子どもの貧困を劇的に減らしたアメリカの子ども税額控除(Child Tax Credit)をめぐる政策論議と日本への示唆

2023/06/12 小林 庸平
税制
社会政策
子ども

1.はじめに

厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、日本における子どもの貧困率は2018年時点で13.5%となっている。もっとも高かった2012年の16.3%からは低下傾向にあるものの、依然として7人に1人が貧困状態にある。近年の子どもの貧困率の低下は安定的な経済状況に支えられたものだったため[]、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックと経済停滞によって、足元の貧困率は再び悪化していることが懸念される。

そうしたなか、アメリカではパンデミック下における経済対策として、子ども税額控除(Child Tax Credit)が2021年下半期の時限的措置として大幅に拡充された。そのなかでは、子ども税額控除の額自体が引き上げられるとともに、所得の低いもしくは全くない世帯への還付が拡大されることで、子どもの貧困削減を企図したものとなっている。子ども税額控除拡充の時限措置は2022年からは停止されたものの、バイデン政権が2023年3月に発表した2024会計年度の予算教書では、再び拡充が盛り込まれている。

日本でも、岸田政権の「異次元の少子化対策」において、児童手当の所得制限撤廃や支給対象の高校生までの拡大、第3子以降の増額など、経済支援の拡充が検討されている。経済支援の拡大は当然財源を必要とするものであり、期待される効果や副作用などを十分に検討することが求められる。

そこで本稿では、アメリカの子ども税額控除をめぐる政策論議とその影響を整理する。アメリカでは、2021年下半期の子ども税額控除の拡充がどういった影響をもたらしたのかについて数多くの分析が行われているため、政策論議とその影響を整理することは、日本への示唆も大きいと考えられる。

2.子ども税額控除(Child Tax Credit)とは何か?

(1) 子ども税額控除の歴史[]

アメリカの子ども税額控除制度の主な変遷を時系列で整理したものが図表1である。子ども税額控除は1997年に初めて導入され、翌年から開始された制度である、導入当初は16歳以下の子ども1人につき、最大400ドルまでの税額控除がなされた。納税額が少ない場合でも還付(refund)は行われなかった。また、所得が高い場合は削減(フェーズアウト)措置が盛り込まれており、共働きの場合は年間所得11万ドル以上から、ひとり親・片働きの場合は同7.5万ドル以上から、徐々に子ども税額控除が削減され最終的にはゼロになる。なお日本でも、控除対象扶養親族がいれば扶養控除の対象となるが、あくまでも所得控除であるため、所得が高い世帯の方がメリットが大きくなる。一方で、子ども税額控除は税額自体が控除されるため、所得の多寡にかかわらず支払う税金が減額される形になる。

翌1998年には子ども1人当たり500ドルに税額控除を拡充することが決定され、1999年から施行された。2001年には勤労税額控除(Earned Income Tax Credit)との調整によって税額控除額が引き上げられるとともに、還付がなされるようになった。その後、子ども税額控除額および還付金額は徐々に引き上げられ、2009年には子ども1人当たり1,000ドルまで拡充されている。

(2) パンデミック前の子ども税額控除

子ども税額控除が近年大幅に改定されたのは2017年である。2017年のTax Cuts and Jobs Act(TCJA)によって税額控除額が倍増され、2018年からは16歳以下の子ども1人当たり最大2,000ドルの税額控除が得られる仕組みとなった[]。税額控除が納税額を上回った場合の還付額は最大1,400ドルまでとなった。ただし還付は2,500ドル以上の所得の15%までとなるため、所得の低い世帯は税額控除が少なくなる、もしくは受給できなくなる。ひとり親世帯については調整総所得(adjusted gross income)[]が20万ドルを超えた部分について、夫婦世帯については40万ドルを超えた部分について、子ども税額控除が5%減額される。なお、17・18歳の子どもと19~23歳のフルタイム大学生については、還付なし(nonrefundable)の税額控除を最大500ドル受け取ることができた。

図表 1 子ども税額控除(Child Tax Credit)制度の主な変遷
子ども税額控除(Child Tax Credit)制度の主な変遷
(出所)Congressional Research Service (2021)より作成

(3) パンデミック対策としての子ども税額控除の拡充

子ども税額控除がさらに拡大されたのが2021年である。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う経済対策American Rescue Plan(2021年3月に成立)の一環として実施された。主な点は以下のとおりである[]。第一に、今までは子ども1人当たり最大2,000ドルだった税額控除が、5歳以下の子どもについては3,600ドル、6~17歳の子どもについては3,000ドルとなった。第二に、所得の少ないもしくは全くない世帯であっても、納税額にかかわらず税額控除が全額還付される形になった。それまでの子ども税額控除の還付には上限があり、還付額も制限されていたため、納税額の少ない世帯はすべての税額控除を受け取ることができなかった。しかしながら子ども税額控除が全額還付されるようになったことで、納税額が少ないもしくはゼロの世帯についても税額控除を全額受け取れるようになった。第三に、税額控除が毎月受け取れるようになった。それ以前は、課税年度終了後に一括して控除が行われる形だったが、2021年7月から12月にかけて、税額控除の半額分が毎月給付され、残りの半額が納税申告時に給付される形になった。所得の低い世帯は、日々の生活が綱渡りとなっているケースも多く、仮に納税申告時に税額控除が受け取れるとわかっていても、それに応じて借り入れなどを柔軟に行えないことも多い。その意味で、税額控除が毎月給付されることは、日々の生活を安定化させる上で効果が大きいと考えられる。

