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行動インサイトで従業員の行動を“より良く”変える

デジタルHR×行動インサイトによるパーソナライズド人事施策の例

2021/09/16
佐藤 文

要旨

規制や経済的インセンティブなどを伴わずにより良い行動を促すナッジ1が、個人の自由を奪わず、かつ追加的なコストが小さく導入できる効果的な政策アプローチとして、国内外で広まっている。企業でもマーケティングや人材マネジメントにおいて、消費者や従業員に“より良い”行動を促すアプローチとしてナッジをはじめとする行動インサイト2に基づく施策が導入され始めている。

一方で、対象者によって想定した効果が得られない、あるいは、逆効果になるような例もあり、一人ひとりの個別性に配慮したアプローチの必要性も議論されている。また、直感的な思考を利用するナッジは、対象者に介入を意識させない無意識の行動を促すことから、倫理的な観点で問題視されることもある。

人材マネジメントにおいてナッジなどの行動インサイトを活用する際には、従業員データを用いた個別化により効果を高めること、促す行動が“より良い”ものであること、さらには従業員本人が意識的、主体的に行動するようなナッジ以外の方法も検討することなどがポイントになる。より良く変えたい従業員の行動を明確化するとともに、これらのポイントを十分に考慮した施策設計と運用が、その効果に大きく影響する。

進化し続けるテクノロジーと行動インサイトを活用した施策で、人材マネジメントの一層の高度化が期待できる。

1. 行動インサイト、ナッジの活用拡大と課題

今般、行動インサイトを活用した政策アプローチが拡大している。その代表例が、2017年にノーベル経済学賞を受賞した理論のナッジである。「そっと後押し」することを意味するナッジは、強制することなく、また、経済的なインセンティブなどを与えることなく、人々により良い選択を促す枠組み、つまり選択アーキテクチャー3の一種である。これまでの研究から、人々の意思決定には、必ずしも合理的でない部分があり、それはある程度予測可能であることが分かっている。この予測可能な非合理性である先延ばしや損失回避などを考慮して、対象者により良い選択を促すのがナッジであり、可能な限り経済的に合理的な行動に近づけることを目指している。低炭素型の行動変容を促す情報発信や、大腸がん検診の精検未受診者への受診勧奨4など、日本の政策でも広く活用されるようになってきた。

(1)個別化とデジタルの活用

前述のとおり、人々の非合理的な意思決定パターンは行動経済学などによって一般化、類型化されてきた。しかしながら、類型化された意思決定パターンに基づくナッジの効果にも限界があり、それを個別化することによって解決しようという議論がある。たとえば、節電行動に対するナッジでは、世帯属性によって介入が逆効果になることもあるため、属性に応じた介入方法を選択することで、その効果を改善できることが示されている(村上ほか、2020)。また、規範的行動を促すナッジでは、「この部屋の宿泊者の大半がタオルを再利用しています」など、対象者の属性と類似している事例の情報を提供することが効果的であるとされている(Goldstein et al、2008)。

このようなナッジの個別化を効果的に行うためには、個人の行動データなど、膨大な情報が必要になるが、近年はIoTを活用してそうしたデータを収集することが容易になっている。収集した個人データは、テキストメッセージやモバイルアプリなどの身近なテクノロジーを通じて、一人ひとりに適した方法、内容のナッジに活用される。また、テクノロジーを活用したナッジは、その効果を評価するデータを収集することをも容易にする。継続的な改善、介入の最適化が可能になるのである。日本版ナッジ・ユニットBEST5(事務局:環境省)でも、BI-Tech(Behavioral Insights × Technology)として、ビッグデータの解析を通じてパーソナライズしたフィードバックを実現しようとする取り組みが進められている6

(2)持続性・倫理性と“ナッジ以外”

