教育機関の連携した取組が必要であると提言された［⁶］。
提言を踏まえ、1926年にはアメリカ美術館協会主催でアール・デコ博の出品物から選定・貸与された品々を展示する巡回展が、27年にはメトロポリタン美術館とメイシーズ百貨店の連携による装飾芸術をテーマにした展覧会が開催された。市民に大きな影響力を有する百貨店と連携した展覧会を実施したことは、前年の巡回展と併せて、アメリカ社会へのアール・デコの普及に大きく寄与した。また、アメリカでのアール・デコの普及には、市民社会への文化の普及を社会的役割としたメトロポリタン美術館も大きな役割を果たした。展示品は同美術館の学芸員により、革新的で現代的美学にふさわしいと判断された品が選定されたとされる［⁷］。結果として、これらの巡回展を通じて、市民のライフスタイルに受け入れられやすいかたちでアール・デコが紹介されたといえる。
アメリカにおいて、アール・デコ博の出品物が再解釈されたうえで普及した結果、富裕層向けの高級品志向から中流層向けの大量生産のインダストリアルデザインとしてアール・デコは変容した。江崎によると、形態面でもアメリカにおけるアール・デコ様式は、非対称性よりも対称性の強調、曲線よりも直角を多用した鋭角的なモチーフの造形、幾何学模様の多用といった特徴を有するほか、大量生産された機械製品の比喩であるかのような、つるりと光る表面も特質としていたとする［⁸］。その後、アール・デコはさらなる変容を遂げながら受容され、1930年代にかけてアメリカ全土に広がりを見せることになる。

図表5　アメリカにおけるアール・デコの受容・普及の経緯

（出所）万国現代装飾美術工芸博覧会(アール・デコ博)　絵葉書　所蔵：（株）乃村工藝社　
日本産業協会「巴里万国装飾美術工芸博覧会日本産業協会事務報告」（1926年）　所蔵：（株）乃村工藝社
Joseph Breck「The Metropolitan Museum of Art Bulletin」 The Metropolitan Museum of Art,Vol. 21（1926年）　

3. マイアミビーチ市　アール・デコ街区における取組

（1）概要

マイアミでは、1926年のマイアミ・ハリケーンによる壊滅的な被害の復興期に、アール・デコ様式の建築群がまち並みを形成した。続く1930年代では、土地を埋め立てて造成された島を中心に、ホテルや邸宅の整備が進み、リゾート都市としての基盤が整備された。
その後、経年による建物の老朽化や住民の高齢化等の課題を抱えていたが、1979年にマイアミ・デザイン保存連盟（Miami Design Preservation League （以下、「MDPL」））の働きかけにより、全米初の20世紀都市型歴史地区として、マイアミビーチ建築歴史地区（通称「アール・デコ街区」）が指定された。
MDPLは、マイアミビーチ建築歴史地区の個々の建物および地区全体における歴史的・建築的完全性の保存・保護や、マイアミビーチ市が制定した歴史的保存プロセスに対する市の執行の支援に取り組む非営利団体であり、マイアミビーチ市との官民連携により、現在に至るまで同街区の保護活動、修復、観光促進など、多岐にわたる活動を展開している［⁹］。

図表6　マイアミ・デザイン保存連盟の主な活動および歴史的建造物保存に関する主な動き

（出所）マイアミ・デザイン保存連盟ホームページ https://mdpl.org/about-us/about-miami-design-preservation-league/a-brief-history-of-mdpl/ を基に当社作成（2025年11月19日最終閲覧）

（2）効果

歴史地区としての指定およびその後のハード・ソフト両面の事業は、初期の段階で世界的に有名なアーティストのアンディー・ウォーホルからの注目を受けたことも寄与したとされるが［¹⁰］、マイアミビーチ市全体の都市イメージの向上および地域課題の解決につながった。具体的には、住民の高齢化の傾向の改善、観光客の増加、同街区への国外からの投資の活発化等が挙げられる［¹¹］。
また、MDPLが設立して半世紀近く経過した現在でも、景観やランドマークの保全にとどまらず、同団体によるツアーの催行や行政による景観保存の取組が継続している。一過性のムーブメントにとどまらない持続的な取組となっていること、リゾートとしてのイメージと相まった華やかな都市イメージを創出できている点で、稀有な成功例といえる。

