はじめに

日本のコンテンツ産業（アニメ、マンガ、ゲーム、音楽、映画、文芸など）の国内市場規模は約14兆円［¹］、海外売上高は約6兆円［²］といずれも過去最高を記録しています。政府はコンテンツ産業を基幹産業の一つと位置づけ、日本発コンテンツの海外売上高を2033年までに20兆円へ拡大するという目標を掲げています。

その中でもゲーム産業は、海外売上高において他のコンテンツ分野をしのぐパフォーマンスを示しており、日本発のコンテンツ輸出をけん引しています。しかし、政府目標の実現には、大手企業だけでなく、少人数でグローバルヒットを目指す中小・ベンチャー企業の挑戦が不可欠です。本インタビューでは、グローバル市場に挑む気鋭のゲーム企業経営者に、ゲーム業界に対する想いや現状について伺いました。

インタビュー対象

西村拓也（NISHIMURA Takuya）
株式会社ambr 代表取締役CEO
東京大学法学部卒。VCやAIスタートアップ、エンタメスタートアップ取締役を経て、ambrを創業。
※記事中の写真は株式会社ambrからご提供いただきました。

西村さんのキャリア

――まず、西村さんご自身のご経歴について伺います。大学卒業後、ベンチャーキャピタル（VC）に入られ、その後AI企業やVR企業を経て株式会社ambrを創業されたと認識しておりますが、最初にVCに入られた理由をお聞かせください。

西村さん：もともとスタートアップを経営したいと考えていましたが、当初は取り組みたい事業領域が決まっていなかったため、まずはVCを選びました。

――事業会社に転職された転機はどのようなものだったのでしょうか。

西村さん：投資家としての視点だけではスタートアップの実態を十分に理解できないと感じ、事業会社での経験を積みたいと思いました。そのため、当時注目されていたAI×スマートスピーカーやロボット分野の企業を選びました。その後、知人が立ち上げた会社を手伝い始めたことをきっかけに、VTuber事業に取り組む企業に取締役として参画しました。その中でVRライブの実現に立ち会った経験から、自分自身でもエンターテインメントのものづくりに挑戦したいと考え、ambrを起業しました。

図1　株式会社ambrが企画・開発したゲーム「gogh（ゴッホ）」

Steam版では20万ダウンロード、モバイル版では200万ダウンロードを突破している。
公式ウェブサイト：https://gogh.gg/about/jp（外部リンク）

プロモーションについて

――インディーゲームを開発されている理由や想いについてお聞かせください。

西村さん：私たちの場合は、インディーゲームと大々的に打ち出しているわけではありませんが、大手企業ではない立場として、Steamをはじめとするインディーゲーム文化の中で成長していけたらと思っています。

――「gogh」において、自主パブリッシュを選ばれた理由について教えてください。

西村さん：パブリッシャー［³］に委託する主な意義は、①開発費の援助と②PR・マーケティングだと思います。①に関しては、当社は資金調達をしていたため必要がありませんでした。②に関しては、当社にはクリエイター以外のメンバーも在籍しているため、自分たちで取り組むことで経験や知見を得られると考えました。

――モバイル（Google Play、App Store）とPC（Steam）の両方で配信されている理由を教えてください。

西村さん：もともと、できるだけ多くの人にプレイしてもらえる製品を目指して、モバイルで配信していました。その後、ユーザーからPC向け配信の要望があったため、Steamでも配信することにしました。

――モバイル版とPC版でユーザー層に違いは感じられますか。

西村さん：モバイル版とPC版の共通点は、女性のクリエイターやアニメファンの方が多いということです。相違点としては、ユーザーの年齢層とプレイ動画の投稿スタイルが挙げられます。モバイル版のユーザーは比較的若く、TikTokへの投稿が多い一方、PC版はVTuberなどによるYouTube配信が中心です。

――XやInstagramだけではなく、抖音（Douyin）［⁴］や小紅書（Xiaohongshu：RED）［⁵］などのSNSも運用されていますが、どなたが担当しているのでしょうか。

西村さん：日本語と英語のSNSはディレクターとインターンが運用しています。中国語のSNSについては、中国出身のインターンが運用しています。Steamでは中国語ユーザーが50%を超える月もある一方で、日本語ユーザーは3％程度にとどまっています。日本語だけではなく、グローバルに向けて発信することが重要だと考えています。

――海外展開で障壁となる点はありますか。

西村さん：初期の認知を獲得するのが難しい点です。方法としては、ゲームメディアに取り上げられることや、ソーシャルメディアで話題になることが挙げられます。日本のゲームメディアはプレスリリースを積極的に記事にしてくださいますが、海外では記者とのネットワークが必要であるため、海外メディアに取り上げられることは簡単ではありません。例えば、記者に直接記事を送ったうえでインタビューに答えて、ようやく掲載されることもあります。海外メディアとのやり取りはPRエージェンシーに依頼することもありますし、パブリッシャーがPRエージェンシーの役割を担うこともあるようです。また、日本ではX（旧Twitter）が非常に盛んであり、新作のSteamゲームがバズることも多いと感じますが、グローバルではXのユーザーが限定的であるためか、Xで注目を集めるハードルが高いと感じます。