なお所得の多い世帯については税額控除が減額される仕組みになっており、共働きの場合は調整総所得15万ドルから、ひとり親・片働きの場合は11.25万ドルから減少し始め、2021年以前の水準に達するまで減少する。その後、調整総所得がひとり親・片働きで20万ドル、共働きで40万ドルを超えると減少し始め、最終的にはゼロになる。

パンデミックに伴う子ども税額控除の拡充を、それ以前と比較が容易な6~16歳に限定して図示したものが図表2および図表3である。図表2は共働き世帯、図表3はひとり親・片働き世帯である。両図とも青い線が拡大前の税額控除額、オレンジの線が拡大後の税額控除額を示している。拡充の効果は、青い線とオレンジ色の線の間の領域である。もっとも恩恵を受けているのは低所得層であることが一目でわかる。2021年6月以前は、税額控除額が少なく、還付も制限されていたため、低所得層が実際に受け取れる税額控除額は非常に小さかった。それが制度拡充に伴って、一気に満額の3,000ドルを受け取れる形になった。

図表 2 共働き世帯の6~16歳の子ども1人当たり子ども税額控除額
(2021年6月以前と2021年7~12月)
共働き世帯の6~16歳の子ども1人当たり子ども税額控除額
(出所)Congressional Research Service (2021)より作成
図表 3 ひとり親・片働き世帯の6~16歳の子ども1人当たり子ども税額控除額
(2021年6月以前と2021年7~12月)
ひとり親・片働き世帯の6~16歳の子ども1人当たり子ども税額控除額
(出所)Congressional Research Service (2021)より作成

なおAmerican Rescue Planに基づく子ども税額控除の拡充は2021年7月から12月にかけての臨時的措置であり、2022年以降は再びそれ以前の仕組みに戻った。ただし税額控除が納税額を上回った場合の還付額は、2021年以前は最大1,400ドルだったが、インフレ率に連動し2022年は1,500ドル、2023年は1,600ドルとなっている。

3.2021年の子ども税額控除拡大の効果

本節では、拡充された2021年の子ども税額控除がどのような影響を与えたのか、その効果を概観する。

(1) 貧困率への影響

2021年の子ども税額控除の拡大が貧困率に与えた影響については、連邦政府のセンサス局が分析を行っている(Burns and Fox (2022))。センサス局は、必要となる食費・被服費・住居費・光熱費に基づいて、世帯の人数や家族の年齢、地域などを考慮して貧困線(poverty threshold)を設定している。現金収入・非現金収入の合計から税金や医療費等を差し引いて所得水準を算出している。子どもの貧困率は、貧困線を下回る所得水準で生活する18歳未満の子どもの割合として定義される。貧困線は、消費者物価指数を用いてインフレ率が反映され毎年改定されるが、例えば4人家族で18歳以下の子どもが2人いる世帯の場合、2021年の貧困線は26,500ドルとなる[]。

18歳未満の貧困率の時系列推移を示したものが図表 4である。センサス局の分析によると、2020年の子どもの貧困率は9.7%だが2021年は5.2%となっており、4.5pt低下している。グラフの2021年には、Burns and Fox(2022)によって計算された子ども税額控除の拡充がなかった場合の貧困率も示しているが、それは8.1%となっている。つまり2020年から2021年にかけての4.5ptの低下のうち、2.9pt(およそ3分の2)が子ども税額控除の拡充によるものである。センサス局の分析は、子ども税額控除の拡充によって290万人の子どもが貧困から抜け出したと推計している。

図表 4 18歳未満の貧困率の推移
18歳未満の貧困率の推移
(出所) United States Census Bureau(2022)およびBurns and Fox(2022)より作成。データの収集・処理方法の変更によって、
データは必ずしも連続性がない。

(2)労働供給への影響

子ども税額控除によって給付がなされると、労働意欲が低下し労働供給が低下することが懸念される。労働供給が低下すると、子ども税額控除が拡充された分が相殺されてしまい、家計の総所得はあまり増加しない可能性がある。

そうした影響を検証した論文がEnriquez et al.(2023)である。Enriquez et al.(2023)は子ども税額控除が拡充・月次給付されるようになった前後の2021年4月~12月のマイクロデータを用いることで、労働供給への影響を分析している。分析の結果、子ども税額控除の拡充・月次給付は、少なくとも短期的には雇用への影響をもたらさないことを明らかにしている。

