ポスト温暖化の未来予測~温暖化が抑制できないケースの心積もりの重要性~

2021/08/20 木下 祐輔
サステナビリティ
気候変動

今日、未来予測が盛んに行われている。しかし、真に重要なのは“意思を持って、ありたい未来を創っていく”ことである。本レポートでは気候変動問題に焦点を当て、温暖化抑制に向けた脱炭素とは別の視点として、地球温暖化がさらに進行した「ポスト温暖化」の環境下で“人類が幸福に生きられる未来を創る”ことに対する心積もりの重要性について論じる。簡易的なシナリオプランニングを行うことにより、「ポスト温暖化」の未来像について考察した。

1. 序論

政府が掲げる「Society5.0」に見られるように、誰しもが “社会課題が解決した未来”を夢見ており、サステナブルな社会づくり・事業開発に向け、さまざまな業界・企業として先端技術や新たなビジネスモデルの開発に積極的に取り組んでいる。一方、そのような取り組みの結果として実現する“なりゆきの未来社会”は必ずしも好ましい未来の姿とは限らない。そのわかりやすい例が、デジタル化を追求した結果、“監視社会”になる、というものである。

未来は“予測するもの”ではなく、“意思を持って創っていくもの”である。その点を踏まえ、その未来に起こりうる問題点を見据えて“あるべき社会をデザインし、創る”こと(=トランジションデザイン)が重要であると考える。今回は、敢えて“地球温暖化が進んでしまった世界”を想定し、そこで高いQoL(Quality of Life 生活の質)を実現する未来社会を考えてみたい。

長らく環境問題として認知されていた地球規模の気候変動が、昨今急速に世界の最重要課題に挙がっているのは論を待たない。日本でも2020年12月、菅内閣が“2050年の脱炭素社会実現に向けた「グリーン成長戦略」”を発表した。それに伴い、重厚長大型の産業を中心に、民間企業の“脱炭素”、“エネルギートランスフォーメーション”が社会的責任・法制度対応双方の観点で、最重要経営アジェンダに挙がるに至った。

しかしながら、地球温暖化が本質的に阻止できるかどうかは、必ずしも自明ではない。筆者は地球物理学も気象学も学んだ経験があるが、地球環境システムの複雑さを考慮した時に、数百年スケールで見ると“温暖化は不可逆的変化”ではないか、という懸念を拭い去れない。仮に温暖化が進んでしまった場合に、我々がどう生きて、どのように経済活動を行い、どう助け合って生きていくべきか、という視点に立って真剣に考える必要があると考えている。しかしながら、現在、社会を見渡してもこの点に注目が当たっているとは言えない状況には危機感を覚える。(まさにこの観点で政府も「気候変動適応」という概念を啓発しているが、認知が進んでいる状態とは言えない)

繰り返すが、脱炭素への取り組みは極めて重要な喫緊の課題である。温暖化を阻止できる可能性がある限り、真剣に取り組むべきである。これを大前提としつつ、今回伝えたいのは、脱炭素と並行し、“温暖化が進んだ環境に適応した社会”、すなわち「ポスト温暖化」社会を見据えた心積もりもしておくべきである、という点である。以降、そのイメージを具体化するために、簡易なシナリオプランニングを通じ、温暖化がさらに進行した未来社会について考察する。

【図1】地球温暖化に向けて備えておくべき2つのこと

地球温暖化に向けて備えておくべき2つのこと

(出所)当社作成

2. 本論

(1) 温暖化進行が止まらない可能性を想定したシナリオプランニングの考え方

前述のように、今後数百年スケールで見ると温暖化は“不可逆的変化”である可能性がある。温室効果ガス世界資料センターが定点観測するデータによると、直近30年の平均二酸化炭素濃度はコンスタントに上昇している。1997年の京都議定書以降、目立った改善の兆しは見られない。新型コロナウイルスパンデミックの影響による経済活動停滞に伴い排出量減少が期待された2020年ですら濃度に改善が見られなかった。さらに、「IPCC第5次評価報告書」に示されているように、世界平均地上気温に寄与するのは、その時点の二酸化炭素量ではなく、過去からの累積量であることが指摘されている。少なくとも今後20~30年の排出量削減の取り組みだけでは気温上昇を食い止めるには不十分な可能性がある。したがって今回、“もし温暖化進行が止まらないと仮定した時に必要となる心積もり”について、シナリオプランニングの考え方をベースに論じる。

