資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた中期経営計画について

2023/11/02 能登 優
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東京証券取引所(以下、東証)は2023年3月、プライム・スタンダード全上場企業に対して、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」という要請(以下、本要請)を行いました。本要請の特徴として、PBR(株価純資産倍率)の1倍割れを資本収益性や成長性の課題がある状態の一つの目安とし、特に1倍割れの企業に対して資本コストや資本収益性についての改善策の開示・実行などを求めている点があります。こうした中で改善策・目標などの開示や、東証から期待されている投資家との積極的な対話を行うにあたり、中期経営計画(以下、中計)はコミュニケーションツールとしての価値がより高まっていると考えられます。

本コラムでは、改めて中計とはどういうものかについて述べた上で、中計がコミュニケーションツールとして有用であるという前提に基づき、投資家にとって魅力的な中計となるポイントについて本要請も踏まえて解説します。

改めて、中計とは

中計とは、中期的(一般的に3~5年)に目指すべき将来の企業像と現状とのギャップを埋める手段(戦略)を、具体的な経営計画として整理したものです。目指すべき将来の企業像とは、企業が実現したい夢であり、いわゆるビジョンです。中計はビジョンに向けた道筋を示すものであるため、航海における羅針盤のような役割を持ちます。先行きが不透明な事業環境が続く中、中計という羅針盤を持つことで、荒波の中でも目標めがけて力強く進むことができるようになります。

また、中計を策定し、開示することはさまざまなステークホルダーにとって意義を持ちます。企業自体にとっては、前述の羅針盤を持てるという意義に加え、従業員や投資家との「情報の非対称性」を緩和できます。従業員にとっては、羅針盤を持つことによる先行き不安の解消につながり、株主・投資家にとっては企業の成長性や収益性を評価しやすくなります。その他、取引先にとっては取引を通じて相手がどこを目指しているかが分かることで信頼感が向上、求職者にとっては応募企業の目標や目指す方向性を理解することで企業イメージと実態とのミスマッチが減少する、といったことにつながります。

本要請を踏まえた中計に盛り込むべき要素

本要請は、「資本コストや株価を意識した経営の実現」に向け、現状分析を行った上で、改善方針や目標・計画期間、具体的な取り組みを分かりやすく開示するよう促しています。現状分析に用いる指標としては、資本コストであるWACC(負債・株式の加重平均資本コスト)、資本収益性であるROIC(投下資本利益率)、ROE(自己資本利益率)、市場評価であるPBR、PER(株価収益率)などが例示されており、これらは中計に盛り込む有力な候補指標になります。

従前は、企業が中計で開示する指標と投資家が重視すべきと考える指標とでは、特に資本コストや資本収益性についての認識ギャップが大きい状態にありました【図表1】。本要請を受け、企業が前述の指標を中計での開示指標として盛り込んだ場合、東証だけでなく投資家からの要求にも応えられる内容になると考えられます。

【図表1】中期経営計画の指標と投資家が経営指標として重視する指標とのギャップ
中期経営計画の指標と投資家が経営指標として重視する指標とのギャップ
(出所)一般社団法人 生命保険協会「生命保険会社の資産運用を通じた『株式市場の活性化』と『持続可能な社会の実現』に向けた取組について 企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果(2022年度版)企業・投資家の結果比較」(最終確認日:2023/10/8) を基に当社作成

本要請について、上場企業による開示状況の集計結果が東証から公表されました。公表内容によると既に一定数の企業で対応が進み、PBRが低い企業を中心に真摯に要請が受け止められていることが分かります【図表2】。その結果として、国内外の投資者からも企業の変化についておおむねポジティブな評価を受けています[ 1 ]。裏を返せば、PBRが1倍未満で開示をしていない企業にとっては、相対的に取り組みが遅れていると投資家から判断されるリスクがあるとも言えます。

【図表2】PBR/時価総額水準別の開示状況(プライム市場)
PBR/時価総額水準別の開示状況(プライム市場)
(出所)東京証券取引所「『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応』に関する企業の対応状況とフォローアップ」(最終確認日:2023/10/8)を基に当社作成

投資家にとって魅力的な中計のポイント

投資家にとって魅力的な中計とはどういうものか、ここでは五つのポイントを取り上げて説明します。

一つ目は、「中期的なあるべき姿の設定」です。企業のミッション、ビジョンの達成に向けた通過点として、中計完了後の企業像を定める必要があります。これにより、前述の通り、中計が羅針盤の役割を持つことができます。投資家にとっても、この企業が数年後にどうなるのか、何を目指すのかが明確になることで、投資判断がしやすくなります。

二つ目は「戦略の具体化」です。かつてのように、モノを出せば売れた時代においては抽象的な方向性を示すのみでも問題はありませんでした。しかし、環境の変化が激しく、無数の選択肢がある現在においては、どのような方向に向かうのか、何を実施するのかを明確にすることが重要です。それにより、従業員は自分たちが何をしていくのか、何をしていかなければならないのかといった理解が深まると共に、投資家は企業の将来性を評価しやすくなります。

三つ目は「的確な目標設定」です。現状とあるべき姿とのギャップ解消につながる目標を具体的かつ測定可能・達成可能なものとして設定することが、PDCAサイクルを回し、絵に描いた餅にならない目標にするためには重要です。また、本要請を踏まえ、資本コストのWACC、資本収益性のROIC、ROE、市場評価のPBR、PERなどは、設定する指標として有効であり、開示することで投資家評価を得られやすくなります。

四つ目は「株主還元方針の設定」です。株主・投資家は当然リターンを求めます。図表1の通り、株主還元指標である総還元性向(図表の中段左)は投資家が重視する一方で、中計の指標にはあまりされていないため、開示することで投資家は投資可否を判断しやすくなります。ただし、株主還元は一度増やすと下げにくくなるものであり、方針によって株価に大きく影響を与えるものであるため、開示の際は中長期的な視点で検討する必要があります。

五つ目は「持続可能な経営への取り組み」です。ESG・SDGsの観点を中計に盛り込むことは社会から求められています。持続可能な社会の実現に向け、企業としてどのような社会課題を解決するのか、何をするのかを目標と共に開示する重要性はますます高まっています。

【図表3】投資家にとって魅力的な中計のポイント
投資家にとって魅力的な中計のポイント
(出所)当社作成

本要請の目的は、資本コストや資本収益性についての取り組みを開示させることではなく、あくまで持続的な成長と中長期的な企業価値向上の実現です。中計は社内外とのコミュニケーションツールとしてとても有用なものであるため、本要請の目的達成にあたって重要性がより高まっています。こうした状況により、本要請の内容を含め、投資家にとって魅力的なポイントを押さえて中計を開示・修正することが今後ますます求められていくと考えられます。


1 ] 『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する企業の対応状況とフォローアップ』東京証券取引所(最終確認日:2023/10/8)

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