1. はじめに
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、DXの提唱者であるスウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によると「ITの浸透により人々の生活をあらゆる面でよい方向に変化させること」と定義され、従前の電算化・IT化との違いは「社会全体をデジタルによって変革させる」ことを実施目的としている点であると言われている。
我が国では、2018年に経済産業省が発表した「DX推進ガイドライン1」において、「企業のデータやデジタル技術を活用したサービス・製品、プロセス、企業文化・風土そのものを変革し、社会のデジタル化に対応していくこと」の重要性が提唱された。さらに2021年度の税制改正では、DX投資促進税制としてDX関連の優遇措置が設けられた。これらのことからも、社会全体の変革に向けて、企業に対してDX推進が求められていることが分かる。
こうした流れを受け、最近では「DX推進」がブームになっている。しかしながら、DXに取り組み中の企業であっても、具体的に何をすべきかの目標やタスクが定まらない、現場の協力を得ることができないなどの悩みを抱えているケースが少なからずあるように見受けられる。
本レポートでは、DX推進の根幹となるデジタル技術の可能性を整理したうえで、企業のDX推進における課題と、その課題への対応方法について、紹介する。
2. デジタル技術の進歩と我々の社会への関わりについて
企業においてコンピューターを利用した業務のシステム化(商用コンピューターによる電算化)が始まってから70年以上が経過しており、その間、コンピューターが関わるデジタル技術は進歩を遂げ、企業(そして我々の生活)においても身近かつ、不可欠なものとなっている。
デジタル技術とは「(1)データ管理」、「(2)ネットワーク」、「(3)演算処理・データ処理」、「(4)入力装置」、「(5)出力装置」などの要素から構成される。DXを考える前段階として、これらの技術内容とその可能性について簡単に説明する。
【図表1】デジタル技術の進歩
1990年より以前 | 2000年前半迄 | 2000年前半から現在 | 今後、 普及が見込まれる技術 |
|
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(1)データ管理 | ・パンチカード ・磁気テープ ・フロッピーディスク |
・ハードディスク ・光ディスク ・フラッシュメモリ |
・クラウド型ストレージサービス ・ブロックチェーン |
・ビッグデータ |
(2)ネットワーク | ・電話回線 | ・専用線 ・ADSL ・無線LAN |
・光回線 ・モバイル通信 |
・高速モバイル通信(5G) |
(3)演算処理データ処理 | ・コーディング・プログラミング | ・エンドユーザーコンピューティング ・ERPパッケージ |
・ローコーディング ・RPA ・クラウドサービス ・APIシステム ・コンテナ技術 |
・AI自己学習による演算・判断高度化 ・量子コンピュータ ・エッジコンピューティング |
(4)入力装置 | ・キーボード | ・GUI・マウス | ・スマホ・タブレット(タッチパネル) ・センサー技術 |
・IOT ・生体認証 |
(5)出力装置 | ・キャラクター表示可能なディスプレイ ・ドットプリンター |
・高精度ディスプレイ ・レーザープリンター |
・タッチパネル ・VRゴーグル ・電子ペーパー |
・4Kディスプレイ ・ARグラス |
(出所)当社作成
(1)「データ管理」
「データ管理」とは、世の中の情報をコンピューターが処理可能なデジタルデータに変換し、随時利用できる環境に蓄積・管理することを意味する。データ管理手段として、かつてはパンチカードや磁気テープ・ディスク、その後はハードディスク、光ディスク、フラッシュメモリーなどの様々な媒体が生み出された。昨今ではクラウド型のストレージサービスが商用化され、データ管理は「媒体を手元に持ち管理する時代」から「サービス会社に預ける時代」になったといえる。これによりネットワークがつながる環境に預けられたデータは、権限とセキュリティが許容する範囲で必要な時に必要な人が随時利用可能な状態にすることが可能となった。そして多種多様なデータがネットワーク上に蓄積されることで、データ間をつなげて分析することも可能である。これがいわゆる「ビッグデータ」であり、従前、個々の手元のデータ管理における分析では把握できなかった新たな付加価値を発見できるようになった。
