無形資産を含む事業の将来性に着目した資金調達について~事業成長担保権の検討状況をレビュー~ 

2023/10/02 美濃地 研一
スタートアップ
知的財産
中小企業支援

当社コラム「中小企業における収益向上と知的財産経営 強みとなる経営資源の戦略的な獲得と活用」[ 1 ](2023年9月5日、肥塚直人)において、最近の中小企業における知的財産経営のトピックについて述べているが、このコラムでは、中小企業の資金調達の観点から(無形資産を含む)知的財産にかかわるトピックを紹介したい。本コラムは、知的財産コンサルティング室メンバーによる連載コラムの一環である。

1. 無形資産を含む事業の将来性に着目した資金調達を巡る議論

(1) 「スタートアップ育成5か年計画」にも登場

政府は、「新しい資本主義」をキャッチフレーズに掲げ、さまざまな施策を展開している。そうした施策の柱の一つとして「スタートアップ育成」が掲げられている。従来、スタートアップ育成の重要性は語られてきたが、2022(令和4)年11月28日、「新しい資本主義実現会議」において、「スタートアップ育成5か年計画」 が決定された。この計画の冒頭で、2022(令和4)年を「スタートアップ創出元年とし、戦後の創業期に次ぐ、第二の創業ブームを実現する」としている。そしてこの計画の中には多くの施策が記載されており、政府の意気込みが伝わってくる内容となっている。

これらの多くの施策の中で、このレポートで着目したいのが「事業成長担保権の創設」という記載である。

スタートアップ5か年計画(抜粋)

5.第二の柱:スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
(中略)
(20)事業成長担保権の創設

  • 有形資産を多く持たないスタートアップ等が最適な方法で成長資金を調達できる環境を整備するため、金融機関が、不動産担保等によらず、事業価値やその将来性といった事業そのものを評価し、融資することが有効である。
  • そのため、スタートアップ等が、事業全体を担保に金融機関から成長資金を調達できる制度を創設するため、関連法案を早期に国会に提出することを目指す。

(出典)「スタートアップ育成5か年計画」[ 2 ](新しい資本主義実現会議、2022年11月28日)
(注)筆者により一部太字とした。

他の項目は、「○○に取り組む」といった、すぐに現実に反映される記載になっているものが多いが、事業成長担保権については、「早期に国会に提出することを目指す」という表現になっており、関連法案がまとまるのかどうか、また国会に提出されるのかどうか、あるいはその時期はいつになるのか、今後の紆余曲折を予感させる表現となっている。

しかしながら、スタートアップ5か年計画と、期限を区切っているように、国際的にスタートアップ企業間の競争が激化している中、日本としてもその競争において後れを取るわけにはいかず、事業成長担保権についても、議論が進み、関連する法律が成立するのではないか、とみている。

(2) 「事業成長担保権」とは?

スタートアップ企業だけではないが、事業の将来性はあっても、現実には融資の担保になるような資産を保有しておらず、資金調達が難しいという企業は数多く存在する。もちろん、融資だけではなく、投資を受けるという方法もあるが、資本構成にかかわる投資よりも、融資を受けたいと希望することもあるだろう。

また、GAFA[ 3 ]に代表される巨大IT企業を例にとれば、有形資産よりも、無形資産が高く評価されていることは明らかだろう。日本国内に比べて、アメリカでは無形資産が企業価値の多くを占めるというように、無形資産の価値が企業経営において重要になっている。

ところが、スタートアップ5か年計画からの抜粋にも記載されているが、日本の金融機関は融資の際に、事業価値やその将来性そのものを評価するのは一般的ではない。そこで、事業全体を担保に金融機関から成長資金を調達できる制度として、事業成長担保権という考え方が示されているのである。

以下に、金融庁が作成した「事業成長担保権の実現について(概要)」[ 4 ]という資料を示す。ここに、現在の担保法制の課題と、金融庁が提起した見直しの方向性が、わかりやすく示されている。

図 事業成長担保権の実現について(概要)
事業成長担保権の実現について(概要)
(出典)「規制改革推進会議 第8回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ(金融庁提出資料)」2022年4月19日

この図の左側の課題に記されているように、個別資産に対する担保権の設定が中心であれば、「スタートアップ等への融資が難しい」ということになる。その課題を解決するための方向性として、事業成長担保権の対象は無形資産も含む事業全体、具体的には、ノウハウ、顧客基盤等の無形資産も含まれる、と記載されている。事業成長担保権とは、こうしたものである。

金融庁はこの資料の中で、法務省が担保法制の見直しに向けた議論を2021(令和3)年4月から開始していることにも触れている。なお、金融庁は、この議論には幹事として参加している。

