不祥事を防止し、経営と教育の質を高める学校法人のガバナンス強化

2021/11/17 山内 哲也、中嶋 淳一郎
ガバナンス・リスク・コンプライアンス
ガバナンス
学校法人

1. はじめに

我が国の大学教育における私立大学の割合は高く、全国の大学・短期大学 1,118校のうち、921校(82.4%)を私立大学が占めており1、将来に向けたイノベーションの実現はもちろんのこと、人材育成および研究において重要かつ多大な貢献を果たしてきたと考えられる。私立大学を運営しているのは学校法人で、学校法人は教育に熱心な篤志家が出捐した寄附財産を基に設立されている。そして「寄附行為(株式会社における定款に該当)」を定め、さまざまなステークホルダーの要望に応えながら、公共性を保ちつつ自主的な運営が行われてきた。

近年では世の中の環境が激変しており、私立大学をはじめとする学校法人は大きな転機を迎えつつある。たとえば、少子化により経営そのものが困難となる学校の顕在化、リスキリングやリカレントと言われる社会人を対象とした新たな教育ニーズの勃興等が挙げられ、学校法人はそれらに対応するために経営資源の見直しや新たな投入が必要となっている。また、日本政府が提唱しているソサエティ5.0ではテクノロジーを駆使した社会構造や基盤の変革を試みており、くしくも今般のコロナ禍では不可避的にテクノロジーを利用した授業が行われるようになった。さらに、教育環境のグローバル化といった外部への広がりが加速していると共に、内部では国公私の枠組みを超えた共同での教育・研究・運営等の連携促進が始まっている。このように、学校法人の経営環境の変化は枚挙にいとまがない。

また、学校法人では、建設工事に関連した背任行為、大学スポーツ関係者によるパワーハラスメント問題、複数の大学で行われていた論文データの捏造・剽窃、および裏口入学等、世間からの衆目を集める不祥事が度々発生している。重大な不祥事を事前に防ぐために、内部統制システムをはじめとした内部管理や牽制機能の改革・強化も重大な課題である。

このような環境下において、従前からの学校法人の経営体制や経営手法では適切に対応できない可能性があり、抜本的な「ガバナンス」の見直しと強化の必要性が求められている。そこで、本稿においては、株式会社のコーポレートガバナンスに長年携わってきた筆者らの経験を踏まえ、学校法人におけるガバナンスの強化について論じる。

2. ガバナンスとは

「ガバナンス」には特に決まった定義はないが、文部科学省が設置した「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」では「誠実かつ高潔で優れたリーダーを選任し、適正かつ効果的に組織目的が達成されるよう活動を監督・管理し、不適切な場合にはリーダーを解任することができる、内部機関の役割や相互関係の総合的な枠組み」とされている2。一般的に「ガバナンス」という言葉からは、内部統制や法令順守といった組織の内部管理を連想し、一部の学校法人が不祥事をきっかけに、再発防止のための管理・監視体制の強化といった取り組みが想像されるかもしれない。しかしながら、ガバナンスとは内部管理の目的だけではなく、組織目的を実現するための「経営の規律」の意味合いが強い。

会社組織においても、コーポレートガバナンスとはステークホルダーのエンゲージメントを反映させ、組織の価値創造および価値保全に資する意思決定を実行していくための管理・監督および経営の規律のことを指す。また、東京証券取引所に上場している企業に適用されるコーポレートガバナンス・コードでは、「攻め」と「守り」の両面からガバナンスが論じられており、日本企業の「稼ぐ力」を向上させるために「攻め」のガバナンスを強化する取り組みがうたわれている。学校法人におけるガバナンスにおいても上場会社のガバナンスに倣い、単に不祥事に対処するための「守り」のガバナンスだけではなく、グローバル競争の激化やテクノロジー等による教育環境が大きく変わる中で、中長期的に教育の質を向上させるための「攻め」のガバナンスを構築することが必要である。

3. 現状の学校法人の機関構造と組織体制の整理

会社におけるガバナンスと学校法人におけるガバナンスは、基本的には同じ方向性を指し示すものだと論じた。ここでは、私立学校法に基づいた学校法人の内部機関設計と、会社法上における株式会社の機関設計を対比してみよう。学校法人における「理事長」および「理事会」は会社法上の「代表取締役」及び「取締役会」に該当し、「監事」は「監査役」に近い機能を持っている。なお、学校法人における「寄附行為」は、「定款」に該当する。「評議員会」は、寄附財産の出捐はないが第三者による合議制の機関として、ここではさしずめ「株主総会」に該当する。