効果を上げているナッジの多くは、人々の行動にアプローチし、その直感的な思考に基づく素早い判断を利用した“非教育的ナッジ”である。これは、シンプルで安価、斬新でもあることから、世界中の政府や企業で、“いわゆるナッジ”として広まった。個人の選択の自由を維持する“非教育的ナッジ”にはさまざまなメリットがあるが、介入がなくなると簡単に元に戻ってしまうという効果の持続性に課題がある7。代表的な事例として、臓器提供数を増やすために臓器提供においてオプトアウト8をデフォルトで設定したり、健康促進の施策として砂糖に課税する代わりに健康的な食料を目立つ位置に陳列するなどの手法が挙げられる。こうしたその時の行動にアプローチするナッジは、それがなくなった後の効果は期待し難い。また、非教育的ナッジでは人々が介入を意識していないことが多いため、場合によっては個人が知らぬ間に誰かに操作されるような、倫理的な問題が生じる可能性がある。

一方で、人々の能力にアプローチする“ブースト”9は、介入が成功すれば、その効果が持続すると言われている(Grüne-Yanoff and Hertwig、2017)。また、ブーストを通じた介入には対象者が意識的に参加する必要があるため、透明性が高いともいえる。その他、よく考え合理的な思考に基づく遅い判断を利用した“教育的ナッジ”や、長期的ブーストと短期的ブースト、ショブ、バッジなど、さまざまな観点で行動インサイトを活用したアプローチの議論が行われている。

2. 企業での行動インサイト、ナッジの活用拡大

ナッジなどの行動インサイトを活用したアプローチは、企業でも活用が進んでいる。企業におけるナッジは、主に顧客の維持やタレントマネジメントなど、販売・マーケティング領域や人材マネジメント領域で活用されている。

たとえば、従業員の損失回避や現状維持バイアスの意思決定パターンを考慮して退職貯蓄を増やした例(Thaler R and Benartzi、2004)や、幸運のコインステッカーで床のごみを減らした例(Wu and Paluck、2021)がある。また、ヴァージン・アトランティック航空がパイロットへ燃料使用データのフィードバックと追加のメッセージやインセンティブと組み合わせることで燃料の使用量を抑えたケース10や、ボストンコンサルティンググループによる、リーダーが営業時間外にメッセージ送信をしようとすると「翌営業日まで送信を延期する」などの選択肢が提示されるといった従業員の生活に配慮するための取り組み11など、データやテクノロジーを活用した例がある。このように、ユーザーインターフェースのデザインを通じてデジタル選択環境で人々のより良い行動を促す施策を導入している企業がある。

しかしながら、デフォルトで自動更新されるサブスクリプションやレジ横にジャンクフードを陳列することによる衝動買いの促進など、人々の認知の脆弱性を利用して消費者を搾取するようなスラッジ(悪いナッジ)として問題となる例もあり、ここでもナッジの倫理性に関する課題は同様に存在する。それは、タクシー配車サービス企業がナッジを利用してより長くドライバーを働かせていた12ように、労働、人材マネジメント分野にもあてはまる。

3. 人材マネジメント施策における行動インサイト、ナッジの活用

(1)アプローチの枠組み

ナッジは、効果的なツールではあるものの、個別化や持続性・自律性、場合によっては倫理面での課題がある。それでは、ナッジなどの行動インサイトを活用したアプローチを企業、特に人材マネジメント領域で導入するにはどうすればよいだろうか。

まず、人事データやその活用基盤が十分に整備されていれば、データとテクノロジーを活用した個別のアプローチが可能になる。伝統的に蓄積されてきた生年月日や性別、給与や評価情報だけではなく、思考タイプや職務適性、スケジュールやコミュニケーションなどの行動データを活用できると、より効果的なアプローチが可能になるだろう。また、日々更新されるデータを活用して施策の効果を分析できれば、個別化を進め、より効果的な施策に改善し続けることも可能である。このようなデジタルを活用したナッジの例として、「スマートフィードバック」や「スマートリマインダー」、仕事を始める際にメールではなく最も重要なプロジェクトにかかわるアプリやファイルを起動するような「テクノロジーデフォルト」が挙げられている(Sobolev、2021)。