(3)拡充措置による対象者拡大の内訳

図表 5は、パンデミックによって拡充された子ども税額控除の期限が切れた2022年時点の適用者の内訳を整理したものである。受給資格のある17歳以下の子ども6,685万人のうち、全額受給できているもしくは所得基準を超過しているため部分受給・未受給になっている子どもは4,819万人であり全体の72.1%を占めている。これらは、還付制限の影響を受けていない子どもたちである。一方、所得が少ないため部分受給・未受給になっている子どもは1,866万人であり、全体の27.9%になっている。これらの子どもは、子ども税額控除の還付制限に影響を受けた層だといえる。2021年後半はこの約1,866万人の子どもが満額受給できたことになる。こうした子どものいる世帯は基本的に低所得世帯であるため、貧困削減効果が大きくなる。それが図表 4で示された貧困率低下の背景にある。

図表 5 子ども税額控除(Child Tax Credit)の適用者の内訳(2022年)
子ども税額控除(Child Tax Credit)の適用者の内訳(2022年)
(出所) Tax Policy Center(2022)” T22-0123 – Distribution of Tax Units and Qualifying Children by Amount of Child Tax Credit (CTC), 2022” https://www.taxpolicycenter.org/model-estimates/children-and-other-dependents-receipt-child-tax-credit-and-other-dependent-tax

4.バイデン政権による2024会計年度予算教書における子ども税額控除の再導入

2022年初頭からいったん消滅した子ども税額控除の拡充だが、バイデン政権は2024会計年度の予算教書において、子ども税額控除の再拡大を盛り込んでいる。具体的な中身は以下のとおりである。

第一に、American Rescue Planの一環として2021年に拡充された子ども税額控除を恒久化することを盛り込んでいる。これは前述した全額還付付きの税額控除になることを意味する。第二に、18歳以上の子どもがいる世帯にも子ども税額控除を拡充する。バイデン政権の予算案では条件を満たした18歳以上の子どもに対しても500ドルの税額控除が適用される。第三に、子ども税額控除の支給は年次ではなく月次で行われる。第四に、バイデン政権の予算案では、受給資格のある世帯が子ども税額控除にアクセスできるように、アウトリーチを行うための予算が確保されている。

5.まとめと日本への示唆

本稿では、アメリカにおける子ども税額控除制度を概観するとともに、パンデミック対策として拡充された制度の影響を整理した。子ども税額控除の拡大は、子どもの貧困率引き下げに大きな効果を持つとともに、労働供給を阻害する効果は少なくとも短期的には確認されていない。2022年以降はいったん消滅した拡充措置だが、バイデン政権によって示された2024会計年度予算教書では再拡充が盛り込まれている。

日本の政策論議に対しては、以下のような示唆が導ける。第一に、還付付きの税額控除制度が持つ貧困削減効果の大きさである。日本の税制における控除は基本的に所得控除が中心で還付は行われていない。しかし所得控除の場合、もともと所得の高い人ほど減税額が大きくなるため、貧困削減効果は小さい。また、納税額が少ない人や全く納税していない人に対しても効果はない。第二に、毎月給付の意義である。日本の児童手当制度は、子ども1人当たりの月額が設定されており、税制のなかで行われている給付ではないものの、アメリカの子ども税額控除に類する制度だといえる。しかしながら、原則として支給が年3回に限定されているため、経済的に厳しい状況に置かれた世帯の使い勝手に課題がある。前述のとおり、毎月給付が労働供給に与える悪影響は小さいと考えられるため、行政のデジタル化が進展するなかでよりきめ細かな給付を検討すべき時期にあるといえる。第三に、所得制限および給付削減のあり方である。日本の児童手当は、所得制限を超えると給付が大きく減少することや、所得制限の基準が夫婦いずれか高い方の所得で判定される仕組みとなっている。一方、アメリカの場合、共働きの場合は両者の所得の合計値で所得制限が判断されるとともに、基準を超えた場合も控除額が緩やかに削減される(フェーズアウト)形になっている。これらの点は、日本の政策を考える上でも示唆があると考えられる。

参考文献


[] 詳細は小林他(2017)参照。
[] 本節はCongressional Research Service(2021)を参照している。
[] なお、それまでは扶養家族人数分の扶養控除(dependency exemption)を利用できたが、TCJA以降は扶養控除の金額はゼロになってなった。詳しくは、伊藤(2021)参照。
[] 所得(Income)から総所得除外項目(exclusions from gross income)と調整総所得前控除(deductions for adjusted gross income)を除いたものとして定義される。詳しくは伊藤(2021)参照。
[] インフレを反映して毎年改定される。
[] Tax Policy Center(2022)。
[] なおこの貧困率は、補足的貧困指標(Supplemental Poverty Measure:SPM)と呼ばれるものである。センサス局は税引前現金所得のみを用いて算出した公式貧困指標(Official Poverty Measure)も公表している。公式貧困指標は、貧困線を1963年の最低食費の3倍と定義している。厚生水準を反映するのは補足的貧困指標としている。詳しくはUnited States Census Bureau(2021)参照。

テーマ・タグから見つける

テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。