【図表1】学校法人と会社法における機関比較

図 学校法人と会社法における機関比較

(出所)当社作成

学校法人と株式会社の最も大きな違いは、「評議員会」は、「株式総会」とは異なり、「理事」の選解任権限や「寄附行為」の変更権限を有しておらず、理事長に対する「諮問機関」としての役割に終始している点である。「評議員会」が、役員である「理事」および「理事長」への選解任権限を持っていないことは、「理事」に対する監視・監督機能や牽制効果が不十分であることを意味する。さらに、「評議員」は「理事」を兼任することでさえも可能となっている。また、「監事」の選解任においても、「評議員会」はその権限を持っていない。このように、学校法人では、「理事長」および「理事会」の権限が非常に強くなっている一方で、「評議員会」における監督・監視権限の仕組みが不十分であり、現在の体制ではガバナンスを有効に機能させることは難しい。

学校法人のガバナンスに関する有識者会議は2021年3月、「学校法人のガバナンスの発揮に向けた今後の取り組みの基本的な方向性について」を公表した。本有識者会議の目的は、学校法人におけるガバナンスの現状を評価し、今後ガバナンス強化を進めるための方針を決定することである。本報告書では、「評議員会」による役員の選解任や兼務を禁止とする仕組み、ガバナンス・コードの充実などが示されている。このような機関設計の見直しは、ガバナンスを発揮するために重要な取り組みだと言える。なお、コーポレートガバナンスにおいても、マネジメントモデルの取締役会から、モニタリングモデルの取締役会へと徐々に移り変わってきた歴史がある3。日本の社会では、古くから監督と執行機能を持ったマネジメントモデルの取締役が一般的であり、会社員の出世のゴールが取締役または代表取締役であった。そのため、取締役の地位にあった者、またはそれを目指していた者の間には、モニタリングモデルの取締役会に移行するにあたり、誤解や人事面での混乱があったものと推測される。そのため、学校法人のガバナンス強化においても、「評議員会」の機能を変更するにあたっては、しばらくは人事面において混乱が出てくる可能性がある。

【図表2】評議員会による選解任権限のイメージ

図 評議員会による選解任権限のイメージ

(出所)「学校法人のガバナンスの発揮に向けた今後の取組の基本的な方向性について」を参考に当社作成

4. 監査・内部統制の管理

次に、ガバナンスを効果的に発揮するために必要な組織体制について詳しく述べていく。ガバナンスの強化は内部機関設計の変更だけではなく、リスク管理や内部統制を兼ね備えた業務執行体制が必要であり、スリーラインモデルでの組織体制が効果的だと考えられる。このモデルは、過去には「3つのディフェンスライン」と言われることが多かったが、本稿では「守り」だけではなく、「攻め」のガバナンスを重視して、守りを意味する「ディフェンスライン」ではなく、IIA(The Institute of Internal Auditors)の「IIAの3ラインモデル」を参考に「スリーライン」と表現する4

学校法人の中の組織は、教学組織と事務組織に大きく分かれているが、「ファーストライン」の対象には教学組織と事務組織の双方が含まれており、現場の教員と職員が、それぞれの立場で必要なリスク管理を行い、内部統制の構築および管理をする責任を負っている。

次に、独立した立場で、教学組織および事務組織におけるリスク管理やコンプライアンス活動を統括する「セカンドライン」を設置する。さらに、「サードライン」として内部監査機能を設置し、「ファーストライン」および「セカンドライン」のそれぞれを、独立した立場で監査する。なお、「セカンドライン」であるリスク管理機能と、「サードライン」である内部監査機能はお互いに独立しつつも、リスク管理のために連携することが重要である。

このような「スリーライン」での組織体制を構築することが、業務執行において効果的だと考えられる。しかし、多くの学校法人では「セカンドライン」であるリスク管理機能が比較的弱く、ガバナンス上の弱点になっている可能性がある。リスク管理は、潜在的なリスクを管理する機能と、顕在化した事象に対応するインシデント/クライシス管理機能の二つの側面がある。学校経営を行うためには、教学組織と事務組織のそれぞれで適切に潜在リスクを管理し不祥事を予防するだけではなく、もし不祥事が発生した場合でも適切なインシデント/クライシス管理により早期に問題を解決していくことが求められる。また、リスクは、ダウンサイドとアップサイドの相反するリスクが存在する。ダウンサイドのリスクを予防するだけではなく、たとえば、あらたな教育または事務的な施策を打ち出すにあたり、積極的にアップサイドのリスクをテイクできるリスク管理機能が望まれる。

また、「サードライン」である内部監査機能は、教学監査だけではなく財務等の事務組織への監査を行うことが求められており、監事及び会計監査人と連携し三様監査としてそれぞれが連携して監査が行われる。

