医薬品メーカーにおける品質確認試験の不正や異物混入などの品質不正が相次ぐ昨今、医薬品の安全性に対する信頼が損なわれつつあります。医薬品メーカーの社会的使命である「安全な医薬品の安定的な供給」を実現するためには、品質不正を抑止するガバナンス態勢の整備が急務です。
本稿では、医薬品メーカーにおける品質不正事案について報告書の内容などを踏まえて原因分析を行い、医薬品メーカーが構築すべき、あるべきガバナンス態勢への道筋について解説します。

医薬品メーカーにおける品質不正の原因

近年、医薬品メーカーにおいて品質不正が相次いでいる背景には、2005年の旧薬事法改正により医薬品製造の外部委託が解禁されたことが挙げられます。これにより、製造販売業者（製造委託元）による品質管理の目が届きづらくなった他、薬価の下落に伴う利益率の減少により品質確保の投資が困難になっています。こうした業界内の背景も踏まえつつ、過去に発生した品質不正事案の調査報告書などを分析すると、品質不正の主な原因として「品質・製造に関する管理監督態勢の実効性不足」と「不正が蔓延しかねない企業風土」の2つが浮かび上がります。

1つ目の「品質・製造に関する管理監督態勢の実効性不足」は、品質部門から製造部門への監督機能が十分に機能していないことや、内部監査部門による製造拠点への監査機能不足を指します。この要因には、品質不正を予防する態勢、すなわち品質を担保する仕組みの形骸化が考えられます。

例えば、医薬品製造工場では、品質管理部門の権限や発言力が弱いため、製造部門に対する十分なモニタリングができていないケースも見受けられます。さらに、製造販売業者（本社）では品質管理部門による工場への品質監査の頻度が低く、監査機能が十分に果たされていない可能性があります。品質管理部門と内部監査部門で重複した業務を行っていることや、リスクの大きさが考慮されず、些末なリスクに過大な監査資源が投下されていることなどが、品質管理態勢の実効性低下を招いていると考えられます。

2つ目の「不正が蔓延し得る企業風土の定着」は、品質よりも出荷量・売上を重視する文化や自社に不都合な情報を報告しづらい環境が定着していることが問題視されます。加えて、法令遵守に対する社内意識の欠如も、不正が発生しやすい要因となります。たとえ不正を防止する仕組みが構築されていても、その運用を担う従業員の意識が低く、不正を許すものであれば、仕組みは形骸化してしまいます。そのため、態勢の整備と併せて組織風土の改善にも取り組む必要があります（図表1）。

【図表1】品質不正の原因および改善施策のイメージ

（出所）当社作成

態勢・風土の両面から実施する改善策

品質不正の原因の1つである「品質・製造に関する管理監督態勢の実効性不足」に対して、どのような改善策が考えられるでしょうか。ここでは、いわゆる「3線ディフェンス」の第1線・第2線・第3線それぞれについて改善策を講じるイメージを取り上げます（図表2）。
第1線に対する改善策としては、工場の各部門における責任権限を明確化し、管理監督態勢の実効性向上、リスクオーナーシップの醸成による、現場レベルのリスク管理態勢の強化が考えられます。
第2線については、本社品質管理部門の権限強化や品質リスクへの対応策に対するモニタリング態勢を強化し、品質管理部門による管理監督態勢の実効性を向上させます。
第3線については、品質管理部門と監査部門の連携強化、リスクベース監査の導入に加え、リスク情報に基づく監査項目の再整備などを通じて監査業務を効率化することにより、監査の実効性を高めていきます。

【図表2】品質・製造における管理監督態勢強化に向けた施策イメージ

（出所）当社作成

2つ目の原因である「不正が蔓延しかねない企業風土」に対しては、自社における「現状の組織カルチャー」と「あるべき組織カルチャー」を可視化した上で、そのギャップを埋め、「あるべき組織カルチャー」を浸透させるための施策を講じる必要があります（図表3）。
「現状の組織カルチャー」を把握する手段としては、従業員へのアンケート調査の実施が挙げられます。「あるべき組織カルチャー」の定義には、役員へのインタビューが有効です。その際は、対象者の考えやビジョンを引き出すだけではなく、「人命に関わり、安全性や透明性が特に求められる」といった、医薬品業界の特徴も考慮することが重要です。
「あるべき組織カルチャー」と「現状の組織カルチャー」の双方が認識されることで、両者のギャップが浮き彫りになると、そのギャップを埋めるための具体的な対策の検討が可能となります。検討した対策を実施し、その効果を定点観測しながら、「あるべき組織カルチャー」への改善を続けていきます。

【図表3】組織カルチャーの改善に向けた取り組みイメージ

（出所）当社作成

外部環境変化を踏まえた医薬品メーカーにおけるガバナンス態勢構築の重要性

少子高齢化が進む中、社会保障費の抑制を目的とした薬価改定が進み、医薬品メーカーを取り巻く環境は厳しさを増しています。そのような環境下でも「安全な医薬品の安定的な供給」という社会的使命を果たすためには、これまで述べてきた実効性のある3線ディフェンス態勢の構築と、これを効果的に運用できる社内風土醸成が不可欠です。

しかしながら、抜本的なガバナンス態勢構築を進めようとしても、社内での抵抗や、開発・製造・販売など利益に直結する活動の優先によって、取り組みが頓挫する可能性もあります。これを防ぐためには、社内で既に実施されている業務改善や調査と連携させながら進めることも有効です。例えば、品質管理態勢の見直しを全社的な業務改善に組み込むことで、社内の理解を得ながら3線ディフェンス態勢の強化を行う方法も考えられます。また、既に実施している従業員満足度調査に、コンプライアンスや組織風土に関する内容を追加し、自社の課題を浮き彫りにすることで、ガバナンス態勢構築への意識を高めることもできます。

このように、外部環境の変化を踏まえて求められるガバナンス態勢を正確に把握すると同時に、ガバナンスの変革への社内の抵抗を軽減し、問題意識を醸成することが、実効性の高いガバナンス態勢構築において重要となります。

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