(2)「ネットワーク」
ネットワーク技術により、通信回線を介し、遠隔地のコンピューターデバイス同士のデジタルデータ送受信が可能となる。ネットワーク技術においては、電話線・専用線・光回線など有線通信技術の高速化が進むと同時に、無線LAN・モバイル回線(5Gなど)の無線通信技術も進歩し、現在では、場所や時間を問わず、高速で安定、信頼できるデータ授受が世界中のコンピューターデバイス同士で可能となっている。
(3)「演算処理・データ処理」
「演算処理・データ処理」とは、コンピューターがデジタルデータに基づき計算、繰返し、条件判定分岐などの手順を自動実行する処理のことである。コンピューター処理は、人間が手作業で行うよりもはるかに高速で正確にかつ休息もなしに行うことが可能であり、企業における業務の効率化・省力化において欠かせないものである。従前、「演算処理(データ処理)」の組み立てにはプログラミング技術など専門知識が必要であったが、昨今では「ノー・コード(プログラムを記載しないでアプリケーションを開発する)技術」「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション:事業プロセス自動化技術)」「AI(ビッグデータを利用した自己学習による演算・判断の高度化)技術によるロジックの自動組み立て」など、より実装の負担が少ない形に進化している。
(4)「入力装置」
「入力装置」とは、コンピューターに対し、データ登録や動作指示をするための機器のことである。コンピューターへの入力手段は昔も今もキーボードが主流であるが、利用者によるコンピューターへの動作指示は「CUI(コマンド入力)形式」からWindowsパソコンなどに代表される「GUI(マウス操作による感覚的な動作指示)形式」、そしてタブレット・スマートフォンなどによる「タッチパネル入力形式」と、より利用者に使いやすい形式に進化している。さらに昨今では、IoT技術(モノのインターネット技術)の普及により、利用者が直接コンピューターを操作することなく、動作・音声・温度・状態などのアナログ情報をセンサーが自動検知、デジタルデータ化し、屋内外、遠隔地など場所を問わず、コンピューターデバイスから自動的にデータをコンピューターに登録する技術の普及が進んでいる。
(5)「出力装置」
「出力装置」とは、ディスプレイやプリンターなどが対象である。ディスプレイについては「キャラクター(文字)表示可能なブラウン管型ディスプレイ」から「高精度画像・映像が表示可能な薄型液晶ディスプレイ」に進化し、これにより情報を紙ではなく画面上で確認する「ペーパーレス化」が可能となったと考えられる。さらに今後は「バーチャルリアリティ(VR)技術」「拡張現実(AR)技術」を利用した、「VRゴーグル(現地に行かずとも現地にいるかのような疑似体感が可能なゴーグル)」や「ARグラス(現実世界に関連するデジタル情報の重ね合わせた表示が可能なメガネ)」などの普及が進むことが想定され、今後、リアル・デジタルを融合した情報表示が可能になると予測される。
このようにデジタル技術の進歩は目覚ましく、世界のあらゆる情報を自動的に収集、利用者個々に最適な形式に自動加工し、必要な情報を随時取得・体感することが可能になってきている。我々の社会においてデジタル技術は欠かせないものとなっている。
3. 企業がDX推進に取り組むべき理由
このような社会環境の変化は、社会を構成する企業にも、自社サービスのデジタル技術への対応や、DX推進への取り組みという形で影響を与えている。企業がDX推進に取り組む代表的な理由は、「デジタルマーケティング・プラットフォームビジネスへの対応」「デジタル技術を使った労働生産性の向上」である。
(1)デジタルマーケティング・プラットフォームビジネスへの対応
「デジタルマーケティング」とは、インターネットやIT技術など「デジタル」を活用したマーケティング手法のことである。例えば、企業対一般消費者取引(BtoC)の領域では、スマートフォンやIoTデバイスから収集したビッグデータをAIで解析し、解析結果から利用者個々のニーズを把握し、デジタル・プロモーションを行うことなどの試みがなされている。