次に、持続性の観点では、非教育的ナッジに限定せず、ブーストや教育的ナッジなど、目的に応じたアプローチを検討する必要がある。同様に、倫理的な観点からも、施策そのものの倫理性や、社員に施策を意識させる必要があるかどうかなどの視点で、方法を検討すべきである。その際には、目標の明確さや動機付けの要否といったナッジとブーストの前提(の違い)の整理(Grüne-Yanoff & Hertwig、2016)が参考になる。

(2)施策設計の進め方

行動インサイトの活用に関しては、その設計プロセスにもさまざまなフレームワークがある。たとえば、OECDのBASICやBIT(Behavioral Insight Team)のTest・Learn・Adaptなどである。いずれにせよ、現状把握と概要・詳細設計、導入と改善といった、一般的な施策設計と近いプロセスが提供されている。その中で、行動インサイトを活用するポイントがさまざまな観点で提供され、また、課題が指摘されつつ、継続的に検討されている。

ここでは、人材マネジメント領域で行動インサイト、特にナッジを活用するイメージを持つために、コロナ禍における新しいコミュニケーションスタイルへの適応を例として、フレームワークにこだわらずに、施策設計の進め方を簡単に解説する。

【図表1】 ナッジ設計プロセス(イメージ)

ナッジ設計プロセス(イメージ)

(出所)当社作成

STEP1:現状把握

まず、現状把握として、施策検討に至った背景や目的を整理し、対処しようとしている問題を明らかにする。また、その問題を引き起こしていると想定される行動を観察・分析し、誰のどのような行動を対象とするのか、その候補を把握する。

たとえば、今日的な背景として、コロナ禍において強制的にもたらされたコミュニケーションのデジタル化(とアナログの使い分け)に適応できていないとする。具体的には、在宅勤務の増加に伴いオフィスで顔を合わさなくなったために極端にコミュニケーション機会が減っている、あるいは、仕事ぶりが見えない不安から、コミュニケーションが過剰になっているといったことが考えられる。チームのメンバーからは不満の声が上がっており、このままでは、メンバーの離職やチーム全体の生産性の低下が懸念されている。一方で、エンゲージメントサーベイの結果、従業員エンゲージメントにはチームリーダーとのコミュニケーションの影響が大きいと分かっており、「コミュニケーション不全による従業員エンゲージメントの低下」という問題に対処しようとする場合を考える。その問題を引き起こしていると想定される行動としては、チームリーダーが業務遂行上必要な連絡しかしない、頻繁にメンバーの進捗を確認する、ポジティブ・ネガティブいずれのフィードバックもしない、メンバーの提案を頭ごなしに否定する、などが考えられる。

STEP2:概要設計

次に、施策の概要を設計する。つまり、前段の現状把握に基づき、施策を通じて目指す効果と施策の対象を絞り込み、「誰」が、「どのような行動をする」ことによって、「何を実現」したいか、を明確にする。

前述の新しいコミュニケーションスタイルへの適応における最もシンプルな例としては、「チームリーダー」が、「適切な頻度でコミュニケーションをとる」ことで、「メンバーのエンゲージメントを高めたい」、ということになるだろう。

【図表 2】 新しいコミュニケーションスタイルへの適応ナッジの例

しいコミュニケーションスタイルへの適応ナッジの例

(出所)当社作成

また、概要設計として対象とする行動を構造化する必要があり、前述の行動を詳細なステップに落とし込む。ここでは、さまざまなタイプの対象者を想定して、いくつもの構造化パターンを検討するのがよい。

