低PBR企業の価値創造に向けた改善計画対応について

2023/03/30 柏原 雄一郎
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2022年7月末から始まった東京証券取引所の市場区分見直しに関するフォローアップ会議(以下、フォローアップ会議)において、東証は継続してPBR(株価純資産倍率)が1倍割れとなっている企業に、改善に向けた計画を示すよう求める方針を明らかにしました。上場会社に対して、資本コストや株価に対する意識改革・リテラシー向上を通じ、価値創造に向けた実効性のある取り組みを促し、資本の有効活用を促進させることが株式市場で求められているとも言えるでしょう。そこで本コラムでは、PBR1倍割れ企業の改善計画策定に必要な考え方を解説します。

日本の株式市場にまん延する価値毀損企業

日本の株式市場は、PBR1倍割れ企業が半数を占めており、欧米市場と比較すると異常な状態が続いています。PBR1倍割れの状態とは、一般には、市場価値が解散価値を下回っている状態を指します。時価総額が会計上の純資産(簿価)を下回っているため、すべての株式を取得して直ちに解散すれば利益が発生するアービトラージが生じている状態です(実際には、簿価と時価の差異や解散時の換金価値は異なります)。

PBRは残余利益モデルで考えると、図表1のように表現できます。PBRが1倍を割れている場合、企業が生み出すリターンが投資家の期待収益率である資本コストを超えておらず(エクイティスプレッド<0の状態)、株式市場からは、今後も同様の状態が続き、価値を毀損し続けるとみなされているということを意味しています。

【図表1】PBRとエクイティスプレッド
PBRとエクイティスプレッド
(出所)当社作成

しかし、PBRは1倍を超えれば安泰というわけでもないのが実情です。図表2はPBRを欧米の主要株価指数構成銘柄と比較したものです。S&P500(米国)のうちPBRが1倍を割り込む企業は全体の5%であり、STOXX600(欧州)においても24%となっています。つまり、「PBR1倍」は単なる赤点ラインに過ぎず、合格ラインはまだまだ先という認識を持たなくてはならない状態です。

上場企業の経営に対する評価は株式市場においてなされる大前提と、フォローアップ会議内でPBRの一覧公表が検討されているという事実を踏まえ、「PBR1倍割れ」という状況に当てはまる企業は、株式市場において一種の落第点が晒されている状態に危機感を持たなければならないでしょう。

【図表2】日本における市場区分別のPBRの比較および欧米市場との比較
日本における市場区分別のPBRの比較および欧米市場との比較
(出所)東京証券取引所 市場区分見直しに関するフォローアップ会議 第5回(2022年12月28日開催) 資料3 東証参考資料

価値毀損企業へ改善計画の開示を強く要請

東証は、フォローアップ会議の有識者、実務家、パブリックコメントによる投資家の声などを踏まえ、改善策を検討しています。具体的には、長期にわたってPBRが1倍を下回っている企業を、上場会社であるにもかかわらず、資本コストや株価に対する意識が低く、市場や投資家と向き合った経営をしていないと判断し、改善を促すための具体策を開示させる方向で検討を進めています【図表3・4】。

【図表3】東証がまとめた中長期的な企業価値向上を促すための方策
東証がまとめた中長期的な企業価値向上を促すための方策
(出所)東京証券取引所 市場区分見直しに関するフォローアップ会議 第7回(2023年1月25日開催)資料3 市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の論点整理(案)
【図表4】東証がまとめた資本コストや株価への意識改革・リテラシー向上
東証がまとめた資本コストや株価への意識改革・リテラシー向上
(出所)東京証券取引所 市場区分見直しに関するフォローアップ会議 第7回(2023年1月25日開催) 資料4 論点整理を踏まえた今後の東証の対応(案)

実質と成果が問われる改善計画の開示と意識・行動・仕組みをアップデートする必要性

資本コストを意識した経営については、これまでもコーポレートガバナンス・コード(CGコード)や「投資家と企業の対話ガイドライン(対話ガイドライン)」で示されていました【図表5】。しかし、何の反応もしていない企業や、形式的な対応にとどまり、実質的・効果的な取り組みが全くされていないケースが多くみられます。なかには、急遽取り繕った方針を示し、取締役会で承認は得たものの、真剣な討議がなされていない会社や、経営陣のキャピタルマーケットリテラシーが不十分で、組織・従業員への理解・浸透が不十分な会社なども存在します。これらの企業では、投資判断やKPI(重要業績評価指標)によるパフォーマンスレビュー、評価や報酬への反映などもないケースがほとんどです。PBR1倍割れ企業の改善計画への対応については、その内容が確定していない段階ではあるものの、少なくともCGコードや対話ガイドラインに示された形式基準を具備した上で、実質的な運用を可能な限り徹底して行い、その進捗状況を開示していく必要があるでしょう。もちろん、開示しただけにとどまらず、価値創造に向けた意識・行動・仕組みの根本的なアップデートをすることが重要となります。

【図表5】資本効率等に関する目標に関連した原則(CGコード・対話ガイドライン)

資本効率等に関する目標に関連した原則
(出所)「コーポレートガバナンス・コード」および「投資家と企業の対話ガイドライン」より当社作成

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