1. 問題の所在
産業政策にとって、事業活動を行う主体(Entity)のあり方や金融資本市場のあり方は重要な政策テーマである。また企業経営においても、株式会社等の組織を規律するルールや資金調達に絡む金融資本市場を規律するルールは、経営の選択肢を左右することから大きな関心事であり続けている。またこれらのルールは、経営者の法的責任を規律していることから、経営者からも常に関心が払われてきた。国内の法令に着目すれば株式会社等の組織のあり方を規律する会社法や、金融資本市場のあり方を規律する金融商品取引法を中心とした法令や関連する各種自主規制等のソフトローについて、種々議論がなされ、常に時代に合わせた法改正や制度整備が行われてきた。近年は、刻一刻と変化する経済社会環境の変化に柔軟に対応していく観点からも、ソフトローの意義が注目され、ビジネスにおける存在感を増している。
一方、経営戦略の考え方も時代とともに変化してきた。近年は事業環境の急激な変化や第4次産業革命とも呼ばれる技術革新とそれに伴う経済社会の変化に対応した戦略が求められている。また企業において知的財産・無形資産の重要性が急激に高まっていることも、戦略のあり方に変化を求める結果となっており、多くの企業が知的財産戦略を重要視するようになってきている。2021年6月に改訂された「コーポレートガバナンス・コード」1が公表され、取締役会等の責務として、「中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである」こと、「人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである」ことが補充原則として明記されたことは、改めて経営層に対して知的財産に対する意識を喚起する結果ともなった2。知的財産が企業にとって重要な経営資源であることは、今日に始まったことではないが、必ずしも経営レベルで十分な議論がされてきたとは言えないのが日本の現状であり、具体的に「何を」すればよいのかという点については、更なる検討が必要な状況にある。
本稿では、これまで国内では一緒に論じられることが少なかった、コーポレート・ガバナンスと知的財産について、アメリカにおける議論等を参考にしながら、コーポレート・ガバナンスと経営戦略の関係、持続的可能なイノベーションを実現するための知的財産戦略の考え方について整理を試みたい。
【参考】コーポレートガバナンス・コード(CGC)改訂を契機とした「広義の知財(知財・無形資産)」による価値創造のための戦略構築(2022/02/08)
1 株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(2021年6月)。
2 同様に適切な情報開示と透明性の確保という点で、「上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取り組みを適切に開示すべきである。また人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである」という補充原則を示している。
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