前述の新しいコミュニケーションスタイルへの適応の例では、主に2つのパターンが考えられる。1つ目は、コミュニケーション不足のパターンとして、以下のように分解できる。

a. 毎週月曜日の朝、リーダーが各メンバーとの直近1週間のコミュニケーション回数(メールの送受信回数、電話の回数、同席した会議の回数など)を集計する。

b. 集計結果から、最もコミュニケーション回数が少ないメンバーとその回数を確認する。

c. 自身のスケジュールを確認し、そのメンバーと会話する時間の目途をつける。

d. そのメンバーのスケジュールやコミュニケーションの好み、会話しようとしている時間帯を考慮して、テキストメッセージ、電話、テレビ会議などの方法を選択する。

e. 直接の業務に関係のない雑談も必要なものとして受け入れる。

f. その場ですぐに会話しない場合は、予定に組み込む。

g. 会話する。具体的には、テキストメッセージを送る、電話をかける、短時間でのテレビ会議を打診する、など。場合によっては、対面での短時間の面談や、グループでの雑談会議も考えられる。

2つ目は、コミュニケーション過剰のパターンである。詳細は割愛するが、前述と同様に行動を分解していく。

次に、構造化された一連の行動を施策で想定する(促す)行動に再編集する。最もわかりやすい再編集の方法例は“簡単化”である。なくなったとしても大きな影響のない行動をなくす、繰り返しの行動を1度きりの行動に変更する、自動化の可能性を検討するなどである。また、コミットメントやフィードバックのプロセスを追加する余地はないか、本人の動機と連動しているか、適切なタイミングにトリガーが設定されているかなども検討の範囲である。

前述のコミュニケーション不足の例では、a~cについては共通のコミュニケーションやスケジュール管理のプラットフォームを利用していれば、データに基づく自動化が可能だろう。dについても、時間帯や過去の傾向から適切な時間帯やコミュニケーションの手段を自動的に推薦することができる。また、この一連の行動は週に1回の繰り返しの行動になるため、少なくともaとbは、繰り返し設定が可能である。その結果、前述の行動は、以下のように再編集できる。

a. 毎週月曜日の朝、コミュニケーション回数の最も少ないメンバー、そのメンバーとの会話に適した時間帯と方法を確認する。

b. 直接の業務に関係のない雑談も必要なものとして受け入れる。

c. その場ですぐに会話しない場合は、予定に組み込む。

d. 会話する。

STEP3:詳細設計

ここから、実際の施策の設計になるが、ナッジは選択アーキテクチャーであるため、選択環境の構築と言い換えることもできる。対象となるのは、物理的環境や社会的環境、さらに、メールなどのソフトウェアアプリケーションや、ウェアラブルデバイスなどのハードウェアも含まれる。たとえば、目に入りやすい場所にポスターを掲示する、同僚の多くが既に実施していることを示す、パソコンを立ち上げたタイミングで最重要プロジェクトのファイルを開く、自動的に活動量を計測する、などである。また、一連の行動が完了したことが分かるような、フィードバックの仕組みを組み込むことも重要である。フィードバックには、行動が完了したときの即時的なものと、一定期間ごとの振り返りを促すものが含まれる。

前述のコミュニケーション不足の例では、まず、毎週月曜日にコミュニケーション回数の最も少ない、あるいは、一定の回数に満たないメンバー、そのメンバーとの会話に適した時間帯と方法の選択肢を自動的に表示させることが考えられる(デフォルト)。同時に、可能であれば、多くのリーダーは業務遂行上の要件がなくても会話していることや、エンゲージメント指標の高い他のチームのリーダーは、メンバーとより多く、偏りなく会話していることを事実に基づいて示す(社会規範)。そして、はじめに表示したメンバーとの会話方法を選択することで、コミュニケーションツールの起動、あるいは、スケジュールに登録がされるような仕組みが考えられる。実際に会話が実施されたかどうかは自動的に記録され、フィードバックや、以降のメッセージの提示方法に反映されることになるだろう。