【図表3】学校法人におけるスリーラインモデル例示

図 学校法人におけるスリーラインモデル例示

(出所)当社作成

内部統制はその仕組みだけではなく、教職員による認識・行動・判断といった組織カルチャーが、有効性に強く作用する場合が多い。そのため、理事会の責任において組織のリスクカルチャーを望ましい方向に醸成することが重要である。近時では、SD(スタッフ・ディベロップメント)として、教員・職員がその使命を十分に果たすために、能力や資質の向上が求められているが、単純な能力向上にとどまらず、教員・職員が持っているカルチャーの醸成も必要だと考えられる。学校法人のガバナンス改革を遂行したとしても、それを担う組織のカルチャーが伴わなければ、形だけに終わってしまう。カルチャーを醸成させるためには、トップのコミットメントに加え、組織構成員の目標設定や人事評価、適切な職場環境、さらに効率的なマネジメントシステムの仕組みが必要となる。具体的なカルチャー調査の方法としては、アンケート調査による教学組織と事務組織に対する定量分析と、インタビュー調査による定性分析による調査が主体となる。

5. ガバナンス・コードへの準拠

各私立大学団体(日本私立大学協会、日本私立大学連盟)によってガバナンス・コードが作成、公表されている。「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」においても、ガバナンス・コード遵守状況の点検・公表の段階的な推進を支援し、コンプライ・オア・エクスプレイン方式(各原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明すること)への移行を目指すことが提言されている。ガバナンス・コードは、学校法人のガバナンス強化につながる施策が多く記載されており、ガバナンス強化にも利用できる。

【図表4】私立大学団体におけるガバナンス・コード

図 私立大学団体におけるガバナンス・コード

(出所)当社作成

6. 中長期的な計画の策定

2020年4月、私立大学が自律的なガバナンスの下で経営力強化と経営の透明性向上に努めることを目指し、改正私立学校法が施行された。主な内容は下記の3点である。

① 役員の職務及び責任の明確化等に関する規定の整備

② 情報公開の充実

③ 中期的な計画の作成

特に、私立大学に対して、中長期的な視座に立った安定的な経営が行われるよう、原則5年間の中期計画の策定が義務付けられた点は大きい。また、法律の施行通知では、中期的な計画は「抽象的な目標に留まらず、データやエビデンスに基づく計画であることが望ましい」とされている。たとえば、企業の経営戦略で用いられるPEST分析「Politics(政治)、Economics(経済)、Society(社会)、Technology(技術)」やSWOT分析「(Strength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威))」等を利用して、データやエビデンスを使った客観性のある外部環境の評価が望ましい。また、中期計画の策定とモニタリングを行うために、学外、学内を含めた意識調査を実施することも検討すべきである。なお、意識調査を実施する際には、前述でも記載したカルチャー調査と同時にアンケート調査を行うと効率的である。

7. おわりに

私立学校法の目的は「私立学校の特性にかんがみ、その自主性を重んじ、公共性を高めることによって、私立学校の健全な発達を図ること」と規定されている。私立学校は、我が国の教育に多大な貢献をしており、今後も我が国にとって重要な役割を持つことになるだろう。さらに18 歳人口の減少、コロナ禍またはデジタル化といった社会の変化による競争環境の激化等、社会における教育の在り方そのものが問われる大きな転機を迎えている。学校法人に関連する不祥事が発生するたびに「守り」のガバナンス強化論が叫ばれるが、不祥事を抑えこむだけではなく、社会の変化に合わせて中長期での経営の安定と教育の質を高めるための「攻め」のガバナンスを実行・実践していくことが求められるだろう。ガバナンスを強化するためには、統治機関である「評議員会」、「理事」、「理事会」および「監事」の機能を強化し、「評議員会」には「理事」と「監事」といった役員の選解任権と監督によるモニタリング型の機関へと変貌することが望ましい。また、ガバナンス・コードを参考としたガバナンス体制の構築と、内部統制の整備やリスクカルチャーの醸成といった業務執行機能の強化策を立案し、その結果を中長期的計画の策定へとつなげ、外部への情報開示を十分に行うべきである。

上場企業に求められるコーポレートガバナンス・コードは21年6月にも改訂され、コーポレートガバナンス改革はいよいよ大詰めを迎えている。今こそ、学校法人においてもガバナンスの改革を強く推し進めていくべきである。

【資料ダウンロード】学校法人のガバナンス強化
学校法人ガバナンスが求められる背景を概観し、必要な取り組みをまとめた資料を作成しています。
資料が必要な方は、資料ダウンロードフォームに必要事項を記入のうえ、ダウンロードください。


1 文部科学省 学校法人のガバナンスに関する有識者会議 の参考資料集

2 文部科学省 学校法人のガバナンスの発揮に向けた今後の取組の基本的な方向性【概要】

3 「マネジメントモデル」とは、取締役会が「監督」と「執行」の両権限を持った日本企業特有のモデルであり、「モニタリングモデル」とは、経営者に「執行」権限を持たせ、取締役会は経営者の「執行」状況の「監督」に集中するモデルである。

4 IIA「 IIAの3ラインモデル ~3つのディフェンスラインの改訂

執筆者

  • 山内 哲也

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット GRCコンサルティング部

    マネージャー

    山内 哲也
  • 中嶋 淳一郎

    コンサルティング事業本部

    サステナビリティビジネスユニット GRCコンサルティング部

    シニアマネージャー

    中嶋 淳一郎
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