2023年1月の内閣府令改正により、同年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から、人的資本に関する情報開示が義務となりました[ 1 ]。これに伴い、各社の人的資本の開示内容への注目が集まっています。一方で、人材版伊藤レポートをはじめ人的資本に関する議論においては、持続的な企業価値の向上を実現するために、経営戦略と人材戦略の連動が不可欠であるとの認識が示されています[ 2 ]。経営戦略と人材戦略を連動させるためには、経営戦略の実現に必要な人材・組織の姿(以下「あるべき人材・組織像」)を適切に設定することがポイントとなります。
そこで、本コラムでは、「あるべき人材・組織像」の検討にあたって有効な4つの要素について、直近の2023年3月決算における有価証券報告書の開示事例[ 3 ]を交えながら紹介します。
経営戦略と人材戦略の結節点となる「あるべき人材・組織像」
本コラムにおいて、人材戦略を構成するのは、「あるべき人材・組織像」と「あるべき人材・組織像を実現するための方針(以下「人的資本に関する方針」)」と定義します。また、人的資本に関する方針や個別の人事施策は、「あるべき人材・組織像」と「現在の人材・組織の状況」との差分(問題)を踏まえて導き出すものと捉えます。したがって、「あるべき人材・組織像」の解像度が高いほど、人的資本に関して解決すべき問題が明確になり、効果的に打ち手(方針や施策)を検討しやすくなります。
このように、経営戦略を実現するために必要な人材・組織の姿を示した「あるべき人材・組織像」は、人材戦略と経営戦略を効果的に連動させるための結節点となります【図表1】。
「あるべき人材・組織像」を示す4つの要素
「あるべき人材・組織像」を検討するにあたっては、いわゆる「マッキンゼーの7S(以降「7S」と表記)」で示された、戦略と整合させるべき組織の構成要素が参考となります【図表2】。7Sの要素の中でも、人的資本そのものに着目している「ソフトの4S」(①共通の価値観、②組織文化、③人材、④組織スキル)は、「あるべき人材・組織像」を示すうえで有効な観点となります。
4つの要素に関する開示事例
本章では、「あるべき人材・組織像」を示した開示事例を、上述した「ソフトの4S」の要素に当てはめながら紹介します【図表3】。
味の素は、共通の価値観とする志(パーパス)への共感を「あるべき人材・組織像」として示しています。長期視点で、ありたい姿への道筋を示した目標として「中期ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)経営2030ロードマップ」を掲げ、志(パーパス)である「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」への共感を、ASV実現の大前提として位置付けています。また、「志への共感」が、「1人当たりの売上高」などにおいて正の相関があることも開示しています。
丸井グループは、「あるべき人材・組織像」として、中期経営計画を実現するために必要な組織文化を示しています。中期経営計画で、イノベーションを創出し続ける社会課題解決企業を目指すと掲げたうえで、自ら「社会実験企業」と宣言し、「失敗を許容し、挑戦を奨励する」文化を育むとしています。また、組織文化の変革を進めるチャレンジに向けた「打席数」や「試行回数」などを行動KPIとして開示しています。
日本航空は、「あるべき人材・組織像」に関連し、事業構造改革と連動した人財配置(人財シフト)[ 5 ]の目標を示しています。具体的には、成長領域を伸ばして収益源を多様化させる計画と連動し、既存の基幹事業の領域から成長領域へ人財をシフトし、2025年度には成長領域への人財配置を3,500名増加(2019年度対比)させるという目標を掲げています。また、成長領域のポストにおける公募・登用制度の拡充を図るなど、人財をシフトするための対応策も開示しています。
NTTデータグループは、中期経営計画と連動した専門性強化の方針を「あるべき人材・組織像」に関連した項目として示しています。具体的には、「ITとConnectivityの融合による新たなサービスの創出」および「Foresight起点のコンサルティング力強化」に向けた「コンサル人財の強化」、そして、「先進技術活用力とシステム開発技術力の強化」に向けた「テクノロジー人財の強化」を設定しています。また、これらの人財における成長の道筋を示し、その専門性とレベルを認定する制度として「プロフェッショナルCDP(Career Development Program)」の内容も開示しています。
自社の文脈にあわせた「あるべき人材・組織像」の検討
上述の事例をみると、「あるべき人材・組織像」は経営戦略やビジネスモデルに応じて各社各様であり、決まった形はないとも言えます。まずは、本コラムで紹介した4つの要素に当てはめる手法も参考にして、自社に合わせた切り口で検討することが重要です。その際に欠かせないのは、経営層・CHRO・人事をはじめとした社内の関係者が、経営戦略を踏まえた人材・組織の課題に正面から向き合い、丁寧に議論を重ねていくプロセスです。そのプロセスを経ることが、遠回りに見えても、実は経営戦略と連動した「あるべき人材・組織像」を検討するうえで肝要でもあります。
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[ 1 ]企業内容等の開示に関する内閣府令(2023年1月31日)(最終確認日:2023年8月16日)
[ 2 ]経済産業省(2020)「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書 ~人材版伊藤レポート~」(最終確認日:2023年8月16日)
[ 3 ]日経225の構成企業のうち、2023年3月決算の企業(3月末日を決算日とする企業のうち2023年6月末日時点で有価証券報告書の提出があった183社)の有価証券報告書における掲載内容から紹介(最終確認日:2023年7月31日)
[ 4 ]出所は以下の通り(最終確認日:2023年7月31日)
味の素 第145期有価証券報告書
丸井グループ 第87期有価証券報告書
日本航空 第74期有価証券報告書
NTTデータグループ 第35期有価証券報告書
[ 5 ]本コラムでは、「人材」と表記をしていますが、日本航空およびNTTデータグループの表記は、引用元の資料の通り「人財」と表記しています。
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