シナリオプランニングは、戦略策定においてよく活用される未来予測手法であり、不確実性の高い未来を踏まえた経営意思決定のための道具である。オランダのロイヤル・ダッチ・シェルが1960年代後半に石油危機の可能性を織り込んだシナリオプランニングを通じ、石油危機による打撃を最低限に食い止めた事例は有名である。シナリオプランニングは民間企業のみならず、中央官庁が政策策定をする際にも広く活用されている。肝となるのは、“やや極端な未来を想定して気づきを得る”というプロセスにある。そして、“仮に~だったとして”を想定する中で、“少なくとも今からは~について念頭におくべき”といった気づきを、足元の戦略や日々の活動に活かすことが重要である。今回は、簡易なシナリオプランニングを通じ、「ポスト温暖化の未来」のシナリオと未来に対する備えについて考察した。

(2) 「ポスト温暖化」シナリオのドライバー

シナリオプランニングにおいては、未来に大きな影響を与えうる要因、すなわちドライバーを抽出することが重要である。今回、一般的に認識されている温暖化による“悪影響”をもとに、シナリオプランニングのドライバーを抽出した。その内容を【図2】に示す。

各研究機関が算出している定量的な影響を見ると、概ね2050~2100年頃に影響が顕在化すると言われている。一見、目に見える変化はすぐにはないように感じられるだろう。しかしながら、実態はそうではない可能性がある。気温上昇、氷融解による海水面上昇自体はシンプルな挙動だが、いわゆる“対流性気象擾乱”は複雑な挙動を示す。“対流性気象擾乱”とは活発な積乱雲による短時間強雨、突風、落雷、ひょうといった激しい気象現象のことで、平均気温上昇に伴う海水面からの水蒸気供給量の増加により、現象の活発化が予測されている。加えて、平均気温・海水温がわずかに変化するだけで、降水域の変化や、記録的な豪雨・突風(竜巻)を発生させうるため、2050年を待たず人類にとって大きな脅威になる可能性がある。我々が昨今感じているいわゆる“異常気象”も、温暖化が対流性気象擾乱を活発化させた結果起こっているという可能性は捨てきれない。

【図2】温暖化による悪影響

図 温暖化による悪影響

データ出所)

1.IPCC(2019)RPC8.5シナリオ
2.国土交通省「気候変動を踏まえた治水計画のあり方」(2021)
3. W.J.W.Botzen et al.「Climate change and hailstorm damage: Empirical evidence and implications for agriculture and insurance」(2010)
4. David Romps et al.「Projected increase in lightning strikes in the United States due to global warming」(2014)
5.気象庁気象研究所「地球温暖化で猛烈な熱帯低気圧(台風)の頻度が日本の南海上で高まる」(2017)
6.文部科学省・気象庁「日本の気候変動2020」(2020)
7.国立環境研究所「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」(2014)

今回は簡易なシナリオプランニングということで、比較的インパクトが大きいと見られる要因に着目し、すぐに顕在化する可能性が高いという視点も考慮して、“対流性気象擾乱の活発化”による影響をメインに考察する。具体的には、激しい気象現象に日常的に直面する社会を仮定する。(下記イメージ)

  • 各地で頻繁にゲリラ豪雨・浸水が起こり、移動・交通・屋外活動などに支障をきたす
  • 建物の中であっても、豪雨・落雷の音に恐怖を感じる
  • 突然降る巨大なひょうの塊や突風により、建物・自動車や歩行者を危険にさらす
  • 風速80メートルもの非常に強い台風に襲われる
  • 湿度が高くジメジメし、どんよりした曇りの日が増える
  • たまに晴天になったと思ったら気温が40℃近くに達する など

上記のような環境下における都市・生活のあり方や、事業・産業への影響の側面、さらには悪天候に起因するメンタルヘルスを含めた健康リスクを考慮することとする。それらをベースに、都市、生活者、産業・ビジネスを含めた「ポスト温暖化」の社会全体を洞察するために、以下の3つをドライバーとして設定した【図3】。

  • ①厳しい環境でもWell-beingを実現できる「都市・インフラ」
  • ②好ましくない気候下で共存共栄する「生活者・サプライチェーン」
  • ③多様化するリスクに備える“ネオ・ニューノーマル”な「行動規範」

