会社員2万人のウェルビーイング・エンゲージメント調査結果(4)職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)の有無で「ワーク・エンゲイジメント」に差が生じる
人的資本経営の推進において、昨今、「ウェルビーイング」や「ワーク・エンゲイジメント」といった指標に注目が集まっています。これらの指標と他のさまざまな要素との関係を探るため、当社では日本国内の企業に在籍する会社員約2万人を対象にアンケート調査(以降、会社員2万人調査)を実施しました[ 1 ]。本連載「会社員2万人のウェルビーイング・エンゲージメント調査結果」では、会社員2万人調査を統計的見地から詳細に分析の上、日本企業の人材マネジメントにとって示唆となり得る内容をテーマごとにご紹介します。
第4回となる本稿では、職務記述書(組織におけるポジションごとの職務内容・要件などを文章化したもの)の有無と「ワーク・エンゲイジメント」の関係を取り上げます。「職務記述書は規定されている」と回答したグループと、「職務記述書は規定されていない」と回答したグループで、「ワーク・エンゲイジメント」や「役割認識・職務適正感」のスコアに統計的に有意な差異が認められるかを確認し、それぞれのグループで「ワーク・エンゲイジメント」に影響を与える因子の違いを明らかにした上で、職務記述書を導入することの効果検証および「ワーク・エンゲイジメント」向上のための施策を検討する際のポイントをお伝えします。
「ワーク・エンゲイジメント」と「職務記述書」の関係
会社員2万人調査では、人的資本経営の重要指標の一つである「ワーク・エンゲイジメント」に対し、社員の能力や希望に合った仕事であるかを示す「役割認識・職務適正感」が、相対的に強い影響を与えていることが示唆されました。
この結果は、自身の役割や職務の明確さが、従業員の「ワーク・エンゲイジメント」を向上させる可能性があるという海外の先行研究と共通しています。例えば、Sembiring & Normi.,(2021)は、職務記述書が自身の責任や役割の認識を含む個人の仕事に関する能力を向上させる可能性があると指摘しています[ 2 ]。また、Oluwatayo & Adetoro., (2020)は、明確な職務記述書や上司からの定期的なフィードバックによってもたらされる自身の役割の明確さは、「ワーク・エンゲイジメント」のうち「活力」「没頭」に影響を与えることが示唆されています[ 3 ]。
上記先行研究と既報での分析結果を踏まえると、職務記述書は、個人の「役割認識・職務適正感」という因子を通じて「ワーク・エンゲイジメント」に影響を与えるという間接的な役割を担っていると考えられます。
そこで今回は、1.職務記述書の有無で「役割認識・職務適正感」および「ワーク・エンゲイジメント」のスコアに差があるのか、2.職務記述書が規定されているグループと、規定されていないグループで、「ワーク・エンゲイジメント」に影響を与える因子に差異はあるのか、の2点を検証しました。
職務記述書の有無による「役割認識・職務適正感」「ワーク・エンゲイジメント」のスコアの比較
会社員2万人調査では、「自身の役職・職務に関して職務記述書が規定されている」という質問に対し、回答者は、「職務記述書は規定されている」「職務記述書は規定されていない」の二つの選択肢からどちらか一つを選びました。その結果、「職務記述書は規定されている」と回答したのは、全体のうち27.1%であり、残り70%以上が「職務記述書は規定されていない」と回答しました。
職務記述書が規定されていると回答したグループと、規定されていないと回答したグループの「ワーク・エンゲイジメント」と「役割認識・職務適正感」について、対応のないt検定を実施しました。t検定とは、調査で得られた標本における属性ごとの平均値について、統計的に「差があるか」を確かめる分析手法です。調査結果に対して対応のないt検定を行った結果、【図表2】の通り、職務記述書の有無によって「ワーク・エンゲイジメント」と「役割認識・職務適正」の双方で、1%水準で統計的に有意な差がありました。
職務記述書の有無で、「ワーク・エンゲイジメント」に影響を与える因子に差異はあるのか?
