医療・介護・福祉・教育

匿名での出産のしくみをめぐって

「内密出産」における相談支援の必要性

2022/08/30 松井 望、家子 直幸
医療福祉政策

1.はじめに

熊本市にある慈恵病院が実施する「内密出産」は、妊婦が病院だけに身分を明かして匿名で出産し、母の名前を記さずに匿名で出生届を提出するしくみであり、妊娠に葛藤を抱える妊婦の孤立出産等を防ぐことを目的としている。国は先日、「内密出産」に関し、自治体や病院の対応方針に関するガイドラインを、可能な限り速やかに発出する方針であることを公表した。これにより、「内密出産」など匿名で出産及び出生届出ができるしくみ(以下「匿名での出産のしくみ」という。)をめぐる国内議論は一気に加速している。

国内ではこれまで、出産と出生届出を匿名で行うことの是非や、匿名性の確保の方法を中心に議論が行われてきた。他方、匿名での出産及び出生届出を希望する女性に対し、それ以外の可能性も視野に入れた相談支援を行うことについては、あまり議論の焦点が当てられていない。しかし、女性が多様な選択肢を検討したうえで、出産や養育の方法について決断できるよう支援することは、匿名での出産のしくみと切り離せないと考える。本稿では、海外の事例等を紹介しつつ、匿名での出産のしくみを用意する場合の、利用を希望する女性に対する相談支援の重要性について論じたい。

2.匿名での出産のしくみをめぐる最近の動向と国内議論

妊娠に葛藤を抱える女性の中には、妊娠を他者に知られたくないために病院を受診せず、母子の命にとって危険な孤立出産を選択するケースがある。慈恵病院が2019年12月に導入した「内密出産」は、こうした女性が病院だけに身元情報を明かして出産し、生まれた子どもについて母の身分を記載しないで出生届出をするしくみであり、2022年8月29日現在までに、5例実施されている。このしくみでは、女性は病院だけに身元情報を明かすことになっており、病院はこの身元情報を保管して、子どもが将来自己の出自に関する情報にアクセスできるようにする。ただ、子どもの出生届は出産した女性の名前が記載されないまま提出されるため、病院が女性の身元を知りながら記載しないことが公正証書原本不実記載罪に問われないかといった点が議論となっていた。

2022年5月末、政府は「内密出産」で生まれた子について、戸籍法上医師の届け出によらずとも市区町村長の職権で戸籍を作成できるという解釈を、ガイドラインに明記することを検討していると明らかにした。また6月、少子化担当大臣は「内密出産」に関し、子どもによる自己の出自に関する情報へのアクセスを保障するため、国が母親の身元に関する情報を管理するしくみを検討する考えを示した。そして8月29日、内閣官房長官は、「内密出産」に関するガイドラインを可能な限り速やかに発出する方針を述べた。

この一連の動きの中で、政界やメディアでは「内密出産」など匿名での出産のしくみに関する議論が一気に高まっている。その主な論点はまず、孤立出産を防ぐことができるという評価や、安易な養育放棄につながるといった批判など、匿名での出産・出生届出を認めることの是非に関するものである。また、匿名性を確保する方法についても議論されており、女性の身分情報を誰にどこまで開示するか、子どもの出自に関する情報へのアクセスをいかに保障するかといった点が注目されている。他方、匿名での出産のしくみを利用する女性に対し、それ以外の可能性も視野に入れた相談支援を行うことについては、あまり焦点が当てられていない。

3. 匿名での出産のしくみにおける相談支援の必要性

匿名での出産や出生届出を希望する女性は、言い換えれば、妊娠について非常に大きな葛藤を抱えている女性である。例えば、性暴力・性被害の結果としての妊娠、パートナーや家族からサポートが受けられない中での妊娠など、自身の今後の人生や出産後の子どもの養育について冷静に考える余裕がない状況で、誰にも相談できないまま出産間近となったような女性である。この中には、自宅等での孤立出産を選ぶケースもあれば、匿名での出産のしくみを知り、利用を希望するケースもあるだろう。

このような女性たちにまず必要なのは、安心して状況を話し、一緒に今後のことを考え、出産に関する重大な決断を冷静に行えるよう、サポートしてくれる相手ではないだろうか。匿名での出産のしくみにおいては、匿名で出産・出生届出をするという選択肢を示すだけでなく、女性の抱える葛藤について丁寧に話を聞き、通常の出産・出生届出を前提とした多様な選択肢も含めて検討できるよう、質の高い相談支援が行われる必要があろう。