――海外へのマーケティングで効果的だった施策は何でしょうか。

西村さん：まずは、YouTube、bilibili［⁶］、小紅書（Xiaohongshu：RED）の運用が効果的でした。トレーラーが一定数再生され、初期の注目とSteamのウィッシュリスト登録［⁷］を獲得することができました。次に、Steam Nextフェスへの参加も大きな効果がありました。Steamで販売間近のゲームのデモ動画やデモゲームを特集するイベントで、ここでウィッシュリスト登録数を大きく伸ばすことができました。日本の展示会への出展だけでは、ウィッシュリスト登録数が2～3万程度で頭打ちになってしまうことが多いように見受けられます。また、日本語ユーザーはSteam全体の約3%しかいないため、その後の販売本数も伸び悩みがちです。SNSで話題となり、Steam上での露出を増やし、グローバルでウィッシュリストを獲得することが重要だと考えています。

開発における資金調達について

――ambrでの自主企画事業、受託開発事業の比率はどのくらいでしょうか。

西村さん：以前は受託開発が多かったですが、現在配信中の自社タイトルである「gogh（ゴッホ）」の成長に伴い、自主企画比率の方が多くなってきています。

――受託開発で開発資金を稼ぎつつ、自社企画を進めるというイメージでしょうか。

西村さん：弊社の場合は、スタートアップとしてエクイティ投資を受けて資金調達をしています。自主企画は主に調達した資金で取り組んでいます。

――海外と比べて、日本のゲームスタートアップはエクイティ投資を受けにくいという印象はありますか。

西村さん：そのような印象はあります。海外ではゲーム特化ファンドも存在し、大型の資金調達をするゲーム会社も見受けられますが、日本ではそのような動きはあまり活発ではありません。背景としては、モバイルゲーム市場の縮小を目にしてきたことや、ヒットの蓋然性が説明しづらいことが挙げられます。

――VRのテクノロジー系企業として売り出すと、出資者の反応が変わるということもあるのでしょうか。

西村さん：確かに、VRのテクノロジー系企業として事業をアピールすると、VR市場の成長性に期待して投資を検討してもらえることがあります。一方で、「モバイルやPC向けのゲームを制作している」と伝えると、「ゲーム会社への投資は難しい」と言われることも少なくありません。

――日本のゲーム業界で資金調達にボトルネックがあるとすれば、どのタイミングでしょうか。

西村さん：事業拡大期における資金調達は容易ではありません。経営初期の段階では、投資額も小さく、投資家側もハイリスク・ハイリターンを狙ってリスクの高い事業に幅広く少額ずつ投資する傾向があります。そのため、ゲーム会社であってもVCなどから1,000万～1,500万円程度の調達をする事例がいくつか見られます。しかし、より規模の大きな資金調達となると難しいのが現状です。

――ゲームのような、製品の完成リスク、売上リスクの高いプロダクトの場合は、リスクの取れる初期段階であれば投資につながるケースもありますが、リスク・リターンの計算がより精緻になる事業拡大フェーズへの投資となると出資者が集まりづらいということですね。

西村さん：そのように思います。事業初期フェーズであれば、「リスクを取ってもよい」という投資家も少なくないですが、事業拡大フェーズになると投資してくれる会社はかなり限られます。一口に「インディーゲーム制作者」といっても、「自身のクリエイティビティを発揮して自由に制作したいクリエイター」と「数十～百億円を売り上げるゲーム会社に成長させていきたい経営者」が存在します。中国のmiHoYo［⁸］のような新興の大企業を日本から輩出するためには、後者の目標を実現していくことが不可欠となりますが、事業拡大フェーズでの資金調達がネックになっています。

前編では、プロモーション、資金調達について伺いました。
「日本から次世代のグローバル・ゲーム企業を生み出すために【後編】」では人材面の課題、行政・民間によるゲーム制作支援について伺います。

［ 1 ］一般財団法人デジタルコンテンツ協会「デジタルコンテンツ白書2025」
［ 2 ］株式会社ヒューマンメディア「日本と世界のメディア×コンテンツ市場データベース2025 Vol.18」
［ 3 ］ゲームタイトルの企画、資金調達、販売、マーケティング、流通などを担う会社のこと。なお、実際の開発（プログラミングやグラフィック制作）を担う企業はデベロッパーと呼ばれる。
［ 4 ］中国のByteDance社が運営するショート動画共有プラットフォーム。一般に、同社が中国国外向けに展開するTikTokの中国本土向けサービスと位置付けられており、中国市場における主要なデジタル広告・宣伝媒体の一つとなっている。
［ 5 ］中国発の写真・動画共有プラットフォーム。一般消費者による商品・サービス・ライフスタイル情報の投稿を基盤としており、中国国内においてブランド認知・購買喚起などを目的とする広告宣伝経路として広く活用されている。
［ 6 ］中国発の動画共有プラットフォーム。ライブ配信機能や投げ銭機能等を備えた総合的な動画共有プラットフォームとして、中国市場における若年層向けの重要なオンラインメディアの一つと位置付けられている。
［ 7 ］Steamにおいて、ユーザーが関心のあるゲームタイトルを事前に登録する機能のことを指す。当該タイトルの発売開始やセール時にユーザーへ通知が届くほか、登録数が多いタイトルほどストア内で露出が多くなると言われており、デベロッパー・パブリッシャー目線ではゲームタイトルの潜在的需要を示す重要なマーケティング指標とされる。
［ 8 ］中国・上海を本拠地とするゲーム会社。アクションRPG「原神（Genshin Impact）」や「崩壊」シリーズなどのタイトルを開発・運営している。グローバル向けには「HoYoverse」のブランド名で事業展開を進めており、PC・モバイル・コンソールを横断したマルチプラットフォーム展開と、ゲームIPを軸としたキャラクタービジネスやメディアミックスを含めた総合的なコンテンツ戦略を特徴とする。

日本から次世代のグローバル・ゲーム企業を生み出すために【前編】

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