本連載では多様な分野・主体と連携したユニークな高齢者支援の取り組みを取材し、その内容を「シリーズ：高齢者支援の多様な選択肢」として掲載している。

前回のコラムでは、「介護事業所×学生シェアハウス」による“ごちゃまぜ”の空間づくりとして、「株式会社ゆず」の東広島市における取り組みを紹介した。

今回は、同社が尾道市で展開する「介護事業所×ホテル」の取り組みを紹介する。

「介護事業所×ホテル」から生まれる多様なつながり（株式会社ゆず）

取り組み概要

「いつまでもどこまでもフリースタイル」を理念に掲げ、広島県内で複数の介護事業所等を展開している株式会社ゆず。今回は尾道市にある介護事業所「ゆずっこホームみなり」を訪問した。ゆずっこホームみなりは介護保険サービスの小規模多機能型居宅介護（小多機）に該当し、利用者の状態に応じて訪問・通所・宿泊を柔軟に組み合わせた支援が可能な事業所である。

ゆずっこホームみなりの特徴は、事業所と同じ敷地内にホテルが立地していることだ。ホテルの名前は「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」といい、隣接する小多機の利用有無にかかわらず誰でも利用できる。前回に続き、代表取締役の川原奨二氏（以下、敬称略）へインタビューを実施し、介護事業所とホテルを隣接させた意図や、その効果等について伺った。

自分が入りたいと思える施設をつくる

MURC：どうして介護事業所とホテルを掛け合わせるという発想に至ったのでしょうか。
川原：介護事業を始めてしばらくたった頃、末期がんを患った友人から「ゆくゆくはお前のところで頼む」と言われました。その言葉をきっかけに、40代～60代で介護を必要とする人が利用したいと思える施設について考えるようになりました。

これまで、私たちは生産性を上げることで利用者本人やその家族の費用負担を減らし、質の高いケアを提供することを目指して運営してきました。しかし、ふと気づいたのは「自分が入りたいと思える施設」にはなっていないということでした。ケアの質はもちろん重要ですが、暮らしの場である以上、レイアウトやデザインなどの施設環境も同じくらい大切だと感じたのです。そこで、環境に工夫を凝らした別の施設を作りましたが、実際にオープンしてみると、40代～60代の方々からは入所を断られることが多くありました。その理由の多くは、「80歳以上ばかりのコミュニティに入りたくない」というものでした。

こうした経験を踏まえて、介護事業所とは切り離したプライベートな空間で利用者と家族の方が落ち着いて過ごし、必要に応じて隣接する介護事業所が支援するというコンセプトを発想し、それがこのホテルを作るきっかけとなりました。

MURC：終末期を迎える方が落ち着いて過ごせる空間の提供が当初の目的だったのですね。そのような方以外の人でもホテルを利用することはできるのでしょうか。
川原：そうですね、実際に終末期の方が最後の旅行先として選ばれるケースもありました。そうした方以外でもホテルは利用可能です。一般の方には、ここに宿泊することで隣接する小多機の利用者や職員の様子、事業所の雰囲気などを身近に感じてもらい、福祉に対してポジティブな印象を持ってほしいと思っています。また、全国の福祉関係者がここに集まり、熱い意見を交わすような場になってほしいという思いもあります。実際に全国各地からさまざまな方が来られており、福祉関係者がつながり、それぞれの思いを語り合う場にもなっています。私自身もそうした場で刺激を受け、仕事のヒントをもらうことが多くあります。

隣接する介護事業所や地域との関わり

MURC：ホテルはどのような体制で運営しているのでしょうか。
川原：隣接する介護事業所「ゆずっこホームみなり」の常勤の事務員1名が兼務でホテルの管理をしており、清掃やベッドメイクは別のパートスタッフが行っています。3部屋のみのホテルなので、特別なリソースを投入する必要はあまりなく運営することができています。