デジタルマーケティングをさらに加速させる取り組みとして「プラットフォームビジネス」がある。昨今、「プラットフォームビジネスの立ち上げ」や、「プラットフォームビジネスに参画する」ことで成長を遂げる企業も増えてきている。「プラットフォームビジネス」とは「プラットフォーム参加者による商品・サービスに関する情報の交換やビジネスマッチングを可能とするビジネスモデル」であり、例えば、楽天やAmazonなどが該当する。プラットフォームビジネスは、「メーカー・卸売業・小売業などの定常的な川上・川下間の取引」や「ECサイト経由のサプライヤーとコンシューマーの直接取引」とは異なり、プラットフォーム上の商品・サービスに関わる情報を様々な観点から索引・参照し、取引の判断に活用できる点に特徴がある。利用者の立場で考えると、プラットフォームにおける情報は、取引先の営業担当や個社のECサイトから入手する情報に比べて広範囲で客観性が高い。ここにプラットフォームの優位性があると考えられる。このように企業が取引機会を拡大するために、デジタルマーケティングやプラットフォームビジネスに対応することは重要である。そのためには、自社データの統合管理環境の整備や、プラットフォームから取得するビッグデータを解析する技術の確立が不可欠である。
(2)デジタル技術を使った労働生産性の向上
「デジタル技術を使った労働生産性の向上」とは、少子高齢化による労働力人口の減少見込みを踏まえ、既存の労働力人口の生産性を向上させることであり、限りある労働力人口の能力を最大化することで、生産能力の維持向上を図る取り組みである。具体的には、手作業をデジタル化により自動化することや、リモートワーク導入・働き方改革の充実により「家庭で育児中の人」や「高齢や療養中などによりフルタイム勤務できない人」などに就労機会を提供する取り組みを意味する。
そして「デジタル化による自動化」の範囲・効果をより高めるためには、外部取引先から取得する情報のペーパーレス化や、社内業務プロセスを標準化し、自動化可能なプロセスに転換させることが必要である。ペーパーレスへの取り組みは、在宅勤務社員が出社せずとも必要な業務情報にオンラインでアクセスするためにも必要であり、コロナ禍の影響もあり、こうした対応がますます求められている。
4. 企業のDX推進取り組みにおける課題について
以上のような背景のもと、2018年の「DXレポート2」や先述の「DX推進ガイドライン」などの発表を契機に、国内企業においても「DX推進取り組み」の認知が高まった。昨今では「DXブーム」という表現が現れるほど、「DX推進」を中期経営計画とする企業や「DX推進部署」を立ち上げる企業が多くなってきている。一方でこれらのDX推進取り組み企業においても、「DX推進のゴールを定めることができない」「DX推進による改革と現行業務とのGAP解消のハードルが高い」などの課題が認識されている。
(1)DX推進のゴールを定めることができない
そもそもデジタル化に関わるキーワードとして、部分的な作業のデジタル化を示す「デジタイゼーション」、デジタル化によるビジネスモデルの変革を示す「デジタライゼーション」、デジタル化の取り組みにより社会全体に影響を及ぼすような試みを示すものが「DX」であるとされる。つまり「DX推進」においては「部分的/自社のみのデジタル化」ではなく、「社会全体に影響を及ぼすようなデジタル化」に対応することが求められている。しかし、すでに基幹システム導入による業務効率化、ネット通販などEC化などに取り組んでいる企業も少なからずあり、これらの企業においては、「従前からのデジタル化(IT化)の取り組み」と「DX推進の取り組み」は何が違うのか、そして何を実現するとDXを推進できたことになるのか、そのゴールや実施目標を具体化することができずに悩んでいるように想定する。
(2)DX推進による改革と現行業務のGAP解消