スタートアップ支援と言えば、経済産業省の所管というイメージがあるが、金融機関の融資という側面から考えると、金融庁や法務省での議論も含めて、政府全体で推進すべきテーマである。また、代表的な無形資産である、産業財産権(特許、商標、意匠、実用新案)を所管するのは特許庁であるが、無形資産は、ブランドや人材といった、より幅広い概念で捉えられるようになってきている現実があり、もはや単一の省庁で対応できる政策課題ではないことも明らかとなっている。

(3) 経済団体の評価~日本商工会議所の意見~

日本商工会議所は、規制改革推進会議 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループの委員であり、2022(令和4)年4月19日の会議に、「事業成長担保権の創設・整備について」[ 5 ]を提出し、意見を述べている。この資料では、実際の中小企業やスタートアップの生の声も紹介しながら、事業成長担保権への期待を述べているが、主な主張を以下に抜粋してまとめた。

事業成長担保権の創設・整備について(抜粋まとめ)

  • わが国においては、依然として不動産担保、経営者保証に頼った融資が主流となっている。諸外国に劣後しないよう、日本においても、無形資産投資の拡大を強力に後押しする必要がある。
  • 日本商工会議所では、わが国が他国に劣後しないよう、こうした意欲的なスタートアップや中小企業の成長を後押しするため、従来型の不動産担保や代表者保証に拠らない、技術・ノウハウ、知的財産などの無形資産活用促進に資する「事業成長性」に着目した新たな担保融資の検討を政府に要望している。
  • デジタル化等の環境変化や人々の価値観が大きく変容する中、安定した売上や収益を確保し、事業継続・拡大を図っていくためには、事業の将来性・収益性に着目した資金調達を可能とする環境整備が必要。不動産等に拠る融資だけでは満たされない、中小企業やスタートアップなどの資金調達ニーズは存在。
  • 今後の制度設計にあたり、様々な課題があることは承知しているが、不動産などを有していない中小企業やスタートアップ等が融資を受けやすくするための制度として、事業者・金融機関双方に使いやすい「事業継続・価値向上」に資する新たな担保の創設に期待したい。

(出典)「規制改革推進会議 第8回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ(日本商工会議所提出資料)」2022年4月19日。
(注)筆者により一部太字とした。

(4) 事業成長担保権の今後の展開とその活用について

政府は、事業成長担保権の関連法案を国会に提出するという目標に向けて検討を進めているが、複数省庁にまたがって検討が必要となるため、実現するには関係省庁間の調整にも時間を要するだろう。しかしながら、停滞が続く日本経済に活力を与えるスタートアップが活躍できる環境を整備することの重要性は高く、この法案が早期にまとまることを期待したい。
また、肝心なのは、法律ができたとしても、それをどのように運用するという点である。前述の日本商工会議所の資料の中に、「中小企業やスタートアップが使いやすく、実務に即して、『簡素・迅速・廉価』であることが必要」という記載もある。

つまり、事業成長担保権の整備のためには、技術・ノウハウ、知的財産などの無形資産を「事業成長性」として評価するとともに、その評価を、日本商工会議所が求めているように「簡素・迅速・廉価」に提供することが求められている。

現在、特許庁は、「知財金融促進事業」[ 6 ]を推進し、その具体的なツールとして、中小企業等の知的財産を活用したビジネス全体を評価した「知財ビジネス評価書」や、中小企業等の知的財産を踏まえた経営課題に対する解決策をまとめた「知財ビジネス提案書」を地域金融機関に提供している。そして、全国47都道府県すべてに設置されている、「INPIT知財総合支援窓口」の窓口担当者がこれらの実務をサポートしている。

このように、企業そのものや事業を評価しようとする国(特許庁)の事業が展開されていることから、地域金融機関には、事業成長担保権と同じような目線で、企業を評価するノウハウが蓄積しつつあることも紹介しておく。

最後になるが、事業成長担保権の議論に対して、より多くの関係者が注目し、実効性のある制度として、成立する日を楽しみに待ちたい。


1 ] 「中小企業における収益向上と知的財産経営 強みとなる経営資源の戦略的な獲得と活用」 (2023年9月5日、肥塚直人) 
2 ] 「スタートアップ育成5か年計画」(新しい資本主義実現会議、2022年11月28日)
3 ] GAFAというのは、アメリカの巨大IT企業、グーグル(企業名はアルファベット)、アップル、フェイスブック(メタに社名変更)、アマゾン・ドット・コムの頭文字を組み合わせた言葉。
4 ] 「規制改革推進会議 第8回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ(金融庁提出資料)」2022年4月19日、
5 ] 「規制改革推進会議 第8回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ(日本商工会議所提出資料)」2022年4月19日
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