次に、「ワーク・エンゲイジメント」を目的変数とする重回帰分析を行い、職務記述書の有無で「ワーク・エンゲイジメント」に影響のある因子に差異はあるのか、確認しました。
本稿では、「ワーク・エンゲイジメント」を目的変数(説明したい変数)として重回帰分析を実施し、「ワーク・エンゲイジメント」に直接的に影響があると考えられる説明変数(目的変数の値に影響を与えると考えられる変数)を「第一階層」として算出しました。続いて、算出した第一階層の説明変数に対して影響を与える「第二階層」の説明変数を算出し、「ワーク・エンゲイジメント」にどのような因子が影響を与えているのかを構造化しました。なお、記載している変数は5%水準で統計的に有意となっています。
分析の結果、職務記述書の有無を問わず、「ワーク・エンゲイジメント」に直接影響する第一階層の上位4因子は共通して「役割認識・職務適正感」、「組織コミットメント」(組織に対する愛着や帰属意識)、「心理的資本(楽観性)」(仕事に対する楽観的な心構え)、「やってみよう因子[ 4 ]」(自己肯定感など主体性に関わる因子)となりました(【図表3-1、3-2】)。
次に、職務記述書の有無による特徴を見ていきます。職務記述書が規定されているグループは、「組織コミットメント」では「理念・方針の理解」(自社・自部署の理念や経営方針の理解度)と「役割認識・職務適正感」に加えて、「成長機会」(成長の機会の付与やそれに伴う成長実感)と「Team Mental Model[ 5 ]」(業務遂行のために必要な知識)が影響を与えていると考えられます。一方、職務記述書が規定されていないグループは、「心理的資本(楽観性)」では、「心理的資本(希望)」(困難な状況に対する向き合い方)と「心理的資本(レジリエンス)」(仕事を完遂する能力・姿勢)、「心理的資本(エフィカシー)」(自己効力感)に加えて、「成長機会」が影響を与えていると考えられ、「やってみよう!因子」では「ウェルビーイング」が影響を与えていると示唆されました。
最後に「ワーク・エンゲイジメント」に直接影響を与えていると考えられる因子(第一階層)について、職務記述書が規定されているグループでは、「プロアクティブ行動」(自発的な職務・職場環境の改善行動)が「ワーク・エンゲイジメント」に直接的な影響を与えていると考えられますが、職務記述書が規定されていないグループでは、「LMX[ 6 ]」(上司との信頼関係)と「仕事の要求度」(量的・質的な仕事の要求水準)が「ワーク・エンゲイジメント」に直接的な影響を与えていると考えられます。
おわりに:ワーク・エンゲイジメント向上に関する示唆
会社員2万人調査の結果から、職務記述書の有無によって、個人の「役割認識・職務適正感」に統計的に有意な差があり、「ワーク・エンゲイジメント」を向上させる因子が異なる傾向が見られました。職務記述書が規定されているグループのワーク・エンゲイジメント構造に着目すると、職務記述書は自身の役割や期待値の理解を補助し、「職務をいかに効率的に遂行するのか」「いかに働きやすい環境を作るのか」といった自発的な改善活動を促す効果があり、結果として「ワーク・エンゲイジメント」を向上させる可能性があると考えられます。
しかしながら、職務記述書を一度作成すれば直ちに「ワーク・エンゲイジメント」の向上効果が発揮される、という単純なものではないことに留意する必要があります。 Al-Marwai, S. A., & Subramaniam,(2009)では、職務記述書を定期的にアップデートし続けることの重要性を説いています[ 7 ]。経営・事業戦略の見直しや組織変革といった、職務が大きく変わるタイミングに連動して職務記述書を適時・適切に更新しなければ、従業員の「役割認識・職務適正」を高めることにはつながりません。「ワーク・エンゲイジメント」の維持・向上のためには、四半期や半期ごとに職務記述書を見直す仕組み作りや、職務記述書のアップデートを事業部門と人事部門が協働して実施する運用体制の構築が肝要です。
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会社員のウェルビーイングとエンゲージメントに関する2万人調査結果
[ 1 ]アンケートの対象・方法・期間などの概要は https://www.murc.jp/library/report/cr_240521/ を参照ください
[ 2 ]Sembiring, R., & Normi, S. (2021). Job Description Contribution, Work Engagement, Work Experience and Work Ability to Employee Commitments in the Service Industry. Academy of Strategic Management Journal, 20(1), 1-11.
[ 3 ]Oluwatayo, A. A., & Adetoro, O. (2020). Influence of Employee Attributes, Work Context and Human Resource Management Practices on Employee Job Engagement. Global Journal of Flexible Systems Management,295–308.
[ 4 ]やってみよう因子とは、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、武蔵野大学ウェルビーイング学部長である前野隆司教授が提唱している主体性に関わる因子で、ウェルビーイングに影響を与えるとされています。
[ 5 ]Team mental modelsは、チームの成果を向上させる概念です。チームのタスクを遂行するために必要な知識がメンバー間で共有されているかという点に着目します。
[ 6 ]LMX(Leader-Member Exchange)は、リーダシップに関する理論です。上司と部下が信頼し合い好意的な関係を築けているとLMXが高くなります。
[ 7 ]Al-Marwai, S. A., & Subramaniam, I. D. (2009). A review of the need for writing & updating job descriptions for 21st century organizations. Methodology: European Journal of Research Methods for the Behavioral & Social Sciences, 12(2), 241–251.
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