コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)における任意の指名委員会・報酬委員会(以下、任意の委員会)の位置づけは、コーポレートガバナンス改革の深化を目的に進められた2018年6月の改訂によって大きく変わりました。改訂前はあくまでガバナンス強化に向けた例示の一項目として挙げられていたのみでしたが、改訂後は単なる「例」ではなく、「取り組むべきこと」[ⅰ]として扱われ、コンプライ(実施)には任意の委員会の設置が必須となりました。こうした状況を受け、任意の委員会を設置する企業(以下、任意の委員会設置企業)は増加していますが、委員会の在り方(設置有無を含む)や構成員の任命状況は、上場市場ごとに傾向が異なります。本コラムでは、直近の有価証券報告書の記載事項に関する集計結果を基に、プライム市場上場企業とスタンダード市場上場企業の傾向の違いを解説します。
調査概要
集計対象企業
プライム市場の時価総額上位100社(2022年6月30日時点)のうち、指名委員会等設置会社を除く77社
スタンダード市場の時価総額上位100社(2022年6月30日時点)のうち、指名委員会等設置会社を除く98社
集計結果
(1)任意の委員会の設置有無
プライム市場では、95%が任意の委員会を設置し、CGコードの補充原則4-10①[ⅱ]にコンプライしています。一方、スタンダード市場では、51%にとどまり、約半数の企業が任意の委員会を設置していない理由をエクスプレイン(説明)することで対応しています。
(2)任意の委員会の設置形態
プライム市場の任意の委員会設置企業73社のうち、55%が指名に関する委員会(以下、任意の指名委員会)と報酬に関する委員会(以下、任意の報酬委員会)を分けて設置しています。一方、スタンダード市場の任意の委員会設置企業50社では、分けて設置している企業は16%にとどまります。客観性の高さが求められる任意の委員会を分けて設置しようとすると、社外取締役の人数[ⅲ]が限られる企業では、構成員にバリエーションを持たせることが難しくなります。そのため、まとめて設置した方が、効率性・実効性が高まる場合もあると言えます。社外取締役の人数等のさまざまな要因に応じて、適切な設置形態を選択している状況がうかがえます。
(3)任意の委員会に占める社外取締役の人数
プライム市場では、92%の企業が、任意の委員会に占める社外取締役の人数を過半数としており、CGコードの補充原則4-10①[ⅳ]にコンプライしています。一方、スタンダード市場では、過半数の企業は72%にとどまり、また有価証券報告書上で人数非開示の企業が20%を占めます。スタンダード市場はプライム市場と異なり、CGコード上で過半数とすることまでは求められていないことが一因と考えられます。
(4)任意の委員会の委員長の属性
プライム市場では、委員長が社外取締役である企業が67%を占めます。任意の委員会に占める社外取締役の人数が過半数の企業が9割以上のプライム市場でも、委員長は社内取締役である企業が少なくない状況です。また、スタンダード市場では、委員長が社外取締役である企業は32%にとどまります。さらに、コーポレートガバナンス報告書上では開示しているものの、有価証券報告書上は委員長の属性非開示の企業が3分の1以上を占めています。「人材版伊藤レポート2.0(2022年5月)」で挙げられている「指名委員会委員長への社外取締役の登用」への取り組みは、現時点ではあまり進んでいないと言えます。
まとめ
経済産業省はコーポレートガバナンス改革における課題を、「『形式』から『実質』へ深化させること」と表現しています[ⅶ]。形式的な対応が不十分な企業、すなわち任意の委員会を設置していない企業に対しては、設置に向けた検討が、また、形式的な対応が済んでいる企業に対しては、実質的な取り組みへの深化が、投資家から今後より一層求められると想定されます[ⅷ]。任意の委員会設置の大目的である、①社外取締役の関与を強めること、②メンバーを絞って効率的な議論をすること(役割分担)を踏まえると、社外取締役の活用による客観性の向上が、実質への深化に向けた主要な検討課題となります。
CGコードの補充原則4-10①の直近の改訂内容[ⅸ]からも分かるように、コーポレートガバナンス改革における任意の委員会の役割は徐々に大きくなっています。今後、コーポレートガバナンスの強化を通じて会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を実現する企業となるためには、任意の委員会に関する取り組みにおいても、実質的な対応が必要になるのではないでしょうか。
[ⅰ] 監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合に限る
[ⅱ] 「(略)、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする独立した指名委員会・報酬委員会を設置することにより、(中略)適切な関与・助言を得るべきである。(以下略)」(「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」より該当部分を抜粋)
[ⅲ] 株式会社東京証券取引所の「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況 (2022年7月14日時点)」によると、1社あたりの独立社外取締役人数は、プライム市場(1,837社)で平均3.6人、スタンダード市場(1,456社)で平均2.2人
[ⅳ] 「(略)特に、プライム市場上場会社は、各委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とすることを基本とし、その委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等を開示すべきである。」
(「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」より該当部分を抜粋)
[ⅴ] 「その他」は、任意の指名委員会と任意の報酬委員会を分けて設置している企業のうち、各委員会の社外取締役の人数の状況が異なる企業を指す
[ⅵ] 「その他」は、任意の指名委員会と任意の報酬委員会を分けて設置している企業のうち、各委員会の委員長の属性が異なる企業を指す
[ⅶ] 「コーポレートガバナンスに関する各種ガイドラインについて」(2023年1月10日最終更新日、経済産業省)
[ⅷ] 「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針―コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン) 別冊―」(2022年7月19日、経済産業省)
[ⅸ] CEOだけではなく、「経営陣幹部・取締役の後継者計画」も、指名委員会等から適切な関与・助言を得るべきである旨が追記された。さらに、プライム市場上場会社については、各委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とした上で、その委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等の開示を求めるようになった
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