MURC：ホテルの宿泊者と介護事業所のスタッフ・利用者が交流することもあるのでしょうか。
川原：利用者の中にはホテル宿泊者との交流を楽しみにしている人もいます。ホテルのフロントは小多機側にあるため、宿泊者はチェックイン・チェックアウト時に小多機の中に入ることになりますが、その際、時間帯にもよりますが、利用者には鍵を受け渡すなどの役割をしていただく事を通じて、宿泊者とコミュニケーションをとることがあります。また、宿泊者が手紙を通じて小多機の利用者と交流する試みも始めました。宿泊者が「秘密の相談」として箱に入れた用紙を小多機の利用者が回収し、返事を考えて後日郵送するという取り組みです。加えて、ホテル設立時に行ったクラウドファンディングでは、「おばあちゃんとお茶を飲む券」や「ボランティア半日券」などもリターンにしていたため、それがきっかけとなって交流が生まれることもあります。

MURC：地域の方々もこの場所に関心を持っているのではないでしょうか。
川原：ホテル側にある共用のダイニングは地域の方には無料で貸し出しを行っており、近所の方が集まってさまざまな会を開くなど交流の場にもなっています。この地域で運営する当法人の介護事業所が増えるにつれて、地域の方の理解も進み、今では介護に関する相談などがあらゆるルートで入ってくる状態になっています。

環境が感情や行動を引き出す

MURC：ゆずっこホームみなりの事業所内はとても開放的で明るい印象を受けますが、どのような工夫があるのでしょうか。
川原：コロナ禍に建設したこともあり、通気環境をとても意識しています。また、ゾーニングがしやすいように居室と共用部などのエリアを分けており、各エリアには路地とつながった出入り口があるため、面会者はそこから入って面会ができる構造になっています。小多機は大きな窓を多く設置し、採光を良くすることで日中は電気をつけなくても過ごしやすい自然な明るさになっていたり、ベッドから離床できない利用者も窓を見ればその日の景色がイメージできたり、すべての窓から植栽が見えるといった工夫を施しています。また、ホテルと小多機の間には尾道の小道をイメージした空間を作っており、運動も兼ねて敷地内を散歩できるような環境にしています。小道をはじめ、敷地のあらゆる場所に『コトバの処方箋』と称して、人の心を動かすさまざまな言葉をちりばめており、これらが会話や交流のきっかけにもなっています。施設をつくるにあたっては、このような1つひとつの環境が、人の感情や行動に作用するという「感情環境デザイン」と呼ばれる考え方を導入して施設設計を行っています。

中央のカーテンでゾーニングを行い、面会者は路地とつながった奥の窓から中に入ることができる

つながりを生み、福祉の関係人口を増やす

MURC：最後に、実際に介護事業所とホテルの運営をしてみて得られた効果などがあれば教えてください。
川原：ホテルを併設したことで、普段から小多機の利用者や関係者以外の目が入るようになり、スタッフの接遇力が上がったと思います。自分たちがやっていることを、胸を張って外部から見てもらえるようになろうという意識が生まれているように感じています。専門職ではないさまざまな人がホテルに来ることで介護や福祉に接点を持ち、ポジティブなイメージを持った関係人口を増やしていけると良いと思います。

取材を終えて

「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」と「ゆずっこホームみなり」は、自然と心が落ち着くとても心地の良い空間だった。スタイリッシュな内外装に目がいきやすいが、その背景には終末期の方の支援、福祉の関係人口の増加、福祉関係者がつながる場など、さまざまな思いが込められていることを知った。一見、介護とは関係がないように感じられるホテルという要素が、福祉の世界ではつながり得ない幅広い人々とつながるきっかけを作り、それがホテルの宿泊者、介護事業所の利用者、職員のそれぞれに良い影響を与えている。さらに各者が接点を持つことにより、結果として自然な「ごちゃまぜ」の空間を生み出すことにもつながっていく。「介護×○○」の取り組みにはさまざまな可能性が広がっており、今後の福祉のあり方の1つのヒントになると感じた。

高齢者支援の多様な選択肢（3）「介護事業所×ホテル」から生まれる多様なつながり

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