有価証券報告書から読み解く『役員報酬制度の最新トレンド』(2)~株式報酬を中心とした中長期インセンティブ~
上場企業における直近の有価証券報告書の記載事項に関する集計結果から、役員報酬制度のトレンドを概説する本コラム。前回は、報酬ミックスと業績指標のトレンドについて紹介しました。第2回は、株式報酬を中心とした「中長期インセンティブ(LTI)」について解説します。なお、企業群B(ジャスダックまたはマザーズ上場企業のうち、2018年4月1日以降上場の企業。計50社)はLTIを導入している企業数自体が少ないため、本コラムでは企業群A(東証1部または東証2部上場企業のうち、売上高3,000億円以上の企業。計210社)の集計結果から、LTIのトレンドを紹介します。
集計結果
(1) LTIのスキーム
企業群Aにおいて最も多かったLTIの支給スキームは、業績条件なしの株式報酬1でした。次いで業績条件ありの株式報酬2、3番目がSO(ストック・オプション)となっています(【図1】参照)。
(2) 譲渡制限期間の設定
業績条件なしの株式報酬を採用している企業のうち、譲渡制限期間の記載があった50社の譲渡制限期間の設定について調べると、譲渡制限期間を退任時までとしている企業が最も多く(60%)、次いで多かったのが20年超30年以下としている企業(16%)でした(【図2】参照)。
また、業績条件ありの株式報酬を採用している企業についても、譲渡制限期間の記載があった企業46社においては、譲渡制限期間を退任時までとしている企業が最も多く、約7割(33社)を占めました。
(3)業績連動期間の設定
業績条件ありの株式報酬を採用している企業のうち、業績連動期間の記載があった55社においては、約70%の企業が業績連動期間を1年超3年以下としています(【図3】参照)。
(注)1. n数は調査対象企業のうち、スキームや設計の記載が明確に確認できた企業。1社で複数スキームを設定しているケースあり
2. 業績連動期間や譲渡制限期間は記載の最大値を集計している(例:1~3年という記載であれば、3年以下として集計)
まとめ:集計結果の考察
業績条件の有無に関わらず、株式の譲渡制限期間として退任時やこれに準ずるような長期間を設定するケースが多いのは、役員退職慰労金制度の廃止に代わるものとしてLTIを導入している日本企業が多いことが一因である考えられます。また、役員の長期にわたる株価上昇への貢献を促すことに加えて、退任時支給とすることで役員個人の税負担を軽減する狙いもあるでしょう。
今回の調査で特筆すべき点は、企業群Aにおける業績条件ありの株式報酬スキームの導入率(約34%3)が、業績条件なしの株式報酬スキームの導入率(約44%)に迫る割合で高かったことです。一般的に、業績条件なしの方がシンプルな仕組みであり導入率が高いとされています。企業群Aは、中長期の計画や目標達成をステークホルダーに強く求められていることや、業績条件ありの株式報酬スキームを十分に運用しうる社内体制が整備されている(または外部の金融機関に運用を委託できる)こと等が、このような結果の背景として考えられます。
なお、業績条件ありの株式報酬における業績連動期間を1年超3年以下としている企業が最も多い点は、中期経営計画の期間に合わせているためと考えられ、この点からも中長期の計画や目標達成に対する強い意識が感じられます。
LTIのスキーム選択や具体的な設計にあたり、まずは中長期のインセンティブとして何をステークホルダーにコミットするのかを検討することが重要です。その上で、運用コスト(企業の負担)および役員個人の税務上の取扱い(本人の負担)等を総合的に判断することで、ステークホルダーにとってより合理性のある仕組みとしてLTIを機能させることが可能となります。
第1回コラム:有価証券報告書から読み解く『役員報酬制度の最新トレンド』(1)~報酬ミックスと業績連動指標~
1 RS(リストリクテッド・ストック、譲渡制限付株式報酬)、RSU(リストリクテッド・ストック・ユニット)および株式交付信託(業績非連動)のいずれかを採用している企業数の合計
2 PS(パフォーマンス・シェア)、PSU(パフォーマンス・シェア・ユニット)、株式交付信託(業績連動)のいずれかを採用している企業の合計。なお、株式交付信託を採用している企業については、業績連動の記載および株価以外の業績指標の記載がある場合を株式交付信託(業績連動)として集計
3 企業群Aのうち、LTIのスキームの記載が明確に確認できた企業を母集団として集計
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