実施目標が定まっているDX推進企業においては、実行計画をどのように遂行するかが課題となることが多い。「従前の個別業務の廃止」「対外取引先との情報授受方法の見直し(たとえば、紙形式の現物交換からデータ交換への切替え)」など、DX推進目標達成のために、現行業務の大幅な見直し・刷新が必要となることが想定される。このような業務の改革、切り替えには現場の協力が不可欠である。しかしながら企業の現場によっては「今まで、取引先の個別ニーズに柔軟に応え、対応することが自分達の付加価値であり、その現場努力の対価として事業拡大を実現してきた」とする意見が出ることも少なくない。このような意見を持つ人から「DX推進による業務の大幅な見直し」への協力を得ることが難しい局面も想定される。また「対外取引のデータ交換への切り替え」については既存取引先の協力・理解が必要となり、取引先の同意が得られない問題に直面することも想定される。
5. 企業のDX推進取り組み課題への対応策
上記のようなDX推進が進まない課題への対応策として、「自社の付加価値・サービスの再定義」「新サービス設計・標準化かつ高度化された新業務設計」「顧客サービスの定義」などが有効と考えられる。
(1)自社の付加価値・サービスの再定義
DX推進とは、社会における企業の価値をデジタル化により再設計することであるため、「企業における経営方針とその実現手段の具体化」をセットで検討する必要がある。経営方針においては「自社の付加価値やサービス再定義」が重要である。DX推進部門・担当者は、経営サイドから必要な責任と権限を受け持ち、社内外の協力者の力も借りながら、「社会全体に影響を及ぼすような試みの具体化」のため、「社会の変化を踏まえ、今後、取引先やお客様に対し、何を付加価値として提供するかの再定義」を行うことが必要である。
(2)新サービス設計・標準化かつ高度化された新業務設計
次に上記の「再定義」に基づき「新サービス設計・標準化かつ高度化された新業務設計」が必要である。デジタル技術の活用により、「プラットフォームビジネスの立ち上げ・参画」「ビッグデータ解析による取引先・お客様ニーズの把握」「ニーズに対応するサービスを効率的に(自動化サポートにより)実施する業務オペレーションの確立」などが有効と想定する。
(3)お客様サービスの定義
「業務標準化・個別業務の廃止」に対する現場協力を得るために、「定常的な個別作業が伴う過剰サービス」と「お困りのお客様への親身なサポート」の違いを明確化することが必要である。得意先・お客さまへの標準的なサービスレベルをデジタル技術の有効活用により向上させることを前提に、定常的な個別作業につながる過剰サービスを極力発生させないようにすることで、現場の社員をお困りのお客様への親身なサポートに注力させることが可能となる。これらが結果的に社員の社会貢献意識の向上やサービスレベルの向上、ひいては自社の中長期の成長実現につながるということを現場に説き、現場協力の確保につなげていくことが必要であると考える。
6. おわりに
本レポートでは、デジタル技術の可能性を整理し、従前のIT化とDXの関係や、企業のDX推進における課題、企業がDX推進していくうえでなすべきことなどについて論じてきた。デジタル技術は専門性が伴うため、経験や知識に自信のない場合、DX推進に正面から取り組むことに消極的になってしまうこともあるように思われる。
一方で社会のデジタル化の流れは今後も進むと予測され、こうした変化への対応が遅れれば、企業の存在価値が損なわれることも懸念される。DX推進においては、デジタル技術に詳しいに越したことはないが、「デジタル技術」で何が実現可能かを把握し、これらの技術を自社の付加価値の創出・拡大のためにどのように活用するかを考えることが重要である。何よりDX推進を全社問題として、経営・現場一体となり(必要に応じ、すべてを社員のみで対応するのではなく、デジタル技術や経営戦略に長けた外部有識者の活用も検討しながら)、「目的・目標の策定、施策・計画の立案・実行」に取り組むことが大切であると考える。
1 「DX推進ガイドライン」(経済産業省 2018年12月)
2 「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」
(デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会 2018年9月)
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