4. 知見と提案

まち並みや建物の修景・保存等のハード施策に、ソフト事業を組み合わせた都市イメージ改善は、観光振興やシティプロモーションの一環として、わが国での取組事例も多い。近年では関係人口創出の観点より、地域の生活や生業・風土にひもづく景観を“文化的景観”として再発見し、域外に発信する例もみられる。一方で、地域固有の生活文化に深く根差した題材ほど、パブリックイメージが確立されておらず、良好な都市イメージにつながりづらいことがジレンマとなる。
本稿で紹介したマイアミビーチ市の事例の成功要因は、外形的には「官民連携による取組体制の構築」「ソフト・ハード施策の組み合わせ」として説明できるが、より本質的には、ポジティブなパブリックイメージが確立されていた「アール・デコ」を題材とすることで、効果的に都市イメージを向上させ、地域のファンの創出に成功したと総括できる。
地域のファンを増やし関係人口を創出する観点で知見を整理するならば、地域の生活文化を深く探求するだけでなく、十分に「価値」として認識されてこなかった地域の社会・文化的な資源に、新たな「文脈」や「意味」を与えたうえで、磨き上げることが重要といえる。
ただし、アメリカでは戦間期のライフスタイルを象徴する概念として「アール・デコ」が受容された歴史的背景は無視できない。その点では、わが国において「アール・デコ」は一般解たり得ないが、「道頓堀の看板景観」等、一定のパブリックイメージを背景とした題材に着目した事例もある。パブリックイメージを確立させることは一朝一夕では困難なため、ポジティブなパブリックイメージが確立されている題材を見つけ出し、磨き上げることは、限られた時間と予算で関係人口や地域のファンの創出に取り組むうえでのポイントになるといえる。

【謝辞】

本コラムの執筆にあたり、聖学院大学の江崎聡子准教授には、特にアメリカにおけるアール・デコの特徴および、受容・普及に美術館が果たした役割等について貴重な助言をいただきました。心より感謝申し上げます。

［ 1 ］若林宏保ほか「都市ブランドの意味構造の類型化に関する一考察　― 関係人口時代における新たなブランド戦略構築に向けて ―」『Japan Marketing Review』Vol. 2 No. 1 (2021年)
［ 2 ］国土交通省国土政策局総合計画課「関係人口に関する国土交通省の取組について」（令和4年4月）
［ 3 ］日本産業協会「巴里万国装飾美術工芸博覧会日本産業協会事務報告」（1926年）
［ 4 ］天野千香「時代の徴候－”アール・デコ”とその周辺」『ドレスタディ』第56号（2009年）
［ 5 ］三田村哲哉「アール・デコ博建築造形論 – 一九二五パリ装飾美術博覧会の会場と展示館 ‐」（中央公論美術出版、2010年）
［ 6 ］Charles. R. Richards他「Report of Commission appointed by the Secretary of Commerce to visit and Report upon the International Exposition of Modern Decorative and Industrial Art in Paris,1925」（1926年）
［ 7 ］Jeffrey Trask「THINGS AMERICAN Art Museums and Civic Culture in the Progressive Era」University of Pennsylvania Press（2012年）
［ 8 ］江崎聡子「アメリカン・モダニズムの可能性 1939年ニューヨーク万博とアールデコ様式」『れにくさ』5号（2014年）
［ 9 ］マイアミ・デザイン保存連盟ホームページ「https://mdpl.org/about-us/about-miami-design-preservation-league/what-we-fight-for/」（2025年11月19日最終閲覧）
［ 10 ］マイアミ・デザイン保存連盟ホームページ「 https://mdpl.org/about-us/about-miami-design-preservation-league/a-brief-history-of-mdpl/」（2025年11月19日最終閲覧）
［ 11 ］湘南マイアミビーチ市親善協会ホームページ　マイアミビーチ市の歴史「https://shmbcity.com/shmb4/」（2025年11月19日最終閲覧）

関係人口創出に資する効果的な都市イメージ改善に向けた一考察～パリ アール・デコ博 開催100周年によせて～

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