2023年3月期決算以降の有価証券報告書への「人的資本に関する情報開示」が義務化され対応に追われたという企業担当者の方々もおられるのではないでしょうか。そこで当社では2023年2月から5月までの間、人的資本経営に向けて各企業が重要視する要素などの開示状況を明らかにするため、アンケート調査[ 1 ]を実施しました。結果によると、上場企業、高成長率企業[ 2 ]・非連続成長企業[ 3 ]のいずれにおいても、「組織開発・人材開発施策にかかるコスト」の測定実施率が、それ以外の企業と比較して有意に高い結果となりました。つまり、各社は企業成長を促す要素として、人材育成への投資を重要視していると言えるでしょう。
そこで本コラムでは、人的資本KPIマネジメントにおけるポイント3点をご紹介します。その上で、企業の人材育成に関する取り組み事例に当てはめ、人的資本KPIマネジメント実践を解説します。
KPIマネジメントにおける三つのポイント
人的資本におけるKPIマネジメントとは、人材戦略達成に向けてKPIを設定し、PDCAを回していくことです。これらを実践していく上で参考となる三つのポイントは以下となります。
- (1)人材戦略を実現するためのストーリーを描く
- (2)KPIを設定する
- (3)基盤となる人事のデジタル化を図る
(1) 人材戦略を実現するためのストーリーを描く
まずはKPI設定の前提となる、人材戦略実現のストーリーを描くことから始めます。参考になるフレームワークとして挙げられるのが、国際統合報告評議会(IIRC)の「インプット・アウトプット・アウトカム」[ 4 ]のフレームワークです。ここでのアウトカムは「人材戦略上で達成すべきこと」を指し、経営戦略と人材戦略の結節点となる「あるべき人材・組織像」[ 5 ]に対応します。そして、アウトプットは、「アウトカムを達成するために解決すべき課題」、インプットは「課題に応えるための取り組み」に位置付けられます。例えば、新事業に対応した人材ポートフォリオの実現をアウトカムとした場合、実現するために解決すべき課題(アウトプット)、そのために必要となる人事施策(インプット)を検討した上で、インプットを起点に検討事項を並び替えることで、ストーリーを構築できます【図表1】。
(2) KPIを設定する
次に、KPI設定です。KPIは(1)で説明したインプット・アウトプットを指標・数値化したもので、進捗状況を定期的に確認し、改善につなげるモニタリングを行うために設定します。なお、アウトカムを指標・数値化したものはKPIの上位に位置するKGI(重要目標達成指標)に対応し、ここでは人材戦略の達成度となります【図表2】。KPI設定にあたっては、労働関係諸法令で定められた指標、各種開示基準、他社事例の活用が考えられます。特に開示基準の一つであるISO30414[ 6 ]は、58ある指標ごとに考え方・計算式が定められており、人的資本の可視化を考える上で参考にできます。例えば、育成強化を掲げ、教育に投資しているものの、結果を可視化している企業は多くありません。これに対してISO30414では「従業員のコンピテンシー達成度合を測ること」[ 7 ]を目的とした「コンピテンシーレート」という指標を設け、測定には従業員に求められるコンピテンシーを特定した上で、評価ツール(テスト等)などを通じたアセスメントの実施(定量化)が必要としています。特定の仕組みの導入が人的資本の可視化につながる事例として参考になるのではないでしょうか。
(3) 基盤となる人事のデジタル化を図る
最後は、人事のデジタル化です。人的資本KPIマネジメントにおける人事のデジタル化とは、人的資本情報を収集・蓄積する基盤を整備するとともに、人事部メンバーのITリテラシー向上を通じ、人事施策の改善や意思決定にデータを活用していくことを指します。例えば、(2)で設定したKPIを基にPDCAを回すためには、KPIの定期的な測定と、その情報を活用・分析し改善につなげることが必要となります。なお、データを施策検討に活用する事例として、エンゲージメントサーベイを題材とした記事[ 8 ]がありますので、ぜひ参考にしてください。
人材育成におけるKPIマネジメント事例
ここまで解説した三つのポイントを踏まえ、横浜銀行・東日本銀行を傘下に置くコンコルディア・フィナンシャルグループの2023年度版統合報告書のうち、人材育成におけるKPIマネジメントの事例を概観します。
同グループは報告書の中で、中長期的に目指す人材ポートフォリオの構築に向けた人材戦略と、それに関する指標および目標を開示しています[ 9 ]。具体的にKGIとして設定しているのは営業人員割合、一人当たりのソリューション収益です。そして、これらを達成するためのテーマの一つに「人づくり」を置き、施策の一つとして、スキル認定制度の導入・運用を展開しています。KPIとして設定しているのは、一人当たりの研修時間や研修費用、営業人員スキルレベル上級者割合です【図表3】。
また、横浜銀行では、同社HP[ 10 ]で、KPI達成に向けたPDCAを回すための基盤に関する言及もあります。具体的には、タレントマネジメントシステム導入による情報管理(研修結果、本人課題、スキルレベルの可視化)、本部・支店間連携(育成につなげるための本部・支店間における役割明確化)の整備を掲げています【図表4】。システムのみならず、体制構築もPDCAを回す基盤として重要な要素と見なしていることが分かります。
おわりに
本コラムでは、人的資本KPIマネジメントにおけるポイントとなる(1)人材戦略実現のストーリー、(2)KPI設定、(3)基盤整備の3点について、事例と共に解説しました。人的資本経営において今後ますます欠かせないKPIマネジメントの参考になれば幸いです。
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組織・人事戦略
[ 1 ] 2023年人的資本の測定・開示に関するアンケート調査結果
[ 2 ] アンケート調査結果を実施した企業のうち、直近3年間の連結売上高平均成長率が10%以上の企業
[ 3 ] アンケート調査結果を実施した企業のうち、直近3年間の特筆すべき業績・投資として、「全社売上高が倍増以上」「自社の事業規模に比して大規模な買収を実施または計画」「新規事業への大規模投資を実施または計画」「既存事業への大規模投資を実施または計画」と回答した企業
[ 4 ] 国際統合報告フレームワーク(2021年1月発行)|国際統合報告評議会(IIRC)x(integratedreporting.org)(最終確認日:2023/11/1)
[ 5 ] 直近の有価証券報告書にみる「あるべき人材・組織像」の開示事例 | 三菱UFJリサーチ&コンサルティング (murc.jp)
[ 6 ] ISO30414とは|人的資本の開示がもたらす人事部門のトランスフォーメーション | 三菱UFJリサーチ&コンサルティング (murc.jp)
[ 7 ] 株式会社HCプロデュース「ISO 30414 日本語解説書:簡易版(無料)」
[ 8 ] エンゲージメントサーベイの結果を効果的な施策につなげるには| 三菱UFJリサーチ&コンサルティング (murc.jp)
[ 9 ] CONCORDIA Financial Group「2023年版 統合報告書」|コンコルディア・フィナンシャルグループ(boy.co.jp) (最終確認日:2023/11/1)
[ 10 ] キャリア形成支援の取り組み|横浜銀行 (boy.co.jp) (最終確認日:2023/11/1)
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