中国が2016年に電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)などの新エネルギー自動車(以下、「新エネ車」)の初めての具体的なロードマップ、「省エネルギー車と新エネルギー車技術ロードマップ」(以下、「ロードマップ1.0」)を発表してから、5年以上が経った。このロードマップ1.0には、2030年までに新車販売台数の40~50%を新エネ車にするという野心的な目標が盛り込まれており、発表された際には実現可能性は疑問視されていた。しかし実際には、その後、各国政府が従来の内燃機関による乗用車の2030~2040年における販売禁止を宣言しており、新エネ車へのシフトは確実に前進している。2020年には改訂版である「省エネルギー車と新エネルギー車技術ロードマップ2.0」(以下、「ロードマップ2.0」)も発表された。本稿では、ロードマップ1.0と現状を比較検討し、改めてこの5年間を振り返り、総括を試みる。
1. ロードマップ1.0における新エネ車販売目標と実際の販売状況
まずは新エネ車の販売目標の達成状況を見ていきたい。図表1のとおり、ロードマップ1.0では、2020年、2025年、2030年時点での乗用車、商用車を含む全体の自動車販売台数目標と、それに占める新エネ車の割合の目標を掲げていた。2020年時点では、自動車全体の販売台数が3,000万台の目標に対して、その内の7~10%を新エネ車(EV、PHV(プラグインハイブリッド車)、FCV)にするとしている。
【図表1】ロードマップ1.0における新エネ車販売台数目標
(注)2016年は実績値、2020年以降の数値は最大値を採用
(出所)中国汽車工業協会、ロードマップ1.0をもとに当社作成
では、実際に、2016年以降はどうであっただろうか。図表2のとおり、2016年から2020年までは確実に新エネ車販売台数は増加しているものの、微増に留まり、2020時点で目標である「自動車販売台数に対して7~10%が新エネ車」は達成できていない状況である。しかし、2021年には新エネ車の販売台数が増加、2020年比で2倍以上となり、新エネ車が全体に占める割合も13.4%となった。中国政府系のシンクタンクである国家信息中心(国家情報センター)は、新エネ車の販売台数が大幅に増加したのは2020年7月以降であり、政策による購入インセンティブ、技術、製品ラインナップの拡大が理由であると指摘している。
【図表2】 2016~2021年までの自動車・新エネ車販売台数
(出所)中国汽車工業協会をもとに当社作成
2. 新エネ車メーカーの勢力図
これまで見てきたとおり、新エネ車販売台数については、1年遅れではあるが、概ね目標を達成した状況である。一方で、新エネ車を製造する完成車メーカーの勢力図に変化はあったであろうか。図表3は、各年の新エネ車販売台数上位5社の変遷である。2016年時点は、BYD(比亜迪)、衆泰汽車、知豆汽車という当時の新興メーカーに加え、北汽新能源(北京汽車)、上海汽車という従来の大手メーカーが名を連ねている。しかし、2019年あたりから変動があり、2016年、2021年双方でランクインしているのはBYDのみである。
【図表3】新エネ車販売上位5社(2016~2021年、単位:万台)
(注)2016~2018年はEV、PHVの合計値、2019年以降はEVのみ
(出所)中国乗用車市場信息聯席会をもとに当社作成
従来の大手メーカーは、2016年以降、新エネ車の販売台数を伸ばせず、新興メーカーの衆泰汽車、知豆汽車も補助金の減額に伴い経営が悪化した。他方で、BYDや長城汽車といった民間企業や、上汽通用五菱(上海汽車、広西汽車、GMが出資)、広汽埃安(広汽集団傘下)といった大手メーカーのEV専業に近いグループ会社は、近年、売り上げを伸ばしている。EV購入補助に依存せず、技術向上やブランドの整理に取り組んだ企業が、補助金減額後も存在感を示している。また2016年時点ではこぞってEVの開発、市場投入に乗り出した大手メーカーは、グループの中で棲み分けを図り、開発資源の集中を行っていると見られる。
2021年の上位企業の中でも注目すべきは、2019年からランクインしている上汽通用五菱である。上海汽車、広西汽車、GMの合弁会社である上汽通用五菱は、2020年から低価格帯小型4人乗りEVである「宏光MINI EV」を市場に投入。販売価格は、最も安いもので3万元未満(当時、約50万円)と非常に廉価なものであった。小型ではあるものの、従来、内燃機関車よりも高いEVが、手ごろな価格で手に入るということで人気となり、2021年は約40万台を売り上げた。これは中国の新エネ車年間売上ランキングで1位であり、続くBYDの「秦」、テスラの「モデルY」や「モデル3」の2021年の販売台数約15万台の2倍以上となっている。この低価格帯のEVの登場も、中国の新エネ車販売台数を押し上げた要因の1つと考えられる。
3. ロードマップ1.0の総括とロードマップ2.0達成の見通し
これまで販売台数と新エネ車メーカーの勢力図を見てきたが、中国政府はロードマップ1.0発表当時の世間の見立てを覆し、1年遅れではあるが、概ね目標を達成している状況にある。それでは、2020年に発表されたロードマップ2.0についてはどうだろうか。
ロードマップ2.0の数値目標は、全体の販売台数に占めるEV比率が、2025年で20%(1.0では15~20%)、2030年で40%(1.0では40~50%)とロードマップ1.0と大きな違いはない。現状を鑑みれば、2025年時点の目標の達成も不可能な数字ではないように見える。しかし、新エネ車への補助金の終了というハードルも存在する。これまでは補助金の延長もあったが、中国政府は2022年で終了し、以降は延長を行わないと明確に示した。2022年は新エネ車購入補助金の駆け込み需要が見込まれるものの、2023年以降は購入費用の増加から販売台数が落ち込む可能性が高い。しかし、「宏光MINI EV」が実現したように、中国国内の新エネ車関連産業のすそ野の拡大によって内製化、EV製造のコスト削減が進み、価格の引き下げが可能な段階に入りつつある。当初の中国政府の狙い通り、購入補助が不要な程度まで新エネ車の価格を抑えることができれば、ロードマップ2.0の実現可能性も高まる。そういった意味では、今後しばらくは「宏光MINI EV」のような低価格帯の新エネ車が中国市場をけん引する可能性が高い。
中国の新エネ車政策では、購入補助をはじめとする政策的なインセンティブの影響が大きいとされてきた。しかし、近年の動きを見ると、「宏光MINI EV」など従来なかった低価格帯のモデルの登場など、各メーカーの新エネ車への取り組み自体が市場を活発化させている。また、近年、中国メーカーは新エネ車の輸出攻勢を仕掛けている。輸出による生産拡大がさらなる製造コストの削減につながるのみならず、日系、欧州メーカーに先んじて特に東南アジアでプレゼンスを獲得している。これも、中国政府の政策によって、特にEVについては中国が世界をリードする状況になったことを示している。ロードマップでの野心的な数値目標の設定、大規模な購入補助の提供、国内の完成車メーカーへの新エネ車製造義務化など、導入当初は多くの懸念が寄せられた中国の新エネ車政策であるが、中国、世界でのいち早い新エネ車市場創出という観点において、現時点では成功を収めているといえるのではないだろうか。
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