【図3】ポスト温暖化未来予測のドライバー

図 ポスト温暖化未来予測のドライバー

(出所)当社作成

(3) 各ドライバーから推察される“気候変動適応”未来シナリオ

前述した3つのドライバーに沿った簡易シナリオプランニングの結果について以下に示す。詳細は【図4】に記載するが、ポイントは下記の通りである。

①都市・インフラ

「ポスト温暖化」は、建築・インフラにおける技術イノベーションの契機として捉えられる。現行技術の大前提として“これまでと環境が変わらない地球上で活用される”という点があったが、「ポスト温暖化」では“環境が激変する”という前提でのイノベーションが期待される。その結果、これまではニッチなテーマだった極限環境への対応や、宇宙進出を見据えた技術が重要視される可能性が大いにあるだろう。

また、その観点はまちづくり、不動産の考え方にも影響を及ぼしうる。上記の技術イノベーションが適用されたインフラや建物であるかどうかが、その価値を決める大きな要因になる可能性も高い。

②生活者・サプライチェーン

いくら厳しい気候になったとしても、当然ながら生活者の営みは続いていく。そればかりか、いかに楽しんで生きていくかを追求するのが人間である。ゲリラ豪雨・落雷の危険があっても一定数の人間は外出して日々を楽しむだろう。そうなった際には、昨今マスク着用が当たり前になったように、レインコート・長靴着用が当たり前になって日常のファッションアイテムの一部になるかもしれない。

一方で企業・産業視点では、激しい気象現象はビジネス・サプライチェーンに多大な影響を及ぼす。今まで以上に高度なサプライチェーンマネジメントが求められる上、気候変動の地域性に伴い拠点等の立地を短いサイクルで見直すような運営にシフトせざるを得ないかもしれない。そうなった時に、今の大企業はその大きな体制を維持できるか、という点も重要な経営課題に挙がる可能性がある。

③行動規範

「ポスト温暖化」では、生活者個人も企業も、外出・行動に対する価値観を変える意識がますます強くなると見られる。新型コロナウイルスパンデミックを通じ、STAYHOME・ソーシャルディスタンスといった意識に一定の定着が期待されている。しかし、行動変容が進まない昨今の社会情勢を踏まえると、今回のパンデミックだけでは社会全体としてニューノーマルになりきれない可能性がある。「ポスト温暖化」の未来においては、激しい気象条件に伴う行動変容に加え、新たなパンデミックリスクも踏まえると、外出・行動に対する価値観の見直しや行動変容が求められる状況が今後も持続する可能性があり、長い目で見て社会全体が“ネオ・ニューノーマル”としてアップデートされていくことが期待される。

【図4】各ドライバーから推察される“気候変動適応”未来シナリオ

 

図 各ドライバーから推察される“気候変動適応”未来シナリオ

(出所)当社作成

3. 結論

以上、考察してきたように、「ポスト温暖化」の未来像は、いくつかの科学的根拠に基づいているものの、仮定に仮定を重ねた“空想”に近い。しかしながら、出てきた結果に対し共感や危機感を覚えるとすれば、無下に“絵空事”だと切り捨てるのは得策ではない。シナリオプランニングの目的はまさにこういった気づきである。少なくとも、今回考察した範囲内でも、「ポスト温暖化」の未来像は、多くの人々の生活に影響を与えうるものであると同時に、新たなビジネスチャンス、研究テーマ、または企業としての体制・サプライチェーンのあり方にも大きく影響を与えうるものである。本レポートで言及したような未来像がわずかでも想定できるならば、その未来に対する備えのエッセンスを経営戦略や日々の業務・取り組みに取り込むことが有効だろう。

本レポートの主張は、“脱炭素が進んでも温暖化の進行は止まらない”ということや“温暖化が進んでしまった未来では○○が必要”ということではない。そのような可能性があることに目を向けて、個人として、または企業として、さらには社会全体として温暖化が進行した状況への対応を考えていく重要性を訴えるものである。脱炭素には真剣に取り組むことは大前提としながらも、温暖化が進んだ環境に適応した未来づくりにも目を向ける社会でありたいと考える。

執筆者

  • 木下 祐輔

    コンサルティング事業本部

    社会共創ビジネスユニット イノベーション&インキュベーション部

    プリンシパル ストラテジック・フューチャリスト

    木下 祐輔
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