事業環境変化に対応した企業における法務機能の在り方

2021/08/10 肥塚 直人
経営管理
法務戦略

1.問題の所在

第4次産業革命と呼ばれる経済社会の変化に晒され、事業環境は刻一刻と変化している。技術革新による変化の流れに加え、SDGsに代表されるグローバルな価値観の浸透、価値観の多様化がもたらす企業や消費者の行動変容、地政学上の変化や新興国の台頭等、事業環境の変化は加速度的に早くなっている。こうした中、法務部門の機能や役割についての議論が近年になって盛んに行われるようになった。代表的な議論としては、経済産業省が設置した「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」(以下、法務機能の在り方研究会)における議論が比較的良く知られているが、商業雑誌においても特集が組まれる等、注目されている1

法務機能の在り方研究会が2018年4月に公表した報告書によれば、ビジネスのグローバル化の進展、イノベーションの加速、コンプライアンスの強化といった環境変化がこうした議論の背景にあるとしている2。グローバル化の進展については、報告書が指摘しているように競争法の執行強化の流れやM&A等も法務機能強化の要因であることは間違いないが、外部環境の変化が激しくなる中、長期的な視野に立った市場創造が重要となっている。またイノベーションの加速についても、データ利活用型ビジネス構築の重要性と法整備が進んでいない市場における対応の必要性が指摘されているが、同時にデータ利活用型ビジネスを行う際には、自らデザインするビジネスモデルを契約書で表現しなければならない。たとえば、取引に関わるプレーヤーとの関係構築や、ビジネスモデルの保護を図る必要があるが、これらも契約書を通じて担保する必要があることから、契約実務の重要性が高まっていることにも注目する必要がある。コンプライアンス強化の要請は最近に始まったことではないが、グローバル化やイノベーションが加速する中で、国内はもちろん、クロスボーダーでの法令対応や契約上の履行管理等の重要性も高まっている。

近年における議論の高まりも反映し、法務機能の在り方研究会は2019年11月にも報告書を公表しており、「事業(価値)の創造」に向けた法務機能の重要性や、法務機能を支える人材(経営法務人材)の育成・獲得の重要性を指摘している3。同報告書によれば、法務機能には、①実現可能な範囲を広げる機能(クリエーション機能)、②実現可能な範囲での最大化を目指す機能(ナビゲーション機能)、③実現可能な範囲内にとどめる機能(ガーディアン機能)の3つの機能が含まれると整理している4

劇的に変化する事業環境の中で難しい経営のかじ取りを迫られている経営者にとって、自社がどのような法務機能を実装するべきかについて難しい判断が求められている。この点、経営史の権威でもあるチャンドラー博士が指摘するように、組織は戦略に従って設計される5べきものであり、法務機能の在り方を検討する際にも、その時代における企業の置かれている事業環境を理解することが重要となる。

法務機能の強化の必要性については以前からも指摘されてきたテーマである。そこで、本稿では、足元の法務部門の実態を概観した上で、これまでに法務機能についてどのような整理がなされてきたのかについて振り返りをした上で、今日において重要な意義を持つと考えられる法務機能について考察を行いたい。

続きは全文紹介をご覧ください。


1 たとえば比較的最近のものとして、北島敬之・杉山忠昭・本間正浩・牛島信「ジェネラル・カウンシルと企業の法務機能(上)(下)」NBL1137・1138号(2019年)、斎藤輝夫「法務コンプライアンスの役割と組織設計」商事法務第2201号(2019年)18-25頁、児玉康平「日本企業におけるゼネラルカウンセルの重要性と日本企業が抱える法務体制の課題-グローバル事業会社の視点から-」商事法務第2201号(2019年)25-31頁、金子忠浩・高野雄市・野村慧「座談会 コンピテンシーモデルを軸とした考察 法務と経営を接近させるための法務人材・法務組織戦略」ビジネス法務第20巻第9号(2020年)等がある。

2 経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」(2018年4月)。

3 経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書~令和時代に必要な法務機能・法務人材とは~」(2019年11月)。

4 経済産業省・前掲注3、7-11頁。

5 Alfred D. Chandler, Jr., Strategy and Structure, Massachusetts Institute of Technology (1962). 邦語訳文献として、A・D・チャンドラー(有賀裕子訳)『組織は戦略に従う』(ダイヤモンド社、2004年)がある。

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