行動の再編集や環境構築においては、行動科学的な観点で検討する。検討する際には、セイラーとサンスティーンのNUDGESやBITのEASTなど、効果性をチェックするさまざまなフレームワークが参考になる。ここでは、コンパクトにまとめられた10のナッジを紹介する(図表3)。また、デジタルを活用したナッジの原則として、テクノロジーを活用したデザイン、必要なデータの特定、実験を通じた最適化が提唱されている(Sobolev、2021)。これらの、過去の研究で明らかになった行動インサイトを活用することで、より効果的な施策となることが期待できる。

【図表 3】 重要な10のナッジ

ナッジ
1 デフォルト 教育、健康、貯蓄などのプログラムの自動登録
2 シンプル化 直感的で簡単に操作できるように、形式や規制を簡素化するなど
3 社会規範の利用 「ほとんどの人が投票する」「ほとんどの人が期日通りに税金を払う」「ホテルに泊まる10人に9人がタオルを再利用する」など
4 簡易性、利便性の向上 低コストのオプションや健康的な食品を見えやすくするなど
5 (一般)情報の開示 エネルギー使用に関する経済的または環境的なコスト、特定のクレジットカードのコスト、政府が提供する大量のデータなど
6 警告、グラフィック、その他 たばこの深刻なリスクに関する警告、「あなたのリスクを下げるためにXとYを行うことができます」など
7 コミットメント 禁煙プログラムへの参加を約束するなど
8 リマインダ メールやテキストメッセージで、滞納金や今後発生する義務、予定を知らせるなど
9 行動の意図を引き出す 「投票する予定ですか?」「子供にワクチンを接種する予定ですか?」「これまでの慣行からすると、あなたは有権者です」など
10 自身の過去の行動に関する情報提供 自身の昨年の電力費など

(出所)「Nudging: A Very Short Guide」(Cass R. Sunstein)に基づき当社作成

設計の最後に、全体の運用として、改善プロセスを組み込む。定期的に対象者を観察するなどし、行動の障害となるものを特定し、施策をアップデートしていく。特に、データやテクノロジーを活用したナッジについては、その効果を個別に最適化し、施策をアップデートし続けるためにも、改善プロセスは重要である。また、その観察の対象の大部分は、デジタル環境での行動の結果であるデータとなるだろう。また、可能であれば、全社に導入する前に特定のモデル職場で“実験”してみるのもよい。

前述の新しいコミュニケーションスタイルへの適応の例で考えれば、ナッジとリーダーの行動の関係やリーダーの行動とチームのエンゲージメント指標の推移を分析することによって、リーダーへのメッセージなどを最適化する、あるいは、チーム別のコミュニケーション状況とエンゲージメント指標の推移をモニタリングし、ナッジ自体を見直すことも考えられる。

STEP4:導入準備

設計が完了したら、導入準備、実際の運用・改善のフェーズに入る。導入準備にあたっては、特にデータやテクノロジーを活用したナッジの場合は、ナッジそのもののデジタル環境を構築するとともに、改善のためのデータ収集、分析基盤を構築する必要がある。また、基本的にナッジは対象者の能力を変えずに行動を変える選択アーキテクチャーであるものの、新たに導入されるデジタルツールの使い方などはトレーニングが必要になるかもしれない。いずれにせよ、準備段階で行動の障害になりうるものは、極力取り除いていく。

STEP5:運用・改善

導入後の運用・改善にあたっては、運用体制を構築するとともに、モニタリングと改善のための体制も構築し、着実に実行していく。

前述の新しいコミュニケーションスタイルへの適応の例で考えれば、メンバーの特性別にコミュニケーション頻度やタイミングを調整することも可能であるし、従業員エンゲージメントに影響するその他の要素にアプローチする施策を追加することも可能である。たとえば、最もエンゲージメントに影響する要素の違いによって、個別のアプローチをとることが考えられる(図表4)。

【図表 4】従業員エンゲージメントを高める“個別の”ナッジの例

従業員エンゲージメントを高める“個別の”ナッジの例

(出所)当社作成

 

