食品寄附の活性化による食品ロス削減の推進~韓国の事例から考える「責任の在り方」~
1. はじめに
食品ロスの削減の推進に関する法律(2019年10月1日施行)では、食品ロスの削減に向けた基本方針や基本的施策が整理されており、第19条では未利用食品等を提供するための活動の支援等について定めている[1]。同条第3項を受け、我が国では消費者庁を中心に、諸外国における「食品の提供等に伴って生ずる責任の在り方」について調査が実施されてきた。同法の制定から2023年秋で4年を迎えるに当たり、本稿では食品の寄附(特にフードバンク活動)に焦点を当て、「食品の提供等に伴って生ずる責任の在り方」を検討する必要性について整理し、その考え方の一つとして韓国における在り方を紹介する。
(未利用食品等を提供するための活動の支援等)
第十九条 国及び地方公共団体は、食品関連事業者その他の者から未利用食品等まだ食べることができる食品の提供を受けて貧困、災害等により必要な食べ物を十分に入手することができない者にこれを提供するための活動が円滑に行われるよう、当該活動に係る関係者相互の連携の強化等を図るために必要な施策を講ずるものとする。
2 前項に定めるもののほか、国及び地方公共団体は、民間の団体が行う同項の活動を支援するために必要な施策を講ずるものとする。
3 国は、第一項の活動のための食品の提供等に伴って生ずる責任の在り方に関する調査及び検討を行うよう努めるものとする。
(出所)消費者庁HP「食品ロスの削減の推進に関する法律」(令和5年7月4日最終閲覧)
2. なぜ「責任の在り方」を検討する必要があるのか
フードバンク活動とは、食品ロスの削減の推進に関する法律の第19条第1項のとおり定義されるが[2]、その一連のプロセスを食品の流れで整理すると、①食品関連事業者その他の者(本稿では以下「食品関連事業者等」と表記。なお、農家も含む整理がなされる場合もある[3]。)が、まだ食べることができる食品(未利用食品)をNPO等の「フードバンク団体」に寄附し、②フードバンク団体が、必要な食べ物を十分に入手することができない個人や世帯、あるいは福祉施設等(本稿では以下、「利用者」と表記。)へと提供する取り組みと言える。既往の調査等では、食品が食品関連事業者等から利用者まで提供される流れと、日本における食品寄附の普及を阻む課題や懸念事項を図表1のように整理している。
食品関連事業者等はフードバンク活動に協力することで、「食品の廃棄処理コストの低減」や「税制上の優遇措置[4]」が得られる他、「食品ロス削減に取り組んでいる」「社会的責任を果たしている」といった企業イメージの向上が期待できる。一方、食品寄附への協力が進まない理由として、「寄附の必要性が十分認知されていない」「社内での対応体制が整備できていない」等の他、寄附食品に起因した事故が生じた場合の「レピュテーションリスク、ブランド価値毀損への懸念」が挙げられる(図表1)。日本では製造物責任(PL)法にて、欠陥のある製造物を流通させた事業者(たとえば、食品製造事業者や輸入販売を行う事業者、プライベートブランドを販売する事業者等)が損害賠償の責任を負うことが規定されており、「日本の食品製造業者の多くは食品事故のリスクや安全性の瑕疵を恐れ、たとえ余剰在庫があっても、積極的に寄付しようとはしない」と指摘されてもいる[5]。食品寄附は基本的に善意に基づく取り組みであり、食品関連事業者等にとっては非営利な取り組みである。そのような活動において、自社が責任を問われる可能性や、ブランドイメージ毀損に発展するリスクを負ってまで、非営利な食品寄附活動を推進することは一定のハードルがあってもおかしくはない。
それゆえ、食品関連事業者等がより多くの未利用食品をフードバンク団体に寄附することを促進するためには、寄附食品に起因した損害・事故の責任の在り方(基本的な考え方)を明確にし、可能であれば善意に基づく取り組みについては責任を不問とすることが有効ではないかと考えられるのである。事実、食品寄附が盛んなアメリカでは「善きサマリア人食品寄附法(Bill Emerson Good Samaritan Food Donation Act)」と呼ばれる法律にて、すべての品質・表示基準を満たす食品を誠意を持って寄附する場合については、寄附者が責任を問われないことが明文化されている[6]。
3. 政府主導により、食品寄附の活性化を実現した韓国の事例[7]
隣国である韓国では、食品寄附を取り巻く法制度が整備されている。2006年に「食品寄附活性化法/식품기부 활성화에 관한 법률」が施行されて以後、15年間で食品の寄附量は約5倍に増加しており(2006年は約37億円、2021年は約190億円。いずれも帳簿価額ベース。)、「政府の直接的な支援の下、フォーマルケアとして発展してきた」と、既往研究でも多くの評価がなされてきた[8]。韓国の歴史的な経緯や実態の詳細については他に譲り、ここでは韓国におけるフードバンク活動に伴う責任の在り方を紹介したい。なお、韓国のフードバンク活動は、「食品寄附活性化法」に基づく届出を行ったフードバンク団体(以下では便宜上、「政府認定フードバンク」とする[9])と、その他のフードバンク団体が存在しており、本稿では前者を中心に整理する。