実際、海外先進国においては、匿名での出産や出生届出をしようとする女性に対し、充実したサポートを提供している例がある。

4.ドイツの事例

慈恵病院の「内密出産」のしくみは、ドイツの内密出産制度に倣ったものとされているが、ドイツの同制度は、匿名での出産を認めることだけを目的としているのではなく、まずは妊娠葛藤を抱える女性に対し丁寧な相談支援を行うことを主眼としている。

ドイツの「妊婦支援の拡大と内密出産の規定のための法律(内密出産法)」では、女性の身元情報を表示しないで子どもの出生登録を行うことが認められている。この制度において、危機的な状況にある妊婦は、妊娠相談所で匿名によりカウンセリングを受けられる。カウンセリングでは、「親と子どもが同居生活すること」を第一の目標としており、それを受け入れられない場合にのみ、「匿名性を保持したままでの養子縁組」手続が行われる。すなわち、匿名での子どもの委託を一つの選択肢として認める大前提として、事前のカウンセリングにより必要な支援制度に繋げるなど、女性の抱える妊娠葛藤そのものへの対応に重きが置かれている。

ドイツ連邦家族省の委託評価調査報告書(2017 年)で実施されたアンケート調査によると、妊娠相談所における相談事例の6割は、相談プロセスの中で女性の抱える問題を解決し、育児支援制度や養子縁組支援制度を紹介できたとのことである。また、最終的に内密出産を選んだ女性の半数以上が、出産後も妊娠相談所と連絡を取っており、匿名性を放棄して子どもを取り戻したケースも多い。

5.フランスの事例

フランスでは、女性が自分の身分を明かさずに病院で出産すること、またこれにより生まれた子どもについては、父母の名前の記載がない出生証明書を作成することもできる(以下、このような匿名での出産・出生登録を「匿名出産」と呼ぶ。)。匿名出産を行った女性は2ヵ月以内であれば、子どもを引き取ることができる。

匿名出産制度の根拠法(養子及び国家後見子の出自へのアクセスに関する法律)は、出産時の母子の健康保護を目的とした法律である。そして匿名出産制度は、危機的な状況にある妊婦とその子どもを救うための制度、女性の権利、公衆衛生の制度として位置付けられている

匿名出産を希望する女性に対しては、子どもを自ら養育する場合に利用できる各種支援制度、父母の名前を記載しないで出生登録することにより生じる法的効果、子どもが出自を知ることの重要性等について、説明が行われることとなっている。女性は説明を受けたうえで、やはり自分で子どもを育てることはできないとなれば、子どもを認知して養子縁組を行うか、または匿名出産のしくみを利用することとなる。

また、そもそもフランスは周産期医療へのアクセサビリティが高く、外国人含む全ての妊婦が医療機関において、無償で検診・入院・出産等を行うことができる。加えて、子育てのための財政支援制度も充実している。このような環境は、妊娠葛藤を抱える女性にとっても、安心して公的機関へアクセスする後押しとなっていると思われる。

6.韓国の事例

韓国には、公的制度としての匿名による子どもの委託のしくみはない。ただし、韓国では民間団体によりベビーボックスが3か所運営されており、ここに匿名で子どもを委託する女性も一定数存在する。ベビーボックスはあくまで民間のしくみであり、韓国政府は合法性について明確な見解を示してはいない。また、運営団体と母親との面談は利用の必須要件でなく、運営団体による母親との接触や身分情報の把握は必ずしも実現しない。

しかし韓国のベビーボックスにおいても、利用を希望する女性にできるだけ丁寧な相談支援を行うため、努力が行われている。ベビーボックスの運営経験者によれば、委託された子どものうち、約9割について、運営団体は実親との面談・カウンセリングを実現できており、面談・カウンセリングにおいては、まずは女性自身による養育を勧めている。また、半年間程度はベビーボックスで子どもを一時保護できること、無償で母子での居住も可能であることなども説明している。相談者の15%程度は、相談を重ねた結果最終的に子どもを引き取るという。

なお、韓国はこれまで、「未婚母子施設」(ひとり親の女性が周産期から一定期間生活できる施設)の整備など、ひとり親・未婚母を対象とした法制度の整備や政策推進に力を入れてきた。このような公的施策は、困難な状況にある妊婦にとって、複雑な事情を抱えた女性の出産も国としてサポートするというメッセージとなり、自ら公的機関に接触し安全な出産を行うことに繋がるものと思われる。

7. 国内の養子縁組斡旋等における意思決定前相談支援

当社が実施した、妊娠に大きな葛藤を抱える女性への支援を行う団体・施設へのインタビューにおいて、インタビューに応じた支援者は、女性が子どもを自分で養育するか、あるいは養子縁組をするか等について適切な判断ができるよう、十分に配慮しながら相談支援を行っていた。

例えば、まずは女性自身の生活が安定するよう計らい、冷静な判断ができる環境を整えること、子どもの養育について女性が考え至っていない他の選択肢についても説明し、そのうえで本人の意思を尊重することなどである。また、初めの相談時と出産後で女性を取り巻く環境が変化し、その結果本人の意思が変化する場合もあるため(出産後に家族のサポートを得られたことで、自分で育てる決意をしたなど)、結論を焦らないようにしているとの声もあった。

このような支援を受け、納得して意思決定をした女性は、自分と子どもにとって最善の選択をしたという自信のもと、より良い人生を歩んでいくことができると思われる。このことは、匿名での出産のしくみを利用しようとする女性についても同様であろう。そして、生まれた子どももまた、将来、病院等に保管されている実母の情報の開示を受けた際や、病院関係者から当時の実母の様子を聞いた際に、実母が自身と子どものために考えた最善の選択だったことを理解し、自身の人生を前向きに進むことができるのではないか。

8.まとめ

匿名での出産のしくみについて、国としての見解・方針が示されつつあるものの、国内での議論はまだ始まったばかりである。今後、匿名での出産のしくみを認める目的・必要性や、女性と生まれた子どもに対する具体的な権利保障・必要な支援のしくみについて、さらなる議論と明確な説明が求められていくだろう。今後の議論においては、匿名での出産・出生届出を公的に認めることの是非だけでなく、女性と生まれた子どものウェルビーイングをどう保障するかという観点での、具体的なしくみの検討が必要となる。

匿名での出産のしくみの利用を希望する女性は、妊娠に大きな葛藤を抱え、孤立出産を選ぼうとするほど追い詰められている女性と考えられる。このような女性に対しては、その心に寄り添い、匿名での出産・出生届出以外にも、多様な選択肢があることを理解したうえで最善の判断をできるよう、丁寧な相談支援を行うことが重要である。十分な相談支援が担保されないままだとすれば、女性は慎重に考える余裕のないまま結論を出しかねず、後々心に傷を残すような選択をしてしまうかもしれない。

孤立出産を選ぼうとするほど追い詰められている女性に対し、匿名で安心・安全に出産できる環境へのアクセスを確保することは、女性が、出産に際し接触するスタッフとの話し合いの過程で、子どもにとって最善の養育環境を選び、かつ女性自身のより良い未来を切り開くことにつながる。つまり、匿名での出産のしくみは、女性と子どもの人権やウェルビーイングと密接に関わっていると言える。女性と子どもの人権保護及びウェルビーイング向上は、出産を受け入れる個々の病院だけではなく、社会全体で考え、取り組む必要があろう。今後、匿名での出産のしくみの一環として、女性に対する相談支援の充実についても、議論・検討していくことが期待される。


本稿は、当社が厚生労働省の平成30年度子ども・子育て支援推進調査研究事業費補助金を受けて実施した「妊娠を他者に知られたくない女性に対する海外の法・制度に関する調査研究」等を踏まえ執筆している。

なお、内密出産においては、女性の身元情報は出生登録には表示されないものの、出自証明書には記録され、連邦の行政機関において厳封のうえ16年間保管される。そして子どもは16歳になると、原則として記録を閲覧できるようになる。このように女性の匿名性が完全かつ永久に保障されるものではないことから、「匿名」ではなく「内密」出産制度と表現される。

シード・プランニング(2020)「妊娠を他者に知られたくない女性に対する海外の法・制度が各国の社会に生じた効果に関する調査研究 報告書」令和元年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2019)「妊娠を他者に知られたくない女性に対する 海外の法・制度に関する調査研究」平成31年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業。

同上

シード・プランニング(2020)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2019)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2019)をもとにまとめた。なお、ベビーボックスの箇所数については、2022年8月29日時点の数を記載した

三菱UFJリサーチ&コンサルティング「危機的妊婦への支援で母子の命を救う」政策研究レポート(2020.5.11)

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