4. おわりに

新しい政策ツールであるナッジも、人材マネジメント上の具体的な施策として考えると、これまで用いられてきた人事手法と重なる部分がある。しかしながら、さまざまな研究成果に基づく行動インサイトやテクノロジーを活用して個別化を実現することで、より効果的な施策になる可能性が高い。これからの人材マネジメントには、社会やビジネスの変化に合わせた働き方のルールや報酬政策などの見直しだけでなく、行動インサイトに基づく施策を通じたビジネスの成功とエンプロイーエクスペリエンスの向上が重要になってくるのではないだろうか。

参考文献

    • 村上佳世、嶌田栄樹、牛房義明、依田高典(2020)「ナッジとリベートの異質介入効果:因果的機械学習の節電フィールド実験への応用」、『京都大学大学院経済学研究科ディスカッションペーパーシリーズ』
    • リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン(2009)『実践 行動経済学』日経 BP
    • Cass R. Sunstein(2014)Nudging: A Very Short Guide
    • Goldstein, N.J., Cialdini, R. B., and Griskevicius, V. (2008). A Room with a Viewpoint: Using Social Norms to Motivate Environmental Conservation in Hotels, Journal of Consumer Research, pp.472-482.
    • Hertwig, R, Grüne-Yanoff, T. (2017). Nudging and Boosting: Steering or Empowering Good Decisions. Perspect Psychol Sci, pp.973-986.
    • Grüne-Yanoff, T., & Hertwig, R. (2016). Nudge versus boost: How coherent are policy and theory? Minds and Machines, pp.149–183.
    • HERTWIG, R. (2017). When to consider boosting: Some rules for policy-makers. Behavioural Public Policy, pp.143-161.
    • Richard Thaler and Shlomo Benartzi, (2004), Save More Tomorrow (TM): Using Behavioral Economics to Increase Employee Saving, Journal of Political Economy, pp.S164-S187
    • Sobolev, Michael. (2021). Digital Nudging: Using Technology to Nudge for Good.
    • Sherry Jueyu Wu, Elizabeth Levy Paluck, (2021). Designing nudges for the context: Golden coin decals nudge workplace behavior in China, Organizational Behavior and Human Decision Processes, pp.43-50.

    1 選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素(セイラーとサンスティーン、2009)
    例)納税通知書に同じ地域に住む住民の納税率を記載することによって納税を促す、カフェテリアの目につくところにサラダなどを配置することによって健康的な食事を促す、など

    2 行動科学や社会科学、それらの実証的な研究結果から得られた、人々が実際にどのように選択を行うかに関する洞察

    3 人々の選択に影響を及ぼす設備などの物理的な構造、ビジュアル、情報提供方法などの枠組みで、選択者への強制力は(ほとんど)ない

    4 行動科学チームMERITの実績より

    5 日本版ナッジ・ユニット(BEST:Behavioral Sciences Team)について(環境省)

    6 「『行動インサイト』×『AI/IoT等先端技術』(BI-Tech)を活用した行動変容の促進について」(環境省)

    7 ただし、繰り返しのナッジについては、時間の経過とともに習慣として定着する可能性もある。

    8 拒否する意思を示す行為。反対に受け入れる意思を示す行為はオプトイン。メルマガ受信受け入れのチェックを外す行為はオプトアウト。

    9 個人の技能と知識(コンピテンシー、リテラシー)を向上させ、人々が自分自身で主体的に選択する能力を育成するアプローチ。
    例)包括的な会計知識ではなく経験則のトレーニングによって零細企業の収益を向上させる、今すぐ聞きたいオーディオブックとジムで運動することを組み合わせる“誘惑バンドル”で健康行動を促す、など

    10 「Virgin Atlantic just used behavioral science to ‘nudge’ its pilots into using less fuel. It worked」(The Washington Post)

    11 「The Persuasive Power of the Digital Nudge」(Boston Consulting Group)

    12 「How Uber Uses Psychological Tricks to Push Its Drivers’ Buttons」(The New York Times)

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HR第3部
シニアコンサルタント
佐藤 文

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