(注記)厳密な法解釈には、食品寄附活性化法の原文を参照のこと。なお、免責要件の充足は当事者が証明し、事案別に判断されるものである。
韓国における「食品の提供等に伴って生ずる責任の在り方」は、図表2のとおり整理できる。基本的な考え方として、故意または重大な過失、または食品衛生法に不適合な食品による損害や事故については、当該事由の原因となった主体が責任を負う(図表2の①②③⑤)。韓国はその他の過失に伴う民事責任(図表2の④)の取扱いが特徴的であり、食品関連事業者等を含む寄附者は当該事由における民事責任が免除となり、政府認定フードバンクは責任を負うという差異が設けられている。食品関連事業者等を含む寄附者が負うべき責任を明確化し、一定の免責範囲を設けたことは、未利用食品の寄附の促進を目指したものだと言えよう。一方、韓国の制度は政府認定フードバンクに過度な責任の負担を強いることを意図したものでもない。食品寄附活性化法では政府認定フードバンクに民事責任に対する損害賠償保険への加入を義務付けており、またその保険料は国が全額を負担しているのである(同法にて、国による保険料の助成についても規定)。これは利用者の不安軽減、利用者保護の観点で、フードバンク団体が善良な管理者としての注意義務を担うことを担保しつつ、フードバンク団体が活動を縮小することの無いよう、国も一定の責任を分担する制度設計を選んだと考えられる。
4. おわりに:食品の寄附を進める社会づくりに向けて
食品ロスの削減の推進に関する法律の施行から2023年秋で丸4年が経過することから、「食品の提供等に伴って生ずる責任の在り方」に関する調査および検討に関し、本稿では韓国の事例を紹介した。なお、韓国で食品寄附が活性化した背景には免責制度の存在だけでなく、複数の事由や工夫が存在している点にも注意が必要である。(たとえば、寄附に伴う税制優遇やフードバンク団体への人件費や運営費の補助、全国的な寄附品の管理システムなどである。)食品寄附の活性化には免責制度が一助になると考えられるが、免責制度が存在さえすれば食品寄附が飛躍的に活性化されるわけでもない。諸外国の法制度を参考にしつつ、我が国の実情を反映した「食品の提供等に伴って生ずる責任の在り方」が今後検討されることを期待するとともに、その責任を踏まえた食品寄附の促進施策の検討が進むことにも期待したい。
[1] 消費者庁HP「食品ロスの削減の推進に関する法律」(令和5年7月4日最終閲覧)
[2] 「令和2年版消費者白書/令和元年度消費者政策の実施の状況 令和元年度消費者事故等に関する情報の集約及び分析の取りまとめ結果の報告(第201回国会(常会)提出)」p.120
[3] 農林水産省HP「フードバンク」(2023年7月4日最終閲覧)
[4] 農林水産省「【食品関連事業者の皆様へ】食品ロス削減にフードバンクを活用しませんか。~フードバンクへの食品提供は税制上も全額損金処理が可能です~」
[5] 井出留美(2019)寄付食品の栄養学的側面と栄養バランス向上における課題、小林富雄・野見山敏雄(編)フードバンクの多様化とサプライチェーンの進化-食品寄付の海外動向と日本における課題- 筑波書房 pp.165-183
[6] United States Code, 2018 Edition, Supplement 3, Title 42 – THE PUBLIC HEALTH AND WELFARE/§ 1791. Bill Emerson Good Samaritan Food Donation Act
[7] 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「(令和4年度消費者庁請負調査報告書)韓国における食品寄附の実態及び食品廃棄物・食品ロス削減に関する制度的対応についての調査業務報告書」(令和5年3月)
[8] 小林富雄(2019)韓国:フォーマルケアとしてのフードバンクの普及に関する分析-韓国社会福祉協議会協議会の事例-、小林富雄・野見山敏雄(編)フードバンクの多様性とサプライチェーンの進化−食品寄付の海外動向と日本における課題− 筑波書房 pp.51-72。また、小関隆志(2018)韓国のフードバンク-政府主導下での急速な整備、佐藤順子(編)フードバンク-世界と日本の困窮者支援と食品ロス対策- 明石書店 pp.149-168 でも「政府主導で極めて短期間に全国規模でフードバンクの体系を構築するという、他国にみられない特異な経緯をたどった例」と評価されている。
[9] 事業者(フードバンク団体)は事業所を管轄する自治体の長に対し、事業活動に関する届出を行うことが可能であり、同届出が認められた場合には「届出確認証明書」が付与される。本稿では、自治体が発行する証明書を持つフードバンク団体である旨を明確にするため、便宜上「政府認定フードバンク」と表記した。
2023年7月18日訂正 脚注[5] に以下の通り誤りがありました。お詫び申し上げます。
正:井出留美
誤:井手留美
また、「2. なぜ「責任の在り方」を検討する必要があるのか」の後段、「事実、食品寄附が盛んなアメリカでは~」で始まる文に関しては、